第9章 太陽と月

「また久米か。しかも実朝の側室とは、笑えるの」

君は笑われるが、その言葉で少し不機嫌になった娘の顔を見て君はさらにおもしろがられる。

「まぁ、良いではないか。そなたが悲しく涙するのは何故かがわかったのだから」

眉をひそめる娘を見て、またしても君は笑う。

夏はもうすぐ終わりだというのに、うだるような暑さの日であった。

君は扇で仰ぎながら、美しく整えられた庭を眺められている。

「・・・鎌倉か。忍んで行けぬわけでもないの」

「はっ・・・?」

「今なら叶う。どうだ、参りたいであろ」

「それは・・・」

君は楽しそうに笑われて、侍従を呼びつけると、文の準備をさせる。

筆を墨に浸して書き始められるのかと思いきや、君はふと動き止められた。

「あの龍の玉とは何で、扉の向こうに集う者らは誰であったのか」

「それはまだ・・・」

君は含み笑いをされると、今度こそ筆を走らせた。

「遠出とは久方ぶりよ。熊野以来、いや伊勢以来だな。楽しみだ。そうであろ」と仰せになる。

「なれど、このような遠出が許されましょうか」

君は下らない問いと思われたのか、黙られたまま文に集中されている。

蝉がうるさく鳴く夕暮れ。その騒々しさに意識の体を預ければ、あっという間にどこか遠くへと飛ばされてしまいそうになる。遠のく意識の中で見る西日が映し出す風景は、君の背後の几帳に冠影をくっきりとつくっている。


夕餉の時間はとうに過ぎていて、度々様子を見にくる侍従に断りを何度か入れる。

粒の汗が浮き出るほどの暑さの中、君はゆったりと優雅に筆先に墨をつけては書かれる所作を繰り返す。その凛とした姿からも細く白い指先からも色香が溢れる。

夕暮れとなってもまだ涼しい風一つ吹いてこないこの部屋に、季節外れの香しい花風が吹いた気がした。

きっと、久米御前が感じた梅の香りとはこのような香しいそよ風であったのかもしれない。

「うむ。これで良い。これを兄上に届けさせよう」



何をどのようにされたのか、君は瞬く間に手筈を整えられ、一月も経たぬうちに鎌倉へ出立することとなった。

お忍びで訪れることを重ね重ね御供の者らに言いつけると、絶対に名を呼ぶな、このこと口外無用と強く言われていた。

「車の中で龍の玉の行方を聞こうではないか」

という理由でご一緒させていただいているものの、一向に話が降りてこない。

「焦らずとも良い。浮かべば話しなさい」

と言われても、とうとう、鎌倉到着までの間にそれに関しては一語も話すことが出来なかった。


久米御前が見た、百年ほど前の鎌倉はどのようであったのだろう。

若宮大路には、今も多くの人々が集い、そして忙しなく去りゆく。

そこかしこに見える寺院や塔は風情があるが、鎌倉殿が目指した東の京とは程遠いように思えた。この地に内裏を遷すとなれば、それは壮大な計画であったはずだ。

遷都どころか、時の上皇も天皇もこの地に足を踏み入れられないまま、実朝はこの世を去った。夢は儚いもの・・・。

娘は隣で眠たそうにされている君を驚いた表情で見上げた。

「どうしたのだ、おかしな顔をして」

「いいえ。ただ、どのような夢でもあきらめずにいれば、いつか必ず叶うものなのですね」

君は眉をひそめられたが、間もなくして御所に到着する。


「よく来たの!」

この元気溢れる豪快なお声の主は、宗尊親王と仰せで、先の仙洞御所の第一皇子であらせられるが、御母上さまのご身分が低く、帝位にはつかれない。

君は伏して御挨拶申し上げると、親王さまは君と向かい合って座られた。

実朝が住んでいた頃の御所は焼け落ちたのだと親王さまは仰せになる。

「文に記していた久米御前のことだが、確かに千葉の娘で御台所であったそうだ」親王さまは言う。

君が「そうですか・・・」と言いながらおそらくこちらに視線を投げかけられたのであろう。

「・・・あの娘はあなたの気に入りか」と親王さまが問う。

「そうなりましょうか。もとは北の方に仕えた女房ですが、退屈と嘆かれる母上の為に物語を献上させようと書き綴らせていたところ、久米御前の話を耳にしたものです」

「娘よ、どこで久米御前の話を聞いたのだ」

「さあ娘よ、許されたのだから、こちらへ来て直接お答えしなさい」

「はい・・・。その、存じ上げませんでした」

期待通りの答えでなかった為か、親王さまは眉間に皺を寄せて「理解できぬ」と言う。

「まぁよい。二人は実朝が幼い頃から仲が良かったそうだ。頼朝公が父と慕った常胤の娘であるから、二人の間では御前を御所に嫁がせるという約束があったらしい。当然正室にはなれぬ身分ではあったが。尼御台も北条も認めた仲だ。実朝の死後、多くの側近が出家してその行方が分からないのだが、久米御前の行方を追わせたところ、頼義公が奥州征伐の際に休み処とした清涼殿で草庵を結んでいたようであるとわかったのはつい数日前のことだ」

「・・・廣澤の、ですか」

「おぉ、そうだ。もう知っていたのか。廣澤に遣いを出して調べさせてみれば、家臣のうちの一人がまだ存命でな。その者によれば、草庵を結んでわずか半年後に亡くなったそうだ」

君は親王さまに重ねて御礼を申し上げると、早々に部屋に下がられた。

「まさか、廣澤の清浄殿に行きたいなどと申すまいな」

そのお顔は微笑んだままだ。

「いいえ」とお答えするが、本当は行きたくてたまらない。その墓前に、鎌倉に咲く美しい梅の枝を一枝捧げたい。

きっと、久米御前とともに実朝の遺骨が眠っているはずだから。

そう思えば切なくなって、胸がしめつけられ涙が溢れる。

「親王さまが仰せであった。『知ってしまった以上、久米御前を弔わないわけにはいくまいな』と。寺院建立されるとは幸運なことだ。良かったではないか」

「はい・・・」

「・・・はい、それだけか。明日、鶴丘宮へ参る。そなたも参れ」



源氏が代々崇拝してきた、八幡大菩薩。

頼義公によって京の石清水八幡宮より分祀されたこの鶴丘宮に、あの二人は幾度参られたのであろう。

拝殿前から見下ろす鎌倉は、瓦屋根がびっしりと大地を覆い、若宮大路がなければ息が出来ぬほど窮屈に建物が埋め尽くしている。

大地がそのように苦しそうだからこそ、この空が自由に見えるのかもしれない。

乾燥した秋の青い空に、低い雲は本当によく似合う。その秋の空に心合わせれば、冬の準備をせよと告げひんやりした風がそよぐ。


親王さまと君が御祈祷を受けられている間、娘も拝殿外から手を合わせ祈った。

この鎌倉と御国の弥栄と、住まう人々が豊かで健やかで幸せを願う。

もしも二人がもう少しだけ長くこの地に生きていれば、この地に行幸があったかもしれない。

遷都こそ叶わぬことであったかもしれないが、せめて後の世のお上がこの地を訪れられるようなことがあれば、二人は喜ぶだろうか。嬉しいと笑ってくれるであろうか。


御祈祷が終わると、君らは宝物殿をご覧になり、別当としばらくの間話された。

侍従や女房らは境内でお出ましになるのを待っていたが、娘は一人先に階段を降りてゆく。

真っ直ぐと由比浦へと続く、参道の階段を一段一段、あの雪の日、鎌倉右大臣がされていたように、一歩一歩ゆっくりと足を下ろす。

弘法大師は「この世は儚いもの。だから出家するのだ」と言う。右大臣にとってこの鎌倉での覚悟の連続の日々は弘法大師の言うところの出家と変わらぬ事であったのではないか。出家とは世を捨てるのではなく、志を抱いて自分を正しく律し続けることなのだから。

久米御前は右大臣に「私には貴方のその憂う心を癒せない」と言った。

久米御前同様、‘君’とは、いかなる時も孤独なものであると思っていた。たくさんの人間が傍に侍ろうとも、その孤独の深さはいかばかりであろうかと思っていた。


大海の 磯もとどろに 寄する波 破れて砕けて 裂けて散るかも

(磯もとどろくほどに寄せる大海の荒波は、割れて砕け裂けて散りゆく)


この歌を目にした人々らは右大臣がいかに孤独で常に死を意識していたことか。お可哀想に、と言う。

でもそれは勘違いであったのだ。

常人には理解できないほどに全瞬間を力強く誇り高く生きる武士の、その棟梁であったからこそ詠めた歌なのだ。

そこに世間の想像する軟弱さなど欠片もない。

そして久米御前にとっては、常に笑って明るくこの地を照らし続ける、思いやりと優しさ溢れる少年のような人だった。

尼御台と呼ばれた北条政子は、次々と消えゆく大切な人らを回想して「なんと多くの御魂が我が側を通り過ぎて行ったことか」と言ったという。

ただ無意味に通り過ぎる者などいない。必ず誰かに生命と志の艶やかな襷(たすき)を渡しているはずだ。

儚いからこそ、全力で生きることができる。自己卑下や怖れや不安に思う暇など一瞬たりともないのであろう。

今この時ほど、我が身を恥ずかしい、何とも小さな人間であったと恥じた時はない。


「いつまでそうしているのですか」

君の声でいつの間にやら親王さまの一行がすぐ背後にいられたことにようやく気付く。

「申し訳ございませぬ」

焦り道を開ける。

「なるべく皆と一緒にいるようにしなさい。親王さまが由比浦まで案内して下さるそうだ。さあ、行こう」

「はい」


若宮大路を真っ直ぐ進むと、そこはもう由比浦であった。

出羽で眺めていた海は、荒々しい白い飛沫(しぶき)を岸壁に打ち付けていたが、ここ由比浦の海は大きな波が砂浜を大きな音とともに襲っている。

東側からほんのりと暗闇に染まろうとしているが、まだ太陽の勢いは衰えてはいない。

波打ち際で沖をじっと見つめる旅装束姿の一人の女性がいた。

娘はその女性がいる方へ近づいていく。

「もうこの海も見納めですね」と女性が言う。

隣にいる侍女らしき女性がそれに答えた。

「いいえ、姫さま。またいつの日かこの海を見る日が来ましょう。この世が滅びぬ限りは・・・」

その女性は波音に意識を委ねて目を閉じる。


浮かぶのは白い直衣姿の‘君’。

「こうや。この御国に生まれし者は、誰しもがこの国に恋い焦がれ生まれて来られたのだと思いませんか。この素晴らしい御国に響く、美しい大和の言霊。大和言葉が忘れ去られてしまうのはあまりに勿体なく、悲しいことです。忘れようにもこの体の中に流れる血が忘れさせないでしょうが」

「私の目には、この世界がそこまで美しものには映っておりませぬ」

「黄金の粒が天よりあめとなりふりそそぐ。

そこかしこの木々が芯を震わせて悦び、葉を揺らしながら黄金の粒を大きくすいこむ。

やがてそれらは豊かな黄金の水となり木の根から出で、この大地をくまなく潤す。

大地の渇きをたっぷりと潤す光の水。

やわらかく、ほがらかで、あたたかで。

純粋で、清く澄みきった、潤沢な光の水よ。

やがて光の川を下り、人里にもその光を放つ。

我ら神の子らは、その黄金の水を飲み、授かりしこの神の体の隅々を潤す。

男は生き生きと笑い合い、肩を組み合って家族を育む。

女は朗らかに豊かに微笑み、腕を組み合って子らを育み夫を愛する。

稲田は黄金の水と絶え間なく注ぐ陽の光で、秋には頭を垂れる稲穂となり人々を喜ばせ、大地に感謝と祝福の光が還りゆく。

多くの生命が、里に、野山に、生き生きと命を燃やし、彩る。

奇(くし)びなる、豊かなこの御国よ。

ただここにいるだけで、天とともにあり、地とともにあれる。

このような国が他にあろうか。

外つ国まで行って伝えたいくらいだ。

こうや。わが夢は、天地の抱く夢を叶えることなのですよ。すべての公卿も武士も同じ夢のはずです。ひいては、人類すべての夢でもあります。その夢を叶える為にみな生きているのです。その為に一人ひとりに役目があるのです」


天地の夢・・・。

ですが、私に何ができましょうか。

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