第110話 ローズ・リップ その6
それもあってか、双子の妹達も問題の発端を作った彼女にそこまで敵意を向けるでもなく、そのまま会話を続けてくれている。年齢の質問に対してもローズが素直に答えてくれた。
「私達は10歳です」
「10歳でレベル5ってどうなの?」
好奇心の疼いたいつきは双子達に質問を続ける。この質問にも答えたのはローズだった。積極的なローズと控えめなリップ、中々に好対照だ。
「レベル5は単独で到達出来る最高位のレベルなんです。私達2人以外で同年代のレベル5の人は見た事がないです」
「すっごーい!2人は天才だね!」
周りに自分達以上の存在がいないってさらっと口に出来るのも天才の証なのか、いつきはそんな双子を称賛する。
「才能に恵まれているのは実感しています」
「でもそのせいでお兄様を傷つけてしまいました」
ローズは自分の才能を実感していて、リップはその才能を少し疎ましく思っている。2人の反応から複雑な心中を察したいつきは、何とか2人を慰めようと肩をすくめる双子の肩に両手をそっと置いて笑顔を見せる。
「そんなの気にしなくていいんだって。だって2人のせいじゃないんだもん」
「それはそうですけど……」
励ましの言葉を聞いてもまだリップが申し訳なさそうな落ち込んだ顔をしているので、もうひと押しと彼女は言葉を続けた。
「2人にとってべるのは最高のお兄さんなんでしょ?それでいいんだよ」
これでやっといつきの真意が心に届いたのか、この言葉を聞いた双子達の目に輝きが戻ってくる。
「そうですよね!有難うございます!」
「有難うございます!」
2人からの感謝の言葉を聞いて、いつきも満面の笑顔を浮かべた。それからはまた他愛もない雑談をして、完璧に場の雰囲気は元に戻る。彼女はこのまま市民の森にしばらくいるつもりだったので時間を引き延ばそうと話を続けていたのだけれど、その話の途中でローズからある提案がなされる。
「あの……。取り敢えずいつきさんの家に戻っていいですか?」
「え?ここからの夕日も綺麗なのに……」
そう、いつきはここに日が暮れるまでいようと思っていたのだ。自然の豊かな市民の森は日中もそうだけど、夕暮れに染まる景色もまた美しい。魔界からのお客さんをおもてなしするのにこれほど相応しいものはないと彼女は思っていた。
そんないつきの気持ちを受け取りつつも、ローズの決意は揺るがない。
「それも見たいですけど、ここではお兄様と普通に話せませんし」
「あ、それもそだね」
彼女の返事に彼女達が人間界に来た理由を改めて思い出したいつきは、素直に夕日を見るのを諦めた。お客さんの意思を尊重するのがこう言う場合の礼儀だし。
そうして一行は転移魔法で一気に家まで戻ってくる。それからみんなで部屋まで戻ると、開口一番いつきが口を開いた。
「魔法って本当に便利だね」
「ええ、本当に」
ここでもローズが返事を返す。その話の流れでついまた調子に乗ったいつきが口を滑らせた。
「べるのもこのくらい役に立ってくれたらいいのになぁ」
「な、結構頑張ってるだろ!」
当然のようにヴェルノはその軽口に反応する。いつきは市民の森での失態を繰り返さないようにと、今度はちゃんと彼をフォローした。
「うん、いつもありがとう」
「お、おう……」
突然感謝の言葉が返ってきて調子を崩したヴェルノはうまく返事を返せない。そんなやり取りをしていると突然ローズが声を上げる。
「お兄様!」
「な、何?」
急に名前を呼ばれたものだから、驚いた兄はその場で小さくジャンプした。双子の姉はここで力強く宣言する。
「私達、これからはいつでも会いたい時に会いに来ますから!」
「う、うん」
と、ここで今度はリップも言葉を続けた。
「だから、その時はよろしくお願いします」
「え?ああ、うん」
妹達からの堂々としたこれからも遊びに来る宣言を受けて、ヴェルノは困惑する。それでまともな返事も出来ず、ただ大人しくうなずくばかりだった。
それからはゲームをしたりいつきが魔界の話を彼女達から聞いたり、逆に人間界の事を矢継早に質問されたりと楽しい時間はあっと言う間に過ぎていく。
気がつくと市民の森で見たかった景色が西の窓から差し込んできた。そろそろ帰る時間だと言う事で、いつきは彼女達を玄関前で見送る。
「今日は大したおもてなしも出来なかったけど、またいつでも遊びに来てね」
「はい、いつきさん、今日は本当に有難うございました」
「また遊びに来ます」
「またね~」
彼女達はずっと手を振りながら歩いていく。そうしてある程度歩いたところでフッと姿を消してしまった。きっと転移魔法を使ったのだろう。双子の気配が消えたところで、彼女は改めて一緒に見送っていたヴェルノに話しかけた。
「ふう、とんだサプライズだったね」
「全く、いい迷惑だったよ」
「こら、お兄さんがそんな事言わない」
少し嫌そうな顔をした彼にいつきは軽く苦言を呈す。それからすぐに言葉を続けた。
「でも新しい友達が増えるっていいな。またあの2人と遊びたいよ」
「多分味をしめてこれから頻繁に遊びに来るぞ」
このヴェルノの発言にニヤリと笑った彼女は、またしても人差し指でツンツンとそのもふもふした体をつつく。
「愛されてるねぇ、お兄様」
「だからからかうなって!」
こうしてヴェルノの妹達の突然の訪問騒ぎは幕を閉じた。いつきはこれからまた楽しくなると新しい日々の予感に胸を膨らませる。
一方、その訪問の理由になった兄の方はと言うと、今後の平穏な日々が乱される予感を感じ、頭を抱えてしまうのだった。
その頃、妖怪達の住む天狗山では、ある催し物に向けて山に住む妖怪達が準備に追われていた。そこではその催しの実行委員達が相談をしている。
「そろそろ文化祭の時期ですなぁ」
「あの2人もお呼びしましょうか」
どうやら妖怪達も文化祭をするらしい。その来賓についての相談を今はしているようだ。何人かの妖怪で構成されている実行委員会では口々に自分達の意見を口にする。活発な議論の果てにその話に決着が着いた。
「当然呼ばねばならないでしょう。あのお2人は」
「またお前さんには出向に行ってもらわねば」
お祭りに続いて文化祭も楽しんでもらおうと言う事で、長老から小天狗にまた司令が下る。命を受けた彼もまた顔を引き締めて返事を返した。
「分かっています。お任せください」
季節は秋も深まる11月。各地で様々な文化祭が開催されるそんな頃、妖怪達の間でも文化祭が開かれる。天狗山の木々も少しずつ染まり始めていた。
何も知らないいつきは自分達の学校の文化祭の準備の方に夢中になっている。小天狗が彼女の家に向かうのはこの少し後の事だった。
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