第53話 土地神様 その6

 カムラはドヤ顔で2人を追い詰める。その顔は勝利を確信して邪悪に歪んでいた。途切れた先に広がる巨大な穴はまるっきり底が見えない。落ちたらきっとひとたまりもないだろう。

 もうどこにも逃げ場はない。この状況に追い詰める事に成功した以上、カムラがそんな表情をするのも当然だった。


 けれどこの状況に追い込まれてしまっても2人の表情は全く絶望に染まっていなかった。


「って、思うじゃん?」


「何っ?」


 この予想もしない反応に逆にカムラは戸惑ってしまう。そのせいで思わず動きを止めた大蛇を前にヴェルノは威勢良くいつきに声をかける。


「いくよ、いつきっ!」


「うんっ!」


 その声を合図に躊躇なく穴に飛び込む2人。もしや死を覚悟したかとカムラが覗き込むとふわりと浮かぶ2人の姿があった。


「お前、魔女か?」


「魔女じゃないもん、魔法少女だもん!」


 お約束のように魔女に間違われたいつきは頬を膨らませて反論する。

 けれどそんな彼女の言葉に耳を貸す事なくカムラは感情に任せて声を荒げた。


「たかが空を飛べるくらいでえらそーにするんじゃねぇ!」


 いつきが空を飛んでひとつ分かった事がある。それは目の前の恐ろしい大蛇は空を飛べないと言う事実だった。もし飛べるなら今頃カムラはいつきに向かって飛んで攻撃を仕掛けて来た事だろう。

 しかしどうだ、目の前の大蛇はただ悔しそうにするばかりで一向に飛ぶ気配すら見せていない。つまり上空に浮かんでいる限りカムラの攻撃が彼女に届く事はないのだ。


 事ここに至っていつきはようやく落ち着きを取り戻し、精神的にも余裕が出来ていた。少しばかり強気になったいつきは地上で自分を見上げる大蛇に思い浮かんでいた疑問を口にする。


「あなたはここでその植物を使って土地の力を奪っているみたいだけど、どうして?」


「決まってるじゃねーか、この土地を奪う為よ。代わりに土地神になってより多くの生気を食らうのさ」


「そんな事はさせない!ミラクル☆カッター!」


 カムラの身勝手な答えに怒りを覚えたいつきはそんな事はさせまいとステッキを使って攻撃を図る。ステッキから放たれた魔法エネルギーは鋭利な刃物と化して大蛇の身体を切り刻んで行く!


 ……はずが、カムラの硬質な鱗に弾かれてステッキから生み出された魔法エネルギーは簡単に消滅してしまった。


「うおっ!てめぇ!その程度の魔法で俺に勝てるとでも?」


「嘘?マジカル☆スターズの中でも最強に近い技のはずなのに……」


 自慢のステッキ魔法が全く効かず、いつきは困惑する。その一部始終を横で見ていたヴェルノは呆れ顔で彼女にツッコミを入れた。


「アニメと一緒にするなよ……どれだけステッキを振ったって僕の能力以上の力が出せるはずないだろ……」


「つまりどれだけ強い魔法を出しても意味がない?」


「弱くて悪かったね!」


 彼女の余計な一言にヴェルノは声を張り上げた。仲間割れをしている様子を目にしたカムラは今がチャンスとばかりに反撃を開始する。


「今度はこっちの番だ!熱波業瀑!」


 そう言って大口を開けたカムラから高熱の熱波が放出される。特撮怪獣が熱線を吐くようなそのお約束の攻撃は周りの空間ごと熱する攻撃故に逃げ道を塞ぎ、上空の2人にかなりのダメージを与えていた。


「うわっ、熱ッ!」


「このままいい感じで焼いてやるぜぇ」


 苦しむ2人の様子を見て自分の攻撃が有効だと確信したカムラは更に調子に乗って熱波の温度を上げていく。カムラの攻撃を察したヴェルノは攻撃が直撃する前に咄嗟に耐熱防御結界を張っていた。

 しかしこの防御結界を持ってしてもカムラの熱波を完全に防ぐ事は出来ず、40℃以上の高温に2人は耐えていた。このまま持久戦になると確実に空中浮遊組の方が不利になる。


 そんな中、何か策があるのかいつきはヴェルノに質問する。


「ねぇ、あいつの力って、あの植物の実を食べてああなったんでしょ?」


「何?こんな時に」


「いから答えて!」


 結界を張るのに全集中力を注いでいた彼に彼女の質問に答える余裕なんてない。

 けれど余りにいつきが強く訴えるので仕方なく面倒臭そうに口を開く。


「そうだよ。この世界の生き物が食べられるかは分からないけど、魔界の生き物ならあの実を食べてパワーアップ出来るんだ、一時的にだけど」


「一時的?」


「あの実に蓄えられていたエネルギーの分だけって事だよ。カムラみたいな巨躯なら実ひとつで1時間持てばいい方じゃないか?」


 ここまで話を聞いた彼女は、まるで悪女が悪巧みを閃いたような意味ありげな笑みを浮かべるとヴェルノに問いかける。


「じゃあさ、べるのならもっと長持ちだよね」


「そりゃあ……まさか?」


「そ、ひとつもぎ取っておいたんだ」


 いつきはそう言いながら赤い実を彼に見せつける。実はまだ未成熟なのか小さなトマトほどの大きさだった。人が食べるなら手頃な大きさでも、ヴェルノが食べるとなると彼が大口を開ければ何とかなるかもと言うギリギリの大きさだ。いつきから実を見せられたヴェルノは急に表情を曇らせる。


「これ、食べた事ないんだよ。あんまり気が進まないなぁ」


「つべこべ言わないっ!」


 いつきはそう言ったかと思うと無理やり彼の口に実を押し付ける。不意打ちでのこの力技にヴェルノの抵抗はほぼ意味を持たず、彼女によってそのまま強制的に食べさせられた。


「ムガッ!グックッ……ゴクン」


「美味しかった?」


 そんな強引な手段をとっておきながら、いつきはしれっとヴェルノに実の味を尋ねる。被害者である彼はしばらく呼吸もまともに出来ないほど苦しんでいたものの、やがて何とか落ち着くと彼女の質問に皮肉交じりに答える。


「味以前の問題だよ……死ぬかと思った」


「ごめん……だってこの状況、どうにかしたくて」


 ヴェルノの言葉にいつきは反省して謝罪の言葉を述べる。そんな彼女の顔を見たヴェルノは状況が状況だけに本気で怒る事は出来なかった。


「その気持ちは分か……ふんもおおおおおお!」


「な、何っ?」


「力が、力がみなぎってきたァァァァァァ!」


 赤い実の効果が早速現れたのか、ヴェルノの力が限界を超えていく。それは力を共有しているいつきにもはっきりと分かる程だった。地上からその様子を眺めていたカムラにもイレギュラーな事が起こったと言う事は分かったらしく、何事があったのかと動揺し始める。


「な、なんだ?」


「カムラ!謝るなら今の内だよ!」


 ヴェルノの力が活性化されている今がチャンスといつきはカムラに警告する。

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