宇宙・扉・きわどい関係(ラブコメ)

 未来から来た猫型ロボットはご自慢の秘密道具をだして「どんなもんだい」と自慢するのが相場ではあるが、それでは私の目の前にあるこの扉は奴の落とし物であるというのだろうか。はた迷惑という言葉では片づけられない。私の頭は混乱してほんわかぱっぱになりそうである。


 見た目はいたって普通の木製扉であった。あほみたいなピンク色に塗られているわけでもなく、シックな木目で統一された、平々凡々たる代物だ。よく見れば我が家の玄関扉にも似ているが、関係はおそらくないだろう。


 こいつの恐るべきところはその接続先にある。言っても信じないだろうが、こいつは宇宙と繋がっているのだ。ほらそこ、笑うな。私はいたって真剣である。


 すでに私たちは高橋という尊い犠牲を出してしまっていた。ああ、高橋。彼はいま遥か彼方の銀河系を彷徨っているのだろうか。無事にここから生還できたら、高橋座という星座を作って彼を盛大に弔ってやろうと心に誓った。


 そういうわけで、本題である。お察しの良い紳士淑女であれば既にははーんなるほど、あのパターンね、と何となくネタバレしている気配であるが、何を隠そうあのパターンである。


 つまり、この密室の唯一の出入り口がくだんの扉によって塞がれているというわけだ。ほかに脱出の手段はない。しかし、私は座して待つことはできないのである。


「さて、邪魔者もいなくなったことですし、生殖活動でもしませんか」


 耳元で物騒な発言をした変態を私は背負い投げで投げ飛ばした。金メダルもかくや、といったすさまじい切れ味であったと自負しているが、宙を舞った変態は猫のような身のこなしでくるっと一回転し、華麗に着地して見せる。その様は非常に妖怪じみており、整った容姿からも一瞬猫娘といった印象を抱いてしまうが、その実こいつの中身はねずみ男だ。


 桃谷桃子。通称万年ピンク女は、度し難い変態である。本来であれば男であるところの高橋が無残に宇宙の塵と化したのだから、女であるところの私が貞操の危機を覚えることは皆無であるはずなのだが、その危険度はいまやメーターを振り切って暴走状態に入ろうとしていた。


 桃子は筋金入りのレズビアンなのである。将来の夢は自分の唾液で美少女を孕ませることという、もはやどんな名医でも匙を投げる重症っぷりだ。


「照れ隠しにしては技に殺気が籠っていましたね。激しい攻めは嫌いではないですが、それを屈服させて涙目にさせる様子を想像するだけで子宮がうずきます。いや、ツンデレという概念を生み出した人は天才ですね」


 私は桃子の言葉を無視して、いかにして目の前の害虫を扉の中に叩き込むか考えることだけに集中した。羽交い絞めにして首を絞めるか? いや、奴に触るだけでも危険だろう。房中術の修行と称して、奴が日夜格闘技の鍛錬を行っていることを私は知っている。先ほど渾身の背負い投げをすかされたばかりなのだ。肉弾戦に持ち込むのはいささか不利であるだろう。


 では何か武器になるものはないか。密室には机と椅子が数脚あるだけである。これを振り回したところで、結果は目に見えていた。


「ねえねえ先輩。ちょっとそこの机に座って股をおっぴろげてくれませんか」


「ええい、やかましい!」


 私を油断させるためであろうか、桃子はツインテールをふりふりと左右に揺らしながら、その場でリズムをとっていた。明かりにつられて近づいたところを提灯アンコウにぱっくりいかれる小魚であればその罠に嵌まっていただろうが、私は分別を持った哺乳類であるので自制心をしてぐっとこらえる。


「お前はもう少し今の状況について真剣に考えないのか。SEXのことしか頭にないド淫乱にもわかりやすくかみ砕いて言うならば、これは絶体絶命のピンチなんだぞ」


「どこがピンチなもんですか。閉ざされた密室に愛しの先輩と二人きり。日頃の鬱憤を晴らせる大チャンスですよ。激熱です、激熱」


「熱くなるのはお前の脳みそだけで十分だ」


「私の股間はすでにベリーホットなんですが、それはどうしましょう」


「死ね」


 私は桃子とコミュニケーションをとることを諦めた。高度に発達した科学は魔法と見分けがつかない、というのはかの高名なSF作家クラークの言葉であるが、果たしてこいつの思考はそういった次元を超えたところにあった。理解してしまえば私の脳内回路はオーバーヒートを起こして焼き切れてしまうに違いない。


 それにしても、本当にどうしようか。


 桃子の馬鹿に構っていないと、今の状況がいかに絶望の淵に立たされているかを自覚してしまって暗澹たる気持ちになってしまう。私も高橋のように宇宙に身を投げれば、楽になれるかもしれないな、なんて危ない方向に考えが走り出そうとするのだ。いかんいかんと身を引き締めるも、生じてしまった不安はとどまることを知らず私を飲み込もうとする。


「どうしました? そんなローターでも仕込んでるような顔をして」


「誰もしとらんわ」


「も、もしかしてもっと大きいの入れてるんですか! メーカーは!?」


 ……だあああ!


「お前はどうしてそうも楽観的なんだ! 本当にいかれてるのか?」


「だって先輩。あれこれ難しく考えたところでどうにもならないじゃないですか。気楽にいきましょうよ。……あ、今のいく、というのは別にやらしい意味じゃないですからね」


「いちいち下ネタを挟まないと喋れんのか」


「いやあ、私からシモを取ってしまいますと、それはもはやただの美少女になってしまいますし」


「上等だよ! それで十分だよ!」


「それにですね、ほら、私までまじめに落ち込んじゃうと、いよいよ先輩も辛いでしょ」


 そんなわけあるか! と言い返そうとしたが、得てして図星であったので言葉に詰まる。そこでふと気が付いた。さっきからの馬鹿げた調子はもしかしたら桃子なりの気遣いなのかもしれないと。私を少しでも怖がらせないように、不器用ながらも元気づけてくれているのではないか。


 私が桃子の地位をウジ虫から路傍の石程度には引き上げてやろうか、と考えた時であった。


 それまで沈黙を守っていた扉が、ゆっくりと開いたのだ。木枠の中には星雲が広がっており、いよいよ宇宙人でも攻め込んできたのかとファイティングポーズをとった私であったが、密室に入ってきたのはまさかの高橋であった。ダイ・ハードも真っ青の生還劇である。


「生きていたのか、高橋!」


「宇宙でも、意外と何とかなったよ!」


「そですか。ではもう一度銀河をめぐる旅に出なさい」


 ルチャドールばりのドロップキックが高橋の顔面へとさく裂した。あわれ高橋は再び星々へと紛れて深淵の中へと帰っていった。呆然自失とする私をしり目に、桃子はスカートを払いながら立ち上がると、そっと扉を閉めて、何事もなかったかのように私へと向き直った。


「さて、オーガズムの個人差による感じ方の違いの話でしたか」


「誤魔化せないよ!? そんな突拍子もないこと言っても今のは絶対に誤魔化せないよ!?」


「細かいことを気にするのはムダ毛を処理する時だけにしてください、先輩」


「うるせえお前みたいな卵肌と一緒にすんな!」


「えへへ、褒められると照れますよ」


 桃子は満面の笑みで自分の頬をペタペタと触っている。油断すれば、女の私でもコロッとやられてしまいそうな天使のごとき仕草である。まったく、こいつは黙ってさえいればその資産価値はストップ高だというのに。


「あいつは何かと主人公体質なので、脱出方法の一つや二つ、パパッと見つけちゃいます。それに先輩でご飯三杯いけるくらいの先輩ラブですから、必ず戻ってきますよ」


「なんだよその水素水ばりに根拠のない自信は」


「世界はあいつ中心に回ってるんですから、難しい理論なんて不要なのです。だから、これくらいの役得は私みたいな脇役にもあっていいと思うんですよね」


 少しだけ寂しそうに眉を潜める桃子。まったく話の意味は分からないが、こいつにはこいつなりの悩みがあるのだろう。好き勝手に人を振り回しておいて、そのくせ意味不明なことで落ち込む。なんと自己中心的な女だろう。でも、こいつのことを憎みきれない自分がいる。


「……ほら、お前が落ち込んだら私が辛くなるんじゃなかったのか。そんなんじゃ死んでいった高橋も成仏できないぞ」


「たぶんまだ死んでないと思うんですけど、先輩もわりと冷酷な人間ですよね。うん、でも、やっぱり優しいか」


 不敵な笑みを浮かべながら、桃子が言った。回復が早いやつめ、と私が侮蔑する暇もなく、チーターのような瞬発力で私に抱き着こうとしてきたので、今度は巴投げで応戦してやったのだが、もちろん桃子はひらりと身を翻してノーダメージで着地する。


 まあ高橋なら何とか戻ってくるだろう。私はマイナスイオンばりに科学的根拠に乏しい謎めいた安堵を抱きつつ、野獣と化した愛すべき後輩へと臨戦態勢をとるのだった。

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