第89話 里帰り その4

「えっと、どっちがローズちゃん?」


「あ、そうでした。私がローズでこちらがリップです」


 質問を受けたローズは右手を上げてお互いの自己紹介をした。ローズもリップも双子なのでほとんど見分けはつかない。ただ、性格はしっかり個性が別れているようで、積極的な方がローズで大人しい方がリップと言う感じで判別する事が出来るようだ。

 リップもまたいつきに向かってお辞儀をする。そんな丁寧な自己紹介を受けたので、いつきもまた同じようにうペコリと頭を下げると改めて自分の名前を名乗った。


「私が安西いつきです。2人共よろしくね」


「お兄様も早く!父様もお待ちになっていらっしゃいますよ!」


「あ、ああ……」


 ローズに急かされてヴェルノはバツが悪そうに返事を返す。その態度を見たいつきは妹達に彼の代わりに謝った。


「ごめんね、べるのあんまりやる気なくてさ。結構説得したんだけど」


「いえ、ここまで連れてきてくださっただけでも有り難い話ですから。いつき様の協力があってこそです」


「そうかな~照れるよ~」


 ローズに功績を褒められたいつきは頭を掻きながら頬を染める。もう魔界についたのだから飛んで移動しても問題はなかったものの、一行はのんびりと歩きながら移動していた。飛べば早く着くものの、それでは折角の魔界をあまり堪能出来ない。

 彼女がここに来た目的は魔界を知る事でもあったので、それもあってのんびりゆっくりと歩いて移動していたのだ。興味深そうに町並みを観察するいつきにローズが声をかける。


「魔界の印象はどうですか?人間界とはかなり違うでしょう?」


「うん、でもそんな怖くはないね。実はさ、魔界って夢で見た事があるんだ。その夢と殆ど一緒だからあんまり初めてな気がしないんだ」


「そうだったのですね。気に入って頂けて何よりです」


 いつきの見た夢と言うのは、そう、以前アスタロトに見せられたものだ。アスタロトが冤罪で捕まった時の映像。それがどのくらい昔の事なのかは分からない。

 けれど、今いつき達が歩いているこの魔界はあの夢で見た情景とあまり変わっていないように見えた。ヨーロッパの町並みには中世の頃の面影を強く残すような場所があるけれど、この魔界の街もそう言う政策で町並みが保存されているのかも知れない。


 魔界の建物は中世ヨーロッパ風の感じの石造りのものが多く、街に住む住人はほぼモンスターのようだ。人間ぽい姿の人もいるけど、ケモミミだったり、角が生えていたり、尻尾があったり、何かしらのオプションがついている。見上げれば羽の生えたタイプも飛んでいた。

 そう言う多種多様な存在が仲良く共存しているのだから、興味深くてたまらない。夢中になって観察していたいつきは、不意にこの魔界についてある事を思い出した。


「べるのの言う通りだったね~」


「な、何が?」


「夏なのに涼しいよ。これが空調魔法ってやつでしょ?」


「ああ、まぁ……」


 そう、実は魔界も季節はちょうど夏。ヴェルノ曰く、隣接する人間界と魔界の気候はリンクしているらしい。人間世界ではこの時期日中40℃に近い酷暑に近い気温も、ここでは体感温度が25℃くらいでとても快適だ。それもあって確かにセミの声は全然聞こえなかった。いつきはこの素晴らしい魔界のシステムに感動する。

 見るもの全てに興奮を隠しきれない彼女を見たローズは、ニッコリ笑みを浮かべていつきの顔を見る。


「まずは観光なされますか?それとも……」


「取り敢えず一番の目的はべるのの実家だから、まずは寄り道せずに向かいたいかな~」


「分かりました。ではそのようにいたしましょう」


 彼女のリクエストを受けた一行はまっすぐ実家の屋敷に向かう。途中までは賑やかな町並みだったものの、屋敷に近付くに連れて建物や人通りが少なくなり、やがては大きな道と雄大な自然だけが目立つようになっていく。

 途中にある大きな門を通ると、そこから先が美しい庭園になっており、道の正面に立派過ぎる宮殿のような屋敷がどーんといつきの目に入った。


 そんな立派な屋敷を今まで生で見た事がなかった彼女は、あまりのスケールの大きさに言葉を失う。立派過ぎる庭園を通り抜けてある程度近付いたところで、ローズが自分の屋敷を胸を張って紹介する。


「ここですわ!」


 実家の屋敷を久しぶりに見上げたヴェルノは、嬉しいのか辛いのかよく分からない複雑な表情になっていた。


「帰ってきてしまったんだな……」


「ほえ~、マジでデカいね……。べるの、本物のお坊ちゃんだったんだ」


 いつきは屋敷の大きさに圧倒されて、その家の出身である少し生意気な羽猫の印象を改める。ヴェルノは周りに聞こえないような小さな声で今の自分の気持ちをボソリとつぶやいた。


「こんな家柄、プレッシャーなだけだよ……」


「ああ、その気持ち分かる気がする。べるのはもっと庶民的な家が似合うよね」


 いつきがヴェルノの心情に同情していると、その言葉は聞き捨てならないとばかりに双子の妹達から抗議じみた反論口撃を受ける。


「いつき様!お兄様はまだ本当の力に目覚めていないだけなのです!」


「そうです!今の実力がお兄様の本気だと思わないで頂けますか!」


 ローズとリップの溢れ出るお兄様愛にいつきは苦笑いを浮かべた。


「あ、ああ……うん。ごめん」


「妹達はいつもこんな感じなんだ……」


「よく分かったよ……」


 ヴェルノの諦めきった感じのその発言を聞いて、いつきは妹達の前でヴェルノを馬鹿にするような発言はやめようと心に誓う。それから一行は屋敷に足を踏み入れた。外側からの見た目もスケールが大きかったものの、中のスケールは更に立派に感じられる。


 立派で凝った内装に所々に飾られている調度品。テレビや創作の中でしか見た事のない世界がそこには広がっていた。溢れ出る高貴なオーラに彼女が圧倒されまくっていると、ローズがみんなに向かって声をかける。


「まずはお父様にご挨拶に行きましょう!」


 そんな訳で一行はこの屋敷の家長でもあるヴェルノの父のもとに向かう事になった。広い屋敷なのでそこに行くのには結構な距離を歩く事になる。広いショッピングモールの端から端に歩くくらいの距離を歩いてようやく辿り着いたそこにあったのは、高さが5mくらいはありそうな大きくて立派な扉だった。


「おおお……すごい立派な扉だね」


「この部屋の奥にお父様がいらっしゃいます!さあ!」


 その扉の奥にいるとされるヴェルノのお父さん。アスタロトの夢で見せられたアレの通りだとするとかなり立派な姿をしているはず。いつきはツバをごくりと飲み込んで、同じく緊張しているっぽいヴェルノの肩を軽く叩いた。


「行こうか、べるの」


「仕方ないか……」


 覚悟を決めた彼は大きく深呼吸して精神をリセットすると、そっとその大きな扉に軽く触れる。すると扉はすうっと音も立てずに自然に開いた。物理的に言ってちょっとありえないような軽さだったので、これにも魔法の力が働いているのだろうといつきは推測する。


 開けた扉の先にあった光景はいかにも立派な執務室と言った雰囲気で、壁一面には立派な本棚がびっしりと並べられていた。部屋の中央には立派過ぎる机と、立派過ぎる椅子に深く座った威厳のある大きな猫の姿。

 雰囲気から言ってその立派過ぎる猫こそがヴェルノの父親なのだろう。


「おお、ヴェルノ!元気そうで何よりだぞ!」


「うわ……」


 立派な羽猫の部屋中に響き渡る大きな声。その迫力にいつきは圧倒される。巨大な猫は初めて見る人間の少女の姿を認め、ニッコリと微笑んだ。

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