第8章 久米御前

九.


その一年後の正月。


あの日、前夜から降り始めた雪はくるぶしよりも積もっていて、真っ白な静かさが鎌倉に降りてきた日であった。

夜の右大臣拝賀の式に備えて鎌倉入りした客人たちへの対応は、三日の間続き、今日も朝からひっきりなしに訪れては言祝いだ。

客人が途切れた合間に御所さまは「少し疲れた」と庭を眺められた。

何事かをしばらく思案された後に、

「右大将家が建立させた清涼殿が廣澤にあるのをご存じですか」と言う。

「いいえ、存じ上げませぬが」

「庭の赤松と盆栽が素晴らしいそうです。頼義公が多賀城の国府へ向かう際に立ち寄った場所だそうです。田畑に囲まれ、小高い丘に建立された清涼殿は周囲も静かで過ごしやすいところのようです。日中は庇でお茶を飲み、夜は松越しの月を愛でるのも良いと思いませんか」

「はい、ぜひとも」


夜、右大臣拝賀の式がとり行われた。

積もった雪をかき分けて道を造り、その両脇には松明が赤々と燃えて鶴丘宮の境内を厳かに照らす。

鶴丘宮へ到着したとき、みなそれぞれに御所さまが拝殿からお出ましになるのを外で待っていた。

広場には幕府側の人間と、京から招かれし方々と公卿たちが大勢集まっていた。

神門から出てこられた御所さまは、転ばぬように慎重に一段、また一段と階段を降りてくる。

隣で並木が何かを呟き、「えっなぁに」と並木の方を振り向いた、その一瞬のうちに事を終えていた。

近くにいらした御台所さまの「あ、あぁ・・・」という小さな声を聞いて、視線を階段に戻す。


「親の仇討ち取りし!」と叫んでいたのだと後から聞いた。


その時見たのは、狂ったように高らかに笑う男が高々と何かを掲げていた風景だ。

周囲から女たちの悲鳴と男たちの動揺の声が聞こえた気がした。

「姫!さぁ、こちらへおいでませ」

耳元で並木が叫ぶが、体が動かない。

だが意識はすこぶる冷静であった。「こういう顛末になるのですね」と呟いたほどに。

御所さまと公暁の二人を仲良きこと、と思ったことは一度もない。いつであったか、二人きりで庭で話しているところを見たことがあった。二人の意見が合わないのは誰が見ても明らかであったが、あの時明らかに公暁は怒りを抱えたまま去って行かれた。

「よろしいのですか」御所さまに問うと、

「兄上のことは伝え聞いているだけでお会いしたことはありませんが、伝え聞いている通りだとするならば、公暁は兄上によく似ている。鎌倉に戻ってきたからには私と共に政に関わりたいと言う。ですが、それではうまくいかぬのです」

それは、二人の理想とする国が明らかに異なるからであろう。無論、尼御台さまや相州もそれを知っているからこそ、公暁を政に関わらせることをしなかった。

これはただの一族同士の喧嘩、とでも言おうか。

それにしてもさすがは武士の棟梁の血族。やることが派手だ。

源氏の血を源氏で終わらせるとは。頼朝公はさぞや嘆いていらっしゃることであろう。

考えてみれば、相州にでさえできぬのだから、御家人らに将軍家を誅殺する勇気を持つ者などいない。

御所さまはもう気が付かれていたのであろう。


鳥居のある方角へと走っていく者もいれば、のんびり歩く人もいる。

とにかく、この混乱した状況から誰もが去りたい心地であった。だが御前は、その流れに逆らうように歩き始めると、そのまま階段を昇り始めた。

御所さまとともに何度も一緒に登っては降りた、ところどころ削れてしまっている階段を。

「姫!行ってはなりません!」

「並木、一緒に来て」

動揺する並木の手を取って階段を上がると、中腹より上辺りで御所さまを囲むように検非違使たちが立っていた。

「なりません、御前!」検非違使は止めたが、「何故ですか」と言うと、その気迫に押されるように検非違使たちは道を開けた。

束帯に触れると、手のひらが濡れた。

ほのかな灯りに照らしてみれば、それは雪のせいではなく煮えたぎる源の血であった。

しゃがんで雪に膝をつき、御所さまの手に触れた。

まだ温かなその手と、ほのかに熱を放っている体は、先ほどまで心の臓が動いていた証だ。

「こういうことでしたか。ご存知であったのでしょうね。何故話して下さらなかったのですか。私が、何がなんでも御引き留めして拝賀を邪魔するとでもお思いでしたか」

おそらく、またいつものように微笑まれているであろう。

本来であれば、検非違使の奥に倒れているのは相州のはずであったが、階段下で寒そうにしているのを見た。ともに殺されたのが相州ではないことが良かったと今は思えた。混乱は最小限にとどめられよう。

「御前さま!さぁ、あとは検非違使に任せて、参りましょう」

「わかっています。そう興奮しないで、並木」

今一度、御所さまを見て微笑みを投げてからその場を離れた。


いつも「すぐに泣く」と言われていた御前だったが、この時涙は一粒も出なかった。

すべてわかっていたからだ。

なのに、やはり胸は痛む。

あの人がいなくなった御所は、蝉の抜け殻のように空しく、主のいなくなった藤御壺に昇る月は空しく広くなった御所を照らすばかりだ。

「御前、将軍家の葬儀は明日行われるそうです」並木が言う。

「・・・ねえ、並木。廣澤の清涼殿とは何処にあるのですか」

「はっ?」

脈絡のない返答に並木は動揺していた様子だが、「調べてみましょう」と言う。


様々な憶測や噂が鎌倉を包んだ。

相州や三浦や朝廷が暗躍して公暁を操っていたと、人々は噂していた。そのような噂は頼りにならない。誅殺したのは公暁であろうが、その状況や背景まで調べることほど無意味なものがあるだろうか。

けしかけた者が誰であるか想像できるが、結論だけ見れば家族内の争いに相違ない。


「御首(みしるし)がない、と」

「公暁が持ち去り、討たれたその時まで大切に手に抱えていたと聞きますが、何処にも見当たらぬのです」そう尼御台さまは言う。

「御首がないまま埋葬をされたのですね」

「御髪を添えてな」

「御首は探されているのですか」

「無論だが、手がかりがない。どこぞの賊に持ち去られたかもしれぬ」

首には御魂が宿ると男たちは言う。御魂がこの鎌倉にあったのでは都合が悪い、肝の小さい御家人らの仕業であろう。万が一御首をどこかに隠したことが露見すれば、公暁とともに将軍家の命を狙うたのは我らだと知らしめるだけであるから、御首が出て来る可能性はないに等しい。

「尼御台さま、長い間お世話になりました。今後は廣澤の清涼殿に草庵を結び余生を過ごしどうございますが、お許しいただけますでしょうか」

尼御台さまは、残念だが許そう、と仰せになった。

「これをお持ちなさい」

そう仰せになって差し出されたのは、遺骨の一部であった。

「分骨ですか・・・」

「将軍家の事を思えば、これが良いのです。そなたと共に行けるのならば恨みはせぬであろう」

他にも高野山や四国などに分骨するのだと言う。

近習の者を中心に、出家する者らは百二十余名を超すという。御所さまを慕い集まっていた者らが全国に散り行くことは寂しくも思えた。

御台所さまも落飾され、重胤も出家して、その行く先はそれぞれであった。


「さぁ、みな参りましょう。廣澤に」

家臣四人と侍女せつ、あわせて六人の出立となった。

まず目指したのは廣澤でなく、波多野氏の所領であった。

目的は無論、御所さまの御首だ。

並木は普段から御家人らと広く付き合いがあり、その情報網の多様さと、入ってきた情報を正確に見極める力には、御所さまも感心しておられた。

その並木の情報によれば、御首は鎌倉から離れた波多野の地に埋葬されたのだという。埋葬したのは三浦の手の者であるとか。

和田氏と起請文を交わしながらも合戦直前で相州側に寝返った三浦氏。

「何を考えているか分からぬ男、とは思うていたが、ほんに最後まで好かぬ男であった」

その独り言に並木が反応して「あれでも武士なのです」と言う。


「御前!見つけました」本多が満足そうに言う。

周囲は田畑があるばかりで、すぐ横に地蔵様がいるだけの地。

打ち立てられた簡素な一枚岩が立っている墓は、まことにここに御首が埋まっているのかと疑ってしまうほどに素っ気ない。

その石塚の隣に立つ将軍家を御前は見た。

微笑んで東の方角を指さしている。

「『いいのですよ』と仰せになるでしょうね」

「はっ・・・?」並木が言う。

「三浦がそのようにすると決めたのなら、それで良いと言うでしょう。もはや御魂の抜けた体には何も宿っておらず、ただ地にわずかの液体となって還るだけですから、と。なれど、御所さま。こうしてあなた様の御前に参ったのですから、せめて我らと御首の氣だけでも持って行かせてください」と御前が言うのを、並木らは顔を合わせて不思議そうにする。


「さぁ、参りましょうか、今度こそ廣澤へ」

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