第8章 久米御前

一.


朝、まだ陽が射す前の、鳥の鳴き声しか響かない静寂で澄み切ったこの空間と時間がたまらなく好きだ。

君が御父上から譲られたこの地へと殿を遷されると聞いた時はただ驚くばかりであったが、今となってはもう元の殿に戻りたいとは到底思えない。

それほど娘はこの地が気に入っている。

豊かな緑に彩られた嵐山の麓にあるこの殿は、桂川の畔にあって、都の喧騒から離れて過ごせる日々は夢見心地だ。空気は一日中澄んで、真夏でもひんやりとした風が吹いて涼しく、川のせせらぎと鳥の鳴き声は久しく忘れていた故郷を思い出させる。いや、才ある人の手によって造られた洗練された庭がある分、出羽以上にここは美しいと娘は思う。

君は「生涯をこの地で暮らす」のだと仰せだ。

多くの人の出入りはあるものの、しがらみがない分、君も寛がれていることが多い。

それに、大勢の女たちが争う様を見ることも少なければ、細かな決まり事やしきたりに従う必要もなく、煩わしい陰口や噂や駆け引きなどに付き合わせられて心を痛ませることがない。


娘は、主を起こさぬようそっと部屋を出て、廂で白みゆく風情を楽しむのが癖になっている。

有明の月は、夜と朝の間にのんびりと漂っている。

もっと長い間この風景に溶け込んでいたいと思うのだが、ほんの短い時しか浸っていられないのが残念で仕方がない。

月は我が故郷と縁が深い。蜂子皇子が開山した月山は湯殿山とともに容易に人の侵入を許さぬ険しい山だ。

出羽で語り継がれる蜂子皇子の伝説は、どれもこれも人々を明るく活気づけ、出羽の地を導き続けた。

たとえ現実世界であのように苦心された状況があったとはいえ、蜂子皇子が出羽へ下向したことは、神仏の完璧なる計画の中であったのではないかと父は言う。

天照大御神の子孫である天皇を太陽とするならば、その子孫がこの出羽で天照大御神の弟である月読命をこの地に招かれた。それがいかにこの国にとって大きな意味があったことであろうかと父は瞳を麗して話していた。

「世はなんと精妙で深遠なことか・・・」

娘が放った言葉と息が、ひんやりとした朝の空に溶け込んだ。

「そろそろ、廂での月読(つくよみ)は難しい季節でしょう」

振り返れば、息を白くさせて君が空を見上げている。

娘が驚く間もなく、「さぁ、冷えますから」と言うと私の手を掴んで再び部屋へ連れ戻した。

「して、精妙で深遠とは、何を思うて言うたのだ」

「月を見ておりましたら、その昔我が故郷に降り立たれた蜂子皇子が思い出されたのです。人が感情のままに生きること、それは生きている証とばかりにこの世では良き事とされておりますが、実はそこに間違いが隠されているのではないかと思うたのです。人はあらゆる状況で人に傷つけられたと泣いて悲しみ怒る時、自分自身を愛しすぎているが故に、周囲や相手を慮る余裕をなくしてしまいますが、何故人間は‘私は誰かに傷つけられた’と思うのでしょうか」

「相手が悪いからであろう」

「は・・・」

「傷つくのは相手が改めぬからだ。優しさが足りぬ、多いやりが足りぬ。愛がない。または傷つく者も性格が歪んでいる。満たされない何かがあるのであろう」

娘は困惑した顔で黙り込み、「さようですか」と呟いた。

「このような澄んだ朝に、よくそのような事を考えられるものよ」

呆れた君はそのまま目を閉じてしまわれた。

「自分自身を愛して信じている分だけ、相手をも信じ愛してやれるのだと思うが」

君は薄く開いた目で娘を見て言う。

「その証拠に、男に愛されていると女が感じる時は他人に優しくできるが、うまくいかなくなると途端に他人への愛も枯渇し始める」

娘は思わず目を反らす。

「可愛そうに。諸々あって自分を愛せなくなったのだ。それに多くの民らは気が付いていないのかもしれぬ。誰かに必要とされぬ、愛されぬと恐れ震えて、もっと愛が欲しいもっと愛して欲しいと切望する。時には相手を脅してでも奪おうとする。自分で思い描いた言動や行動を相手がしなかった時にも相当に傷つくが、それもまた自分勝手なことよ。本当にはそこに相手などいないのだから。目の前にこうして存在しているにも関わらず、全く考えてくれぬのだ」

娘はまるで自分のことを言われている気がして、居心地が悪くなる一方であった。

娘は話の矛先を変えようとした。

「昔、元慶の乱で出羽へ下向してきた清原氏は、時のお上から寵愛されながらも出羽へ下向させられたと聞きます。彼は常にお上の傍にいてお仕えすることを心から望んでいたことでしょう。なれど、出羽下向の勅令が下されて、お上の寵を信じられなくなった・・・。時のお上の御心はどのようであったのでしょう」

君はふふっと笑い、「時のお上が何を考えそうしたかはわからぬが、想像するに、争いの中心の地に下向させたのならば、よほど信頼をされていたのだ。その者に対してはそれ以上の愛はないであろう。それが本人の期待にそぐわないなどと夢にも思わなかったはずだ。それが気に障ったというのならば勘違いも甚だしい。文句を言いたいのは時のお上の方であろうよ。どこにも傷つく要素がない」

「実は時のお上に嫌われていた、ということがあるかもしれませぬ」

「まるで川辺に捨てられた子猫のように飢えと寒さに体を震わせて、悲しみと寂しさに心震わせているかのようだ。ひょっこり顔でも出してくれれば拾って抱えて餌でも与えようものを、葦の陰に隠れ潜んで恨み言を呟かれても救いようがない」

君はところどころで大きな欠伸をされていて、話し終えられると再び眠られてしまった。


君を心から敬愛しているのだが、それは恋でも愛でもない。

近くなると離れたくなるのに、離れれば面白くない。

美人(おとめ)と連れ添う姿を見れば自己卑下して悲しくなり、避けるようになる。

何より驚くことに、君を疎ましく思う時さえある。

「全ての女性が女性という役割において、天照大御神の如き温かな愛で世も男も包むとき、この世のさらなる繁栄は約束されよう」という父の言葉を思い出す。

女たちのとる態度や仕草、放つ言葉は、夫の出世如何を決めるだけでなく、世の動きそのものをも決めてしまうのだ、と。

なれど、高貴な女性でさえ、特別な場合を除いてどのように生きても史書にその名を残すことはない。それほどに女は軽んじられ、重要さを持たされないというのに。


この日の本の御国の生みの親は伊邪那岐、伊邪那美の夫婦神だ。

伊邪那美は火の神を生むと焼け死んで、黄泉の国へと旅立たれてしまう。

「決して追いかけてこないで下さい」と伊邪那岐に願ったにも関わらず、愛しさのあまり夫は妻を迎えに黄泉へ行く。

だが、そこにいたのは、変わり果てた醜い姿の伊邪那美であった。

辱めを受けたと怒る伊邪那美は、「お前の国の人を一日千人殺す」と言い、伊邪那岐は「ならば、一日千五百の産屋を建てよう」と言ったという。

神々でさえこのようならば、どうあがいても父の言う理想の女性にはなれないのではなかろうか。


息苦しくなった娘は、懲りずにまた廂に出でて空を仰ぎ見ていた。

「あなたは本当に困った人ですね。無理をして私に仕える必要はないのですよ」

廂に再び出てくる羽目になった君は、娘の背後で言う。

娘は首を横に振り、たまらず涙する。

君は不思議そうにその様子を見ると、

「また新しい物語を聞きましょうか」と言い、娘の涙に触れた。


額の奥に浮かぶ、見覚えのある景色。

耳の奥に響く懐かしい音。

その匂い、その味。

その手足の感触。

胸の奥に感じる情念。


その物語へとまた引き込まれてゆく。

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