第123話 秘密結社の魔女 その2

 声の正体が判明して安心した彼女は、自分を呼ぶ占い師に向かって軽く右手を上げると無関心の意思を示す。


「あ、間に合ってますんで」


「ん?どう言う事かしら?」


「私、占い師に知り合いがいるし、タダ券あるんで」


「あ、そう……」


 占い師が呆然としている隙に、いつきはまたスタスタと家に向かって歩き始めた。背中越しに占い師が何か声をかけていたけど、まるっとそれを無視。そうして歩きながら彼女は頭の中の豆電球を点灯させる。


「そうだ!清音さんに相談もいいかも!ああ見えて大人だし、いい勉強法とか教えてくれるかもだ!」


 これは自分でもナイスアイディアだと、いつきはポンと手を叩き、思いついてからはスキップしながら自宅に帰ったのだった。



 一方、彼女を呼び止める事に失敗した占い師は、すぐに仕事道具を片付けてライトヒューマンの事務所へと戻ってきた。そうして、ニコニコ顔で待ち構えていた同僚のマルクに早速捕まってしまう。


「どうだった?」


「あなたの言う通りね。ただし、難しい方が燃えるってもんよ!」


 無視された悔しさを胸に占い師、いや、魔女は拳を握りしめると更に闘志をメラメラと燃やした。そんな彼女をじいっと観察していたマルクは、スーッと自然に近付くと甘い声で耳打ちする。


「なあ、アドバイスとか、いる?」


「いらない。自力で何とかするから面白いんじゃない」


 魔女はその誘いを軽く断ると机に向かってPCを立ち上げ、すぐに次の勧誘計画を練り始めた。彼女のやる気を目にしたマルクはほうと感心すると、邪魔をしないようにと軽く声をかける。


「じゃ、健闘を祈ってる」


「勝利宣言を期待して待ってて」


 夢中になっている魔女を見て一安心した彼は、自分の仕事の持ち場に戻っていく。マルクの仕事はスカウトなので、基本的に上から命じられた人物の勧誘が主な仕事だ。勧誘をするのにも情報集めが肝心と言う事で、彼は個人情報を手当たり次第に漁り始めた。こうして時間はゆっくりと過ぎていく。



 次の日の放課後、いつきは早速藤堂清音の仕事先である占い館『魔女のお茶会』にやってきていた。彼女が担当する部屋に入ると、そこには本格的な占い師の服を着た魔女が、お客さんの相談に答えようと仕事モードで椅子に座っている。


 部屋に入ってきたいつきを見た彼女は一瞬驚いた顔をするものの、すぐに通常の営業モードに切り替わり、目の前の少女に要件を尋ねる。

 その雰囲気に対して、興奮していたいつきは相談者用の椅子に座ると、すぐにここに来た目的を目をキラキラ輝かせながら告白した。それを聞いた魔女が怪訝な表情をしたのにもお構いなしに。


「は?勉強?」


「そう!清音さんもいい大人じゃないですか!」


「そりゃ、そうだけど……」


 いつきは身を乗り出しながら目の前の人生の先輩女子にアドバイスを求める。占い以外の話題を持ちかけられた清音は、唖然としてしばらく声が出なかった。

 それに27歳の彼女にとって、学校の勉強の事は遠い過去の話。何か勉強関係の問題をふっかけられたら答えられる自信がないと言う事で、危機回避のために彼女はすぐに予防線を張った。


「大体、もう学校の勉強なんてほとんど忘れたわよ」


「え?嘘でしょ?」


「そんな勉強より魔法の修業の日々だったからねぇ……」


 どこか遠い目をしながら話すその言葉に一瞬不安を感じたいつきは、恐る恐る思い出にふける魔女に学歴の質問をする。


「清音さん、高校は?」


「行ったけど校区違うよ?参考になる?」


 取り敢えずこの質問で少なくとも高校には入学していたと言う事が分かり、いつきはほっと胸をなでおろした。もしアドバイスを聞こうとした先輩が中卒だったなら、ここまで来たのも全くの無駄足になっていた事だろう。中卒だったらそこまで勉強を頑張る事もなかっただろうし。

 と、折角学歴の話を出したので、ついでにともう少し詳しく話を聞く事に。


「じゃあ学力はどのくらいでした?」


「中の下くらいだったかな。高校も行けるところを選んだからあんまり進学校でもなかったし」


 そう話す彼女の懐かしそうにしている顔を見ながら、いつきは更に突っ込んだ質問をする。


「えっと……。もしかしてですけど、高卒……?」


「卒業してから本格的に修行し始めたから大学にはね……」


 その話しぶりからして、清音が本格的に魔女修行を始めたのはその頃辺りかららしい事がうかがわれた。魔法少女になりたかったのに本格的な修行が高校卒業後じゃあ、もう魔女になるしかないよね……。

 そんな彼女に同情しつつ、いつきは更に好奇心を暴走させる。


「両親許してくれたんだ?」


「そりゃもう大喧嘩だよ!その辺りの事は色々あったから聞かないで」


「えぇ~。気になる~」


 高校卒業して本格的に魔女の修行をしたいだなんて言い出したら、普通両親が許すはずがない。子供がアイドルを目指すより反対されるはず。その苦難を乗り越えたからにはきっとすごいドラマがあったのだろうと、いつきの鼻息はいつにも増して荒くなる。

 そんな芸能レポーター状態の彼女に対して、苦難を乗り越えた側の魔女は涼しい顔でその要求を却下した。


「前途有望な中学3年生には教えられません」


「ぶー。けちー」


「大体、勉強のアドバイスを聞きに来たんでしょ。本来の目的はどうした」


「あ、そーだった」


 清音の指摘に本来の目的を思い出したいつきは誤魔化すように軽く笑う。そんな彼女のおちゃめな仕草に清音はくすっと軽く笑うと、机の引き出しをゴソゴソとあさり始めた。

 そうしていつきが一体何をしているのかの覗き込もうとしたところで、魔女は机の上に何かが入った箱を置く。


「ほら、このアロマが集中力を高めるから、あげるよ」


「いいんですか?」


「私とあなたの仲じゃないの。このくらいサービスしたげる。そもそもこれは売り物じゃないし」


「え?」


 売り物じゃないと言うその言葉にいつきは鳩が豆鉄砲を食らった顔になる。一体何が言いたいのだろうかと続きの言葉を待っていると、魔女はアロマの入った箱を軽くぽんと叩くとにっこりと満面の笑みを浮かべた。


「これは私の私物。効果は保証したげる」


「ありがとう!」


 こうして清音からアロマの詰め合わせをその箱ごと貰ったいつきは、笑顔で占いの館を後にする。このアイテムがあれば勉強が捗るに違いないと、その帰路はとても足取りが軽かった。

 家に着いた彼女はすぐに自分の部屋に入ると、貰ったばかりのその箱をすぐの机の上に置く。


「早速使ってみよっと」


 箱を開けて適当に選んだアロマを邪魔にならない場所にセッテキング。部屋の中に火をつける道具がなかったので変身して魔法で代用した。

 やがてろうそくに小さく火が灯り、とても不思議な、それでいて目が冴えるような香りが漂ってきた。


「う~ん、いい香り。アロマってすごいな」


「何この変な匂い……?」


 いつきが変身した気配を感じてリビングで寛いでいたヴェルノが部屋に入ってくる。入ってすぐに部屋に充満し始めている匂いを嗅ぎ取って、彼は嫌そうな顔になって速攻で鼻を塞いだ。

 当然この行為を目にしたいつきは気を悪くする。


「変な匂いとは何だ!清音さん直伝の集中力を高める有り難い香りなんだぞ」


「そ、そうなんだ。が、頑張って」


「おうよ!」


 変に張り切っている彼女を見たヴェルノは、その勢いに飲まれて部屋から出ていった。

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