第42話 忍者再び その3

「で、一体どうしたって言うの?」


 交渉成立と言う事ですっかり機嫌が治ったいつきは早速ヨウに事情を聞く。話しやすい状況になって緊張の取れた彼は改めて自分の抱えている問題を彼女に話すのだった。


「実はな、ある妖怪を懲らしめる依頼を受けたんじゃが、それが難儀しているんだべ」


「私、空飛ぶくらいしか出来ないんだけど?」


「それで十分だべ!オラ空飛べないから困っていたんだべ!」


 今のいつきに出来る事と言えば空を飛ぶ事くらい。それを素直に話す彼女に、ヨウは飛んでさえいてくれたらいいと彼女に懇願する。妖怪相手に忍術を駆使する忍者でも流石に自由に空は飛べない。出来ないからこそ出来る人材に協力を求めに来たと言う話のようだった。

 普段の忍者の仕事を知らないいつきは彼が依頼された妖怪がどんなものか知らない。なのでまずはその事についてヨウに質問する。


「危険な妖怪じゃないの?」


「危なくなったらちゃんとオラが守るから大丈夫だべ!」


 自分の身の安全を心配するいつきに対し、ヨウは自分が守るから安心して欲しいと断言する。

 しかしすぐにその言葉の矛盾に気付いた彼女はその部分についてツッコミを入れた。


「でも空を飛ばれて困っているんでしょ?私が空の上で攻撃されたりとかしない?」


「おめえさんは心配症だなぁ。その妖怪は確かに空を飛ぶが、他の空飛ぶ存在が通せんぼすると飛べないんだべ。そう言う性分なんだべ」


 いつきのツッコミを受けたヨウは何故大丈夫なのかその説明をする。つまり簡単に言えばその妖怪は特殊な性格らしい。この言葉を聞いた彼女はもっとその妖怪の事を詳しく知ろうと質問を続ける。


「どう言う妖怪なの?」


「その妖怪はケンガって言うだ。ガルガルって犬妖怪に飼われているんじゃが、こいつが飼い主の言葉しか聞かん。飼い主のガルガルは昔は温厚だったんじゃが、急に人を襲うようになってしまったんだべな。ガルガル自身は空は飛ばないんじゃが、そのケンガって奴が空を飛ぶんだべ」


 妖怪について聞かれたヨウは知っている事を包み隠さず全て彼女に話す。ただ、その情報量がちょっと多かったので、一回聞いただけでは話を把握しきれなかった。なので、取り敢えずいつきはその話の中で理解出来た部分だけを聞き返した。


「え?え?つまり私がそのケンガって奴を止めればいい訳?」


「そう言う事だべ」


 どうやらその事が分かっていればいいみたいで、いつきの質問にヨウはうんうんとうなずくばかりだった。する事が分かったところでまだ不明瞭なところがあると感じていた彼女は質問を続ける。


「ケンガってどう言う妖怪なの?」


「大きさは1mくらいで丸くてトゲトゲしているんだべ。しかもこいつには忍者の武器が何ひとつ効かない……忍者との相性最悪なんだべ」


「えー、何だか厄介そう」


 ヨウが対処に苦慮しているそのケンガと言う妖怪、いつきは話を聞けば聞くほど簡単な話ではないように聞こえて来る。この依頼に難色を示す彼女にヨウは手を合わせて必死に頼み込んだ。


「そこを何とかひとつお願いするだよ!」


 そのまま返事をしないでいたら土下座までしそうな彼の必死さに若干引き気味のいつきは、この状況にすっかり困ってしまって思わず判断をヴェルノに丸投げする。


「べるのはどう思う?」


「対アスタロトの事を考えれば戦力は多いに越した事はないけど、こいつが役に立つとは……」


 アスタロトの実力は知っていても目の前の忍者の実力をまだ知らないヴェルノは、ついヨウに対してひどい言葉を口走ってしまう。この彼の言葉にヨウは思いの外気を悪くする。


「お前、バカにしてるだか?」


「ま、まだ君の実力を見ていないから……」


 突然キレ始めた彼の雰囲気に焦ったヴェルノは、何とか落ち着いてもらおうと焦りながら言い訳を口にする。この言い訳に対し、ヨウはこれはチャンスとばかりにドヤ顔になって自分の力を誇示するのだった。


「ふふん、なら尚更オラの話を受けるべきだべ!本気の忍者の実力を見せるいい機会だ!」


「あ、そうだ!」


 このやり取りの中で何か閃いたのか突然いつきが声を上げる。急に彼女が大声を出したものだから、その声を聞いたヨウも驚いて彼女の方に顔を向けた。


「何だべ?」


「ステッキだよ!あれが完成したら役に立つかも!」


「ステッキ?」


 突然彼女の口から放たれたステッキと言う謎ワードにヨウは混乱する。その言葉の意味を聞き返すヨウに対して、意味を知っているヴェルノがすぐにいつきにツッコミを入れた。


「だから、期待はしないでって……」


「魔法的な何かは出るように調整しているんでしょ」


「そりゃ、まぁ……」


「だったらきっと何とかなるよ!」


 いつきの根拠のない励ましにヴェルノは困った顔をして言葉を漏らす。


「どうして君はそんな自信満々に……」


「お前さんら、さっきから一体何の話を……」


 ステッキ関連の一連のやり取りの中でひとり部外者になったヨウは訳が分からず、ただ混乱するばかり。その彼の言葉を聞いた彼女はこの困り顔のヨウの方にくるりと顔を向けると、真面目な顔になって問いかける。


「ヨウさん、この依頼はいつまでに返事をすればいい?」


「まぁ、至急って訳でもないし、受けてくれるならそっちの都合のいい日でいいべ。そりゃひと月以上先になるとかならまた考えるけれども」


 突然話しかけられた彼はちょっと困りながら依頼の時期について言葉を返す。この回答を得たいつきは安堵した顔になってため息をひとつこぼす。


「分かった。じゃあちょっとだけ返事を保留させて。出来るだけ早く返事を返すから」


「わ、分かっただ……」


 途中、彼には何だかよく分からない会話の流れがあったものの、取り敢えず了解は取り付けられたと言う事で彼も安堵し、彼女のその言葉を受け入れた。

 その後、自分の用事は終わったと言う事でヨウはいつきの家を去っていく。仕事の話は終わったから今度は別の話をしようと引き止める彼女の言葉をやんわりと否定して、砂が風に流れるように飽くまでも自然に彼は帰っていった。


 部屋の中がいつもの2人に戻ってすぐにヴェルノはいつきに声をかける。


「いいの?」


「この話、受けるよ」


「え?だってさっきは……」


 ヨウの話に結論を出し渋っていたはずのいつきは彼が帰ってすぐにその話を受けると断言する。この態度の変化に戸惑ったヴェルノは思わずその真意を問いただした。その質問に彼女は彼女なりの考えをヴェルノに伝える。


「保留にしたのはステッキの完成を待って貰う為だよ。完成したらすぐにOKの返事を出すから」


「どうなっても知らないからね」


「だって、ヨウさんが危なくないって言ってたもの。きっと大丈夫、守ってくれるよ」


 このいつきの言葉を聞いたヴェルノは、ハァとため息をひとつ漏らしてその時思った事を素直に口にする。


「楽観的だなあ」


「それと、べるのも信用してる」


「それは、ステッキの事?」


 この話の流れの中で自分の事が出てくると思わなかったヴェルノはちょっと驚いていつきにその真意を尋ねた。話を聞かれた彼女はやれやれと言ったジェスチャーをしてそう言った理由を彼に説明する。

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