第65話 天狗山の妖怪達 その5
例えば、木彫りのよく分からない人形とか、独楽のようなものとか、鬼や龍など妖怪の世界で有名な存在のお面とか、そんなどこか素朴で懐かしい感じ。
興味深そうに屋台を眺めている彼女を見て、ガルガルは恐る恐る腫れ物にさわるような慎重さで声をかける。
「あ、遊んでいくか?」
このお誘いにいつきは震える彼の顔を見てニンマリと笑うと、勢い良く首を縦に振る。この屋台のくじは箱に入った三角くじを手探りで選んでそれを開き、そこに書かれていた内容のものを手に入れるタイプだ。彼女は腕まくりをすると景気づけにブンブンと腕を回し、エイヤッと箱に腕を突っ込んだ。
「よーし、特賞を狙うぜっ!」
ガサガサと箱の中に潜む三角くじを手探りで物色し、これは!と思ったものを引き上げる。最初に当てたものは――6等の妖怪の間で流行っているらしいカード1枚だった。妖怪でないいつきにその価値は分からない。
彼女からしてみればヘタウマな絵が描かれた型紙でしかないし、6等が一番低い等である事から、これが残念賞的なものである事はすぐに分かる。つまり福引におけるポケットテッシュみたいなものだ。
この結果に納得行かないいつきは、意地になって何度も何度もくじを引く。それも引きに引いたり30回。くじの代金はたぬ吉が持ってくれるとは言え、ちょっと引き過ぎではないだろうか。
しかし引き当てたくじの結果は散々なもので、6等が25回、5等が4回、そうして3等が1回と言う結果に終わった。5等は妖怪グッズの風船みたいなもので、妖怪がこれを膨らますと自分の身代わりとして使えるらしい。もちろん人間が膨らました所でただの風船にしかならない。
3等はもう少しマシで、屋台でもちょっと目立つところに飾られているお面だった。好きに選んでいいと言う事で、お祭りの定番のお面の狐の面を彼女は選ぶ。ガルガルによればこのお面も特殊な力が秘められていて、妖怪がつけるとお面に蓄積された残留妖力分の妖狐の力が使えるらしい。
これも人間がつけたところで効果はないんだけど……。
いつきが狙っているのは、特賞のすごくキラキラして価値の有りそうな宝石だ。大きさはブローチくらいで、その透き通った蒼い色は彼女の心を捉えて離さなかった。この特賞は1等のすぐ上はでなく、1等の上に金銀銅賞があり、その更に上にあたる。――つまりは当たる確率がむちゃくちゃ低いと言う事。
頑張って3等止まりだった彼女は、自分のくじ運のなさに激しく落胆する。
「あ、当たらない……。こう言うところまで人のお祭りと一緒にしなくてもいいのに……」
「こう言うのは当たらないのが面白いんだぞ」
何度もやり取りをしていく内に調子を取り戻したガルガルは、いつの間にか通常のテンションでいつきと会話が出来るようになっていた。当たらなくてふてくされた彼女は、その不満を思いっきり店番の彼にぶつける。
「ぶー!いんちきだー!」
「いつきに運がないだけだ。人の屋台くじと違ってこっちにはちゃんと当たりは入れてある」
このいちゃもんに対し、ガルガルは自分の屋台の正当性を自信を持って訴える。不満を吐き出してこれ以上くじを引く気もなくなったいつきは、好奇心を別の方向に向けた。
「えっと、それでケンガの方は?」
「ほら、あそこの射的だよ」
流石パートナーだけあって、ガルガルは速攻で彼女の質問に答える。射的と言う言葉を聞いて、またしてもいつきの好奇心メーターは限界値を弾き出していた。
「おお!いってみよっ!」
「あんまり無茶言うんじゃないぞー!」
ガルガルの忠告も聞こえたんだか聞こえていないんだかの勢いで、彼女は射的の屋台に向かって走っていく。余りにすごい勢いでやって来たものだから、元々怖がりのケンガは驚いて雄叫びを上げてしまう。
「ピャー!」
「ケンガも久しぶり。楽しそうだね」
「ピャウピャウー」
久しぶりに会ったケンガはガルガルの時よりもかなり興奮していた。彼の場合、ステッキで丸焦げにされたのがトラウマになっているのだろう。いつきの姿を目にした瞬間から、超高速でブルブルと震えている。一方彼女の方はそんなケンガの様子を一切気にかける事なく、すっと手を差し出した。
「射的、やらせてよ」
逆らったらまた黒焦げにされる!そう思ったのか、ケンガはいつきに素早く射的用の銃を差し出した。それを受け取った彼女は、いっちょ前にそれっぽく構えて獲物を狙う。
「さて、大物狙うぞー」
いつきが狙うのは見事な彫刻が施された大天狗の置物。それは射的場の景品でも一番の目玉景品らしく、他の景品に比べても一際目立っていた。
「それっ!」
十分に狙って放ったそれは全く見当違いの所へと飛んで行く。お約束とは言え、彼女の射的センスはポンコツだった。
「あれえ~」
「ま、そうなると思った」
「何よ!じゃあべるのがやりなさいよ!」
この結果を冷静に突っ込んだヴェルノは、逆にいつきに切れられてしまう。そのまま怒った彼女に銃を押し付けられ、ヴェルノは代わりに射的をする羽目になってしまった。
射的に関して少しばかり腕に覚えのあった彼は、それっぽく銃を構えて口を開く。
「仕方ないな、よっく見てるんだぞ」
「へえ~、言うじゃないの。それじゃあ、お手並み拝見と行こうか」
挑戦した回数は7回。いつきと違ってニアミスも含め何度も景品に弾を当てたものの、一発で落ちない事も多く、彼の腕を持ってしても人形を2つ落とすのが精一杯だった。
「おっ。やるじゃん」
「う~ん。3つは落とせると思ったのにな~」
「ピャー」
この結果に対してケンガが何か興奮して叫んでいる。
けれどその言葉の意味が分からないヴェルノはただただ困惑するばかり。
「えっと……?」
「あの人形を落としたのはすごいと言ってるんだべ」
困っている彼を見かねて、たぬ吉が通訳を買って出る。その言葉を聞いたいつきがヴェルノの肩を叩いて励ました。
「だって、良かったね」
「何か釈然としないような」
「気にしない、気にしない!お祭りなんだし楽しもうよ」
その後、2人は屋台巡りをして美味しいものをたらふく食べて満喫する。りんご飴にイチゴ飴、綿菓子にフライドポテト、まるで人間の屋台と変わらないそのラインアップにいつきはおどろくやら喜ぶやら。気がつけば2人のお腹は満腹になっていた。
「ふー、食べた食べた~。お祭りはいいね~」
「楽しんでもらえて何よりだべ」
おもてなしをしている側のたぬ吉もまた、2人が喜んでいる様子を見て満足している。これぞ正にウィンウィンだね。ここまでお祭りを堪能しながら、改めてヴェルノはいつきに質問する。
「そう言えば僕、まだ人の世界のお祭りって知らないんだけどこんな感じ?」
「そだよ。まあ、ここと違って人間しかいないけどね」
「そりゃ分かってるって」
彼女の冗談にヴェルノは愛想笑いをする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます