第90話 里帰り その5
「そちらがいつき殿か。私の名はヴェルム。我が息子が何かと迷惑をかけてはおらぬかな?」
「いえ、それは……こちらこそお世話になってます」
「そうかそうか!ヴェルノは良いパートナーに恵まれたな!」
ヴェルノの父親、ヴェルムはそう言うと椅子から立ち上がり、ヴェルノの前まで来るとそのまま愛する息子を思いっきり抱きしめた。
「と、父様……くるし……」
「あはは……」
そんな親子
その後、ヴェルムは片手を机に置いて威厳のある立派な顔をいつきに見せる。
「見ての通り何もないところだが、良かったらゆっくりしていってくれたまえ」
「あ、どうかお構いなく……」
その言葉に対してどう対応していいの分からず、いつきは頭の中を真っ白にしながら機械的に無難な言葉を返していた。
「いつき様、こちらへ」
親子の再開の儀式が無事に終わったところでローズがいつき達を手招きする。この場の雰囲気に馴染めなかった彼女は渡りに船とその声に従って、この立派な執務室っぽい部屋をヴェルノを連れて後にした。
ローズが招いてくれた部屋は屋敷の中でも数ある客間のひとつのようだった。その部屋に入った彼女は、そこに用意されていたおもてなしの料理の数々を見て感嘆の声を上げた。
「うわ、何これ」
「いつき様がいらっしゃると聞いて用意いたしましたの」
きちんと座る席が用意されていたので、彼女はその席に素直に座る。目の前に用意されていた料理は人間界で目にした事がある料理ととても良く似ていた。並べられたお皿のどこにも大衆食堂のメニューみたいなチープな料理は見つからない。
見た目は高級フランス料理とか、ああ言うのにとても良く似ている。何とかのムニエルとかそんな感じ。世界が違うから似ているのは見た目だけなのだろうけれど。
ズラッと並べられたこの美味しそうな料理を見たいつきは、お腹を鳴らしながら素直な感想を双子の妹達に告げた。
「料理とか、人間界とそんなに変わらないんだね。みんな美味しそう」
「ええ、しっかり研究いたしましたもの」
ローズのその言葉でこの料理自体が人間界に合わせたものだと分かる。と言う事は料理の味も多分間違いのないものなのだろう。そこまでもてなしてくれた事に彼女は心の底から感動する。
そうして、ローズの発した研究と言う言葉を聞いたいつきの頭に閃くものがあった。
「そうだ!研究と言えばお盆の事、よく知ってたね」
「人間界の情報は常に把握してるんですの。調べる機械もありますし、人間界に知り合いもいるんですのよ」
「へええ~」
その研究熱心さにいつきは軽く舌を巻く。それから隣りに座ったこの家の長男に対して軽口を叩いた。
「べるのはお盆の事知らなかったけどね」
「お兄様はあんまり興味はなかったみたいですから」
「お盆ってのを知らなかっただけだよ!」
何だかバカにされているように感じたヴェルノは早速言い訳をして、妹達より無能だと思われているその疑惑を否定する。その言い方が余りに必死だったので、いつきもにやりと笑いながら軽口を続けた。
「そうかなぁ~。他にも知らない事は多そうだけど……」
「な、そんな訳ないだろ!」
「どうだかな~。あ、そう言えば!」
いつも2人の時にしているような言葉の応酬を続けていたところで、ふとここまでの流れの中でまだ出会っていない存在にいつきは気付いた。この意味ありげに言いかけた言葉にローズが反応する。
「はい?」
「べるののお母さんは?ここにはいないの?」
そう、父親がいるなら当然のように母親だっているはず。いつき達が屋敷に来てまだそれらしき人物、いや、猫にまだ出会っていない事に彼女は疑問を抱いたのだ。
この質問にはローズとリップがそれぞれ答えてくれた。
「母様は、今任務で別のところにいます……」
「母様は国境警備の仕事で……」
母親の事を話す双子がすごく淋しそうに見えたので、場の空気を察したいつきは慌ててこの話を切り上げる。
「う、うん、分かったよ。すごいお母さんなんだね」
「ええ、そうなんです!私達の憧れです!」
母親を褒められて双子の顔に笑顔が戻る。特に言葉を返したローズの笑顔はとびっきりだった。話がここで一区切り付いたと言う事で、いつき達は出された食事に口を付ける。見た目フランスの高級料理っぽい料理はそのどれもが美味しくて、いつきのほっぺたは今にも落ちそうになっていた。
余りに料理が美味しかったので、しばらくはみんな無言になって、ただ食器が鳴らすカチャカチャと言う音だけが部屋に響いていた。
「それにしてもすごいお屋敷だね。まるで貴族みたい」
料理を口に運びながらポロッと口にした彼女のその言葉に、ローズは少し得意気に返事を返す。
「あら?御存知ない?私達はこう見えて貴族なんですのよ?」
「えっ、そうなの?やっぱりねぇ、そうだろうと思った」
「何取ってつけたように言ってるんだよ」
焦って取り繕うように口を濁したいつきにヴェルノのツッコミが入る。このツッコミに納得いかなかった彼女はすぐに反論する。
「違うもん!この家を見た時からそう思ってはいたもん!」
「お2人は仲が宜しいのですね」
いつきとヴェルノの息の合ったコントじみたやり取りを見ていたローズは、羨ましそうにつぶやいた。いつものやり取りをしていただけで、特に何も意識してなかった彼女はこの言葉に少し戸惑ってしまう。
「え……まぁ、いつもこんな感じだよ」
「いつきは僕がついていないと駄目なんだ。いつも危なっかしくて」
「ちょ、私のどこが……」
油断しているとヴェルノがある事ない事言いそうで、いつきは緊張感を持ちながら彼の言葉に備えていた。そんな楽しい会話をしながら料理の乗ったお皿は順調に空になっていき、やがて楽しい食事の時間は終わリを告げる。
いつきが食後のお茶を飲みながらまったりしていると、双子の妹の方のリップが突然手をポムと叩いてある提案をする。
「そうですわ!お菓子、食べませんか?」
「え……あ、うん。有難う」
こうして食事の後に間髪入れずにおやつの時間になった。このおやつの準備は双子の妹が担当する。テキパキと動き回る2人を目にして、じっと座ったままのいつきは、何もせずにただ座っているだけなのが申し訳ない気持ちになって思わず声をかけた。
「あの……何か、手伝おうか?」
「いえ、お客様は座っていてください。おもてなしは私達がしますので」
ここでローズがどことなくクールな感じで返事を返してきたので、その雰囲気に違和感を感じた彼女はそっとヴェルノに耳打ちする。
「ね、ねぇ。私何かまずい事したかな?」
「いや、知らないよ」
「だよね……」
結局その違和感の正体は分からないまま、お茶の準備が整っていく。それはイギリスのアフタヌーンティーのよう。複数の手頃な大きさのお菓子とお茶のセット。それはまるで優雅な昼下がりのようで――実際、そうなんだけど――この初めての経験にいつきは興奮していた。
大体の準備が整ったところでとびきり笑顔のリップが楽しそうに口を開く。
「さあ、それではどうぞお楽しみください。お口に合うかどうかは分かりませんけど」
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