第3章 阿比麻呂

三.


太宰府へは、不比等の勧めどおり、陸路を難波まで行き、官船で伊予へと渡った。

大和と近江しか知らぬ阿比麻呂にとって、畿内に近いとはいえ地方の民がどのように暮らしているのかを知る良い機会であった。

都へ出仕している阿波国府官吏によれば、栄えているのは国府が置かれているごく一部だけで、民らが住む家は穴を掘って藁を被せただけのものであるという。


阿比麻呂は予定どおり、行幸(みゆき)の多い伊予に入り、そこから左回りに巡ることとした。

まだ真新しい湯神社の社殿は、天智天武両天皇の父母である舒明皇極両天皇が、この地の御神徳を厚く信仰されていた証だ。

祈祷を受け、湯に浸かり、丸一日滞在した後早々に出立し、まず向かったのは石鎚山であった。

地元の人らが『神々が住まう山』と古代から崇め奉る神聖な山で、その名は都にいても聞こえてくるほどに有名な神山であった。

都を出立する時にはまだ夏のような陽射しで、秋恋しと思ったものだが、ここ石鎚は早くも山頂にはうっすら白い雪を抱いている。

本格的な寒さになる前に、この山へ入ってみようかと思い立った阿比麻呂は、まず麓の村で食糧や必要な物を手に入れ、諸々の聞き込みをした。春まで待たれよ、と民らは言うが、そのような時を費やすこともできず、目標を中腹までと定めて山道へと入っていく。


山中ではいたるところに獣道があって、思っていたよりも容易に進むことができそうだ。

阿比麻呂は朝陽が上がると同時に山道に入り、やがて陽が中天に昇る頃には遠くの里を見渡せるところまで登ってきた。

秋口とは思えぬほどに陽射しは強かったが、木陰に入れば秋晴れの空から木漏れ日がやんわりと降り注ぎ、風はひんやりとして程よく冷たい。

進み行くほどに、我が心も身体も思っていた以上に疲れていたのだと気付く。豊かな緑も神秘的に林を照らす木漏れ日も、その隙間を縫うようにそよぐ心地よい風も、頭のてっぺんから足の指先までの全細胞に染み入って、張り詰めていた神経は片っ端から解きほぐされた。

体がほぐされれば本来の幸せが戻って来る。

今まで都での暮らしを苦痛だと思ったことも口に出したこともなかったが、我の知らないところで勝手に疲れは溜まっていくものであるな、と思う。

なるべく悪い言霊にあたらないように発しないように気遣いし、注意深く生きているのだが。

その時、ふと頭の真上で烏がギャーッと鳴いた気がして上を見やったが、どこにも見当たらない。

気のせいか、と進むと、またもやギャーッと聞こえて、これは妙だと今度は真剣に周囲を見渡すが、やはり烏の姿はどこにも見当たらない。大木の陰にでも紛れているのであろうか。それにしては頭上近くで鳴いているような気がするが。

また進もうとするとやはりギャーッと鳴く。さすがに苛立った阿比麻呂は、

「おい、烏よ。いい加減からかうのはよしてくれ。なぜ鳴いているのか、教えてくれねばわからぬではないか。せめて姿を見せよ」と声を張る。

あたりは静まりかえっていて、姿を見せるどころか、烏が飛び立って葉を揺らす音さえどこからも聞こえてこない。

ふぅっと溜め息を一つつくと、今度はどこからともなく清流の音が聞こえてきた。

音の小ささから、まだ先にあるようであった。

なんとも清らかで美しい水の音色に、しばらくの間耳を澄ませる。

この世には人が造ったさまざまな楽器があって、楽寮の人らは日々鍛錬を重ねられ、雅な音を都中に響かせている。それはそれで心から素晴らしいと思えるのだが、やはり神仏がつくられた自然の音色には到底かなわない。

その音色が聞こえてくる方角をじっくりと聞き定めると再び歩き始める。途中いくつかの分かれ道があったが、清流の音を頼りに歩みを進めた。

しばらく行くと、幹道から外れた細い獣道があった。

その入口には白い翡翠と思われる丸石が三つ重ねておいてあり、何かの‘しるし’であろうかと思わせた。

誰もがこの‘しるし’を頼りに進むであろうが、慎重すぎる武人阿比麻呂は躊躇した。

しつこく何度も耳に手を立てて確認し、やはりどう考えてもこの細い道を折れて進むのが道理であろうかと頷く。優柔不断さや一瞬の迷いが命取りであることを知りながらも性格を変えられない阿比麻呂の至らなさが女子に人気のない理由であったが、一度こうと決めたらとことんやり抜く男であった。

細い獣道には、小石と呼ぶには大きすぎる石の欠片がそこら中に転がっていて歩きづらい。よくよく見れば、それらは全て翡翠であった。さすがは神山とも思わせたが、それにしても翡翠が敷き詰められた道とは。言い伝えどおり、真にここは神々が住まう領域で、その神域に足を踏み入れているような心地がした。

その辺りから水の音はどんどん迫ってきて、とうとう水が流れ落ちる轟音を伴って聞こえるようになる。近くには滝もあるのだろう。

立派な杉並木を抱える雑木林や生い茂った草木をかき分けながら抜けると、美しい色の川があった。

乳白と青が入り混ざったような色だ。

この島をもっと南に下った土佐国には、美しく清らかな川がいくつもあると聞いたことがあるが、この石鎚にもこのような場所があったと誰かに教えてやりたい気持ちでいっぱいであった。

阿比麻呂が川原の入口に立って見渡すと、川の両側は垂直に削りとられたような絶壁で、粘土質の地面がむき出しになっている。右を向けば川は左に蛇行していて先が見えないが、左を見れば奥の方に大きな滝が見えた。滝の上部には大きな岩が積み重なっている。

鳥の鳴き声一つ聞こえない静かな空間に、水の音だけが響く。

川原は両岸とも美しい楕円形の白い石で埋め尽くされている。まさかと思って石を手に取ってみれば、やはりこの川原の石も翡翠であった。

確かに、この美しい川は神域であろう。

阿比麻呂はしばらく眺めた後、若干躊躇しながらも、翡翠を踏み越えて川面と戯れられるところまでたどり着いて腰を下ろす。

悠々とした水の流れを見つめれば、体の中の穢れが洗い流されてゆくようであった。

「この世のものとは思えないほどに美しい水よ」

阿比麻呂はゆっくりと川面に手を伸ばして右の手で水をすくう。

すくった水は指の隙間からどんどん零れ落ちる。

阿比麻呂はもう一度すくうと、今度は急ぎ口へと運んだ。

都では口にしたことのない甘い水であった。口の中に何ともいえない芳しい水の香りが残る。遠い昔にどこかで嗅いだ花の香のような、懐かしい香りだった。

阿比麻呂は、飢えた僧侶のごとく、異国の砂漠で彷徨い歩いた男のごとく、夢中になって何度も何度もその水を口にはこぶ。

心と体が洗われて自由になった気がした。この水を都の人にも飲ませてあげられたら、皆どれほど喜ぶであろうか、と想像するだけで楽しくなる。

阿比麻呂は再び石の上に坐して、この景色を目に焼き付けようとした。

むき出しの山肌の中腹ほどには松の木がおかしな恰好で生えている。何故あのようなところに生えてしまったのかと不思議に思っていた時、川面でぱしゃっ、という音がして阿比麻呂はびくっとする。

小魚が飛び跳ねたのだろうか。

人里離れたこの山にも多くの生命が息づいていて、自分もまたこの大地に抱かれ育まれる生き物の一つなのだと気づく。

都にいると、どう努力しても、人間の起こす念に巻き込まれてゆくのを避けることができず、それ故に酒を呑まずにはいられなかったり、疲れきったりしてしまう。

そのような時には山々や海に帰りたくなるものだ。

本来そのようにして生きてきた人間の帰巣本能かもしれない。だが実際にそうしていくことは難しい。それに、帰巣ばかりしていたのでは、いつまでも成長できないし、なんだかんだ言っても京が恋しく帰りたくなるものだ。

このような時に家族がいればな、と阿比麻呂はまだ見ぬ妻や子を思う。

山の恵みを体中に充満させてから再び山頂を目指して歩くこととした。


尻についた砂を払って背伸びをした時、対岸近くの川面がきらっと光ったような気がした。

目を細めてじっと見ていると、ふたたび川面が光る。

「何であろう」

阿比麻呂は目を凝らし見る。

川面の水は確かに陽の光で反射していはいるが、それだけではなさそうである。

阿比麻呂は見に行きたいと思うが、「どれくらいの深さであろうか」としばらく思案する。慎重に進めば問題なかろうと割とすぐに思えたのは、優柔不断な阿比麻呂とすれば、迅速で勇気ある決断であった。


阿比麻呂は沓を脱ぎ、手足の袖を捲り上げてからゆっくりと足を川に入れる。

想像したよりもひんやりと冷たい。

岸から見えた川面は乳白色であったが、近くで見る川の水は透き通っていて、氷魚(ひお)のような小さな魚が泳ぐのが見えた。それ故慎重に歩みを進める必要もなく、川の中央はいかばかりに深かろうか、という心配もまた無用であった。

あっという間に先ほど何かが光を放ったと思われる辺りまでたどり着く。

川底をまさぐると、阿比麻呂は何かを掴みすくい上げた。

それは手のひらほどの鏡であった。

青銅製で美しい装飾が施されている。鏡面は欠けもひび割れもなく美しいままであった。

上部に取り付けられた穴には赤い紐らしきものが通されているので、誰かの所有物であったのだろう。

鏡とともに岸へと戻ってきた阿比麻呂は川に向かって一礼をして山道へと戻る。

途中、何度か後ろを振り返りつつも、先ほどの三つの石が置かれている分かれ道まで戻ってきた。

その時突然川の方角から吹き付けてきた強い風に背中を押されて、前のめりに転んでしまった。体格の良い武人が「おぉっ」と声を出して。

自分の出した声にも、風に押されたくらいで転んでしまった自分にも、ひりひりと痛む掌にも、情けなくなって思わず苦笑いした。

何が起こったののであろうかと後方を見ると、そこにあったはずの細い獣道は跡形もなく、ただ杉の大木と蔦の生い茂る雑木林があるのみだ。

「先ほどまで確かに・・・」

そう独り言を言いながら、そこら中を何度か見渡すがやはりあの獣道はきれいさっぱり消えてなくなっていた。

「石鎚の神々のなせる術であろうか」

阿比麻呂はしばらくの間唖然としていたが、我に返るとすぐに袋に入れたはずの鏡を探す。もしや鏡まで消えてしまったのではと心配になったのだ。

鏡は袋の底にちゃんとあった。

ほっと一安心すると、今度はじっくりと陽の光にかざしてその装飾をじっくりと見る。

中央には丸い円が描いてあって、その円の周りには、小さな丸がいくつも描かれている。

その外側にも繰り返し同じ模様が三度施され、二度目と三度目の間には、勾玉模様が描かれている。

「これは祭祀で使う道具であろうな。しかし何故このような川に・・・」

遠くでまた烏がギャーッと鳴く。

先ほど烏の声を聞いた辺りであろうか。里に下りてゆく道の方角だ。

阿比麻呂は気にせず先に進もうと山頂を目指して歩く。


二、三歩進んだところで、顔に何かが触れた気がして立ち止まった。蜘蛛の巣でもついたか、と手で掃う。

さらに数歩進むと、また何かが顔に触れた。

まるでこれ以上進むなと言わんばかりだ。

不比等の「そなたの取り柄は素直で愚直なところよ」という笑う声が聞こえた気がした。

「・・・今日のところは引き返すか」

阿比麻呂は心残りではあったが、最初から頂まで行くつもりはなかったわけで、案外あっさりと鏡を手土産に里へ下りる決断がなされた。

里に下りると、土砂降りの雨であった。

この辺りの村は橘柚(たちばな)の木が里じゅうに生えていて、丘や山の斜面を覆いつくすように生い茂っている。

橘柚の実はまだ青いが、雨の雫が玉となってその青い実を撫でるように下る様は、なんとも色香漂う。

阿比麻呂は、橘柚の村の長に一晩の宿を願い出ると長は快諾した。

「ひどい雨ですねぇ」と言いながら、長は世話をしてくれる村人の家へ案内すると、「寛がれますように」と言い早々に引き上げていった。

家の人は夕餉を阿比麻呂のために用意してくれた。温かい飯と小魚、それに青菜入りの味噌汁と塩という質素なものあったが、どれもこれも五臓六腑に染み渡るうまさであった。

夕餉終わりに、「石鎚山に美しい川があった」と興奮気味に夫婦へ話すも、夫婦は「川はあるが渓谷のようになっていて川辺に降りることはまず出来ないはずだ」と言う。

「では渓谷の下の道を通ったのでは」

「そんな道はないですよ」

「獣道を通ったのであればまっすぐ山頂へと続く道のはずで、その途中に渓谷に下りる道はないですよ」

「渓谷には大きな岩がありましたね」

「ええ、ありますよ。あの大きな岩々に神々が宿っているのです。小さな祠があるのですよ。言い伝えでは、三人の女神があの地に住まうという話です。まぁ、あの谷そのものが神域なのですよ。その昔、天から龍が降りてきて川になったという言い伝えがありましてね」

やはり石鎚の神々の導きであるか。もしくはこれはすべて夢か。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます