第8章 久米御前

二.


南に面した庭には、手入れされた赤松や椿がある。

ここへ来た当初は、まだ雪が被さっていて見えなかった緑も、今は初夏の陽射しを受けて生き生きと艶めいている。

その庭を微笑みながら見ている一人の尼僧がいる。

年の頃は四十ほどであろうか。

そのうち、侍女らしき女が焙じ茶と茶菓子の盛られた盆を持って来る。

「ありがとう」

尼は落ち着いた声色で侍女に言うと、侍女は何か言いたそうなのを堪えて下がった。

尼は手に握っていた白い包を静かに板間に置いた。


さて、どうしたものか。

いや、もう既に心は決まっている。

あとは実行に移すのみだ。


軽やかな気分であった。この苦しみや、地獄のような後悔と悲しみから解放される。

包みを解いて、粉を全て茶に注いだ。

茶碗に口をつける瞬間、梅の花が一瞬香ったような気がしたが、これも自分の想いが創り出した幻であろう、と一気に茶を飲み干した。

苦い、そう思って間もなく、頭が朦朧として横に倒れると板間に肘をつき、そのまま倒れて意識を失ってしまった。



真っ暗な空間に、狩衣姿の男性がいる。

男性がいるのは小さな花をいくつも咲かせる梅の木の下で、鶯が心地よい美しい鳴き声を辺りに響き渡らせている。

男性は、筆をさらさらと紙に走らせると、満足そうに歌を詠む。

何度か詠んで頷くと、私にその歌を差し出してきた。


梅の花 それかあらぬか 春雨の ふりにし人の 袖の香ぞする

(梅の花のせいなのかどうか区別がつかないが、昔馴染み交わした人の袖の香りがする)


そこから急にまた真っ暗闇になると、何も聞こえず、何も見えなくなった。

一瞬、遠くに眩しい太陽を見た気がしたが、手の届かないところにあって、そこから急降下した。

わけもわからぬまま、ただ焦り、必死に叫んだ。

「どうか、もう一度やり直す機会を下さい!」と。


ただひたすら何もない‘無’の空間で、おそらくは神仏にであっただろうが、必死に願った。

何度も何度も願った。


そして、気を失ったその世界で、さらに気を失うように深い眠りに落ちた。


※※※


海鳥が連れ立ってきらめく海原を旋回しては喜びの声をあげている。

浜に立って、はるか遠く、沖のほうに船が通り行くのを見つめているのは、海から吹き付ける強い風に髪と衣をなびかせているまだ幼い娘だ。

その娘は紛れもなく幼い頃の私で、今となってはあの時何を思ってこの景色を見たのであったか、思い出すこともできない。

覚えているのは、毎日のように下総の海を想ってこの浜に来ていたということだ。だが、あれほど恋しくて仕方がなかった下総の海など、とうの昔に忘れてしまった。

それほどこの地で過ごした年月は長くなっているということで、それほどこの地への想いが増しているということでもある。

気が付けば、いつの間にかこの鎌倉での日々が我が人生の全てとなっている。


初めてこの鎌倉へ足を踏み入れた時、御所さまはまだ将軍家を継がれたばかりの幼い御子であった。お付きの家臣たちが初めて将軍家にお会いしたあの日、多くの女房らとともに私もいた。

御所さまは十二歳、私は二十四歳であった。

御簾越しに聞きしその御声は、声変りする前の幼いままの声色なのにも関わらず、威厳があり、頼もしいものであった。

実家の千葉家は父である常胤(つねたね)の代より胤正、成胤と三代目となる。いずれもこの鎌倉に忠誠を誓い、その質実剛健な忠義心と生き様は坂東武者の鏡とも呼ばれ、御家人の中でも筆頭となる家柄であった。

その千葉家の長女こうやは十二歳でここ鎌倉へ入り、御所の女房として仕えるようになった。その頃はただ足手まといになるばかりで、雑用でさえ上手くこなせない娘であったが、尼御台(あまみだい)さまを始め多くの局さま方に教えを受けながら、三代目将軍家へお仕えする女房の筆頭となるまでになった。それはひとえに、一個人としての努力というよりは、千葉家の忠義心の厚さと功徳によるものだと言えよう。


「下総の局さま、そろそろ帰られるそうですわ」

五条の局が言う。

大勢を引き連れて君(きみ)が桟敷から御車の方へと歩いてゆかれるのが見える。

ふとこちらを振り返られると、「帰ろうぞ」と言わんばかりに頷かれる。

御返事として一礼をし、車へと戻る。

「そういえば、金吾将軍(源頼家)のこと、お聞きになりましたか」

五条の局は、どのような状況下においても賢く生き抜ける強い女性で、情報通だ。美人だが、‘おしとやか’という言葉とは無縁だと本人は言う。

特に三浦氏とは親密な様子であったが、私は三浦が好きではない。

「いいえ、五条さま」

本当は知っているのだが、面倒なので知らぬと言うが賢いものだ。

「あれで隠されているおつもりなのかしら。文献には残さぬと相州(そうしゅう)(北条義時)は言っていたけれど、そんなの無理ですわ。恐ろしいこと」

ここ鎌倉にて幕府を開府された右大将(源頼朝)の長子は、僻地にて幕府側に誅殺されたという黒い噂が御所内で囁かれていた。

幕府側とはいえ、仕向けたのは比企一族を根絶やしにしたい相州であろう。

最後までひどく抵抗されたらしい、怨霊とならねば良いが、と人々は噂し合う。

実の弟君であらせられる、御所さまのお耳に入れてはならぬ、と相州は言うが、とても無理なことである。

お耳に入ったとして、心を相当に痛むと嘆いたり悲しんだり恨み辛みを呟かれるような方ではなく、その複雑な感情を隠したまま、ただゆったりと微笑まれているであろう。

それに、わざわざお耳に入れずともご存知のはずだ。


御所に着くとすぐに鶴丘宮へ詣でる為、一人御所を出る。

「叔母上」

私を小声で呼ぶのは、重胤(しげたね)だ。

「どこへ行くのですか」

重胤は、六番目の兄の子で、東(とう)氏と名乗ることを許されている。

「御所さまにお許しをいただいたので、鶴丘宮へ詣でようかと」

「・・・おひとりでですか」

「いけませぬか。祈りは一人でした方が気が楽です」

「供奉を一人もつけずに危のうございます!私が御供いたしますゆえ・・・おぉ、ところで叔母上、千葉(ちば)介(のすけ)さまのこと聞かれましたか」

千葉介は千葉家の家督を継ぐ者が名乗り、千葉介成胤は、父常胤から見て孫にあたる。

「いいえ。お加減でもお悪いのですか」

病に倒れたと御所さまが仰せであったが、詳しくは聞かされていなかった。

「どうも、そうらしいです。下総に下向できぬか御所にご相談しようと思うのですが」

「いつぞやも、御所さまが二所詣でに向かわれる際、あなたが下総に下向していて、たいそうお怒りでいらっしゃいましたが、覚えていないのですか」

「無論、覚えておりまする。はっきりと。二度と下向叶わぬと思えと仰せであったような・・・」

「重胤がいないと、御所さまは相当お寂しいようですからね。此度の事も果たして許されましょうか」

「あれとは事情が違います。あの時は若かった。つまり、色々なことを知らなかったのです」

「・・・そうですか」

「で、ですね。内々に御所に聞いてみてはもらえませんでしょうか、叔母上」

「そんなことであろうと思いました」

「私が言うても許されません。叔母上からの訴えなら間違いなく申し出は通りましょう」

「またそのような調子の良い事を言うて。誰に似たのでしょう」

「御家人たちは何かと、叔母上に相談しているではありませんか。叔母上が御所に訴え出たものは間違いなく通るではありませんか」

「よーく吟味してお受けしておりますから。そのような私の評判は良くないでしょう」

「いや、そのようなことは・・・」

遠くから、重胤を呼ぶ御所さまのお声がする。

「少しここでお待ちください、叔母上。絶対ですよ!」

重胤は慌てて駆け寄るが、あのようにどこか頼りない者を御所さまが常に傍におかれているのは、重胤が幼い頃、京の蔵人所に出仕していた為であろう。それに、あの子の父は兄弟の中でも和歌を詠むことに長けていて、その血を受け継いだあの子もまた、御所さまがお認めになるほどの歌人になった。

遠くから御所さまと重胤の様子を見ていたが、とても微笑ましい光景であった。

「何をしておるのだ」

「申し訳ありません。叔母上と語り合っておりました」

御所さまはこちらをちらりと見られる。

「これから鶴丘宮に一人で向かうと申しておりましたから、私も共に行きたいのですが」

「そうしなさい」

きっと、このような会話であったであろう。

重胤は御所さまへ一礼すると、こちらへ走り寄ってきて、

「大丈夫です、何も問題ない」と言うから、笑わずにはいられない。

こういう純粋なところも、御所さまはお気に召されているのかもしれない。

「何を笑うのですか。で、さっきの件、だめでしょうか」

「さあ・・・どうなることやら」

重胤が困った顔でこちらを覗き込む。

「叔母上も、千葉介叔父が心配でしょう」

「私はもう千葉家の人間ではありませんから」

「ですが、叔母上が千葉常胤の娘というのは変わらぬ事実です。それに、父が言っていました。末の妹二人は異母なれども、父上がたいそう可愛がっておいでだった、と」

「年老いてからの子ですから。ですが、今はもう千葉家に籍はないはずです。七男一女になっておりましょう」

「そんな、紙上のことなど、関係ありませんよ」

「あなたもしつこい人ですね。御所さまへ申し上げてみましょう。ですが、期待はしないでおきなさいね」

「おぉ。叔母上!叔母上も一緒に行ければ良いのになぁ」

やはり思わず笑ってしまう。

「何がおかしいのですか」

「単純な人ですね、あなたは。行けるとは限りませぬよ」

「心配ないですよ、大丈夫」


南庭より見上げる月は格別に美しい。

扇で御所さまを仰ぎながらも、月が明るく照らす空と現実世界の狭間に意識が漂う感覚に浸っていた。

「重胤が下総へ下向したい、と」

御所さまのこの声ではっと現実に引き戻される。

「はい。何故か、千葉介は重胤をたいそう可愛がっておりましたから。御所さまといい、千葉介といい、何故殿方はみなあの奔放な重胤を寵愛なさるのか、不思議でたまりませぬ」

御所さまは笑う。

「あのようであるから良いのです」

「お恥ずかしいことです。ここは千葉介に免じて、下向をお許しいただけませぬでしょうか」

月を見上げたお顔をこちらへ向けられる。

「あなたも行きたいのではないですか。遠慮せずに申し出て良いのですよ」

首を横に振る。

「いいえ、御所さま。私がいない間に開かれる和歌の会で恩賞を取り逃がすようなことがあれば、後々悔いてなりませんでしょうから。とても勿体なく、出来そうにありません」

「あなたらしい」と静かに笑われる。

「あなたがどのような思いで幼い頃に親元を離れたか。知らないでいるとは思わないでくださいね」

こういう、心に染み入るような言葉を常に近習(きんじゅう)の者らに語り掛けるから、方々の心の諸々のわだかまりを解くだけでなく、忠義心をより深いものとする。これこそが恩賞だと言いきる者もいる。


筆を持たれて一首書き留められると、「これを重胤に」と仰せになる。


 沖つ波 八十島かけて 住む千鳥 心ひとつと いかが頼まむ

(沖の波が寄せるいくつもの島々を渡り歩く千鳥があてにならぬように、目移りの多いあなたと心が通い合っているとは思えない。浮気者をどうして頼みにできましょう)


「まぁ。恋歌を」

「返し次第では許しましょう、とでも伝えておきなさい」

「もう許されているのに、ですか」

御所さまは微笑まれて仰せになる。

「重胤は一人で行くのではありません。あなたの心と二人で帰るのです。そうなれば、許さぬわけがないでしょう」

ほんに女には甘い御人だ、とぼやく相州の声が聞こえる気がした。

「御所さま、冷えてまいりました。お体に障るといけませんのでお戻りになられては」

「もう少し、月を愛でてから戻る。あなたは先に戻りなさい」

曲がり角にて後ろを振り返ると、御所さまがじっと月を眺める後ろ姿が見えた。

その姿は月の光に溶け込んで消えゆきそうであった。

幼い頃から今に至るまで変わった所は背格好くらいであろうか。

少年のように明るくやんちゃなところは全く変わられていない。

お父上もそのような御方であった。御付きの女房らは、頼朝公を「まるで子どものようなお方」と口にしていたのを何度か聞いたことがある。

そのようなお二人の政は実に似ている。

その天性の明るさでこの地を照らし、どのようなことがあっても失うことがない純粋さと魂から響く強さで政を万事整えていく様は確実に御所さまに受け継がれていた。

ただ、御所さまの場合には、尼御台の血をも受け継がれている。尼御台は芯の強い方で、常に思慮深く慎重に事を進められる御人であった。

同じ武士の娘として深く敬愛しているし、教えていただくことは限りなく多い。そのお二人の良き所のみを受け継がれて生まれてこられた。

御所さまは霊性に明るかったという聖徳太子を尊ばれているのだが、御自身が幼い頃より霊性に目覚められていたからであろう。でなければ歌は詠めない。実際に行ったこともない土地、有もしない状況を詠ってしまうのだから、当然霊的感性は必要になるものだ。


二日後、意気揚々と御所を旅立つ重胤の返し歌はこうであった。


浜千鳥 八十島かけて 通ふとも 住みこし裏を いかが忘れむ

(渡り歩く千鳥であっても、長く住んだ浜をどうして忘れることができましょう)


「お調子者よ」と御所さまに言われる甥御の姿がかわいくも微笑ましいものであった。

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