第2章 久米の子ら

「して、龍の子はこの国に生まれ落ちたのか」


そう問う君は、月を愛でられながら盃を飲み干される。

「おそらくは。なれど、どこに生まれたか定かではございませぬ」

竹取物語に語られるような十六夜月(いざよいつき)は、まだ地平線より顔を出して間がなく、橘色の奇妙な色で君のお顔を染めている。

このような夜に月夜見など、貴人方は避けておいでだろうに、君はたいして気になされないご様子であった。

「このような美しい月を愛でずに奥へ引きこもって寝るなどと、つまらぬであろう」

「なれど、『陰陽師らに占わせたところ、やはり実に不気味な月夜であった』と女房らが話しておりました」

君は下らぬと微笑まれ、

「月読命はさぞや嘆いておろうな。不気味などと言われては。そなたも気になるなら下がってもよい」

「いえ、私は出羽の娘ですから・・・」

「ならば、龍の子が生まれた世をば、今宵この月夜に語って聞かせよ」と月を見て嬉しそうに仰せになられた。


一.


まさしくここは断崖絶壁。

下に目をやると、白い波しぶきが岩肌に打ち付けて、なんとかこの頑固な岩肌を崩してやろうと必死で襲い掛かっている様子だ。

後から後から波の子らは執拗に攻撃をしかけている。

その‘波状攻撃’は終わることを知らない。岩はさぞやたまったものではないであろう。

前線で繰り広げられている死闘を知らない、はるか後方に控えている海の子らは、午後のひと時をゆったり過ごしているようだ。太陽に照らしだされた海の子らは、この崖から太陽まで歩いて渡れるかのような光の大路を造っている。


出羽の娘が立っている後方から何やら賑々しい男たちの勇ましい声が聞こえてきた。

振り返れば、勇ましい男の集団がすぐそこの森の中からちょうど出てきたところであった。

騒いでいるのは若者たちのようで、他の男たちはぐったりとして疲れきっているように見える。


娘が立つ崖から森までは、ほんの数十メートルほどの距離だ。

森に向かって右側には、大人の男が隠れてしまえるほどに成長した葦や萩が生い茂っていて、その先が広場であるのか崖であるのか、容易に想像できない。

森に向かって左側はといえば、海の子らに敗北して削られた岩肌の浸食が著しく、森のすぐ傍まで崖が迫ってきていて、とても男たちが休めるような場所ではない。

唯一、太陽に向かって正面だけは、低い雑草が生い茂る広場のようになっているのだが、広さが十分とは言えず、男たちは必然的にそこに身を寄せ合って休むしかない状況だ。故に、その場に全員入ることは許されず、約半数の男たちは森の中に留まった。

疲労感たっぷりの年配者は広場へ、活気溢れる若者たちは森の中で分散して、それぞれ輪になり座っている。

次々と、肩からかけていた弓矢を入れる靫(ゆぎ)や、腰から下げていた剣の類を地面に降ろし、手足を伸ばして寛ぎ始めた。


森の中から一人の若者が出てきた。

肌艶良く、白い衣に包まれたこんがりと日に焼けた肌が若々しさを演出している。角髪(みずら)に結っている髪には光沢があり、他の男たちよりも長身で体格が良い。女子のように整った顔つきだが、威風堂々たるその雰囲気で若者たちの長であることがわかる。

広場では、黄金の丸い紋用がついた赤と白の旗が海から吹き付ける激しい風にはためき、時折バタバタと音を立てては存在感を示していた。

その旗の麓には、五十~六十代ほどと思われる男性二人が深刻な面持ちで立ち話をしている。その様子からして、二人のうち一人はこの集団を導く者であり、もう一人がその臣下だと想像できた。

先ほど森から出てきた若者たちの長は、自分の父親とも思えるほど年月を重ねた男たちが広場でぐったりとしているのを見過ごせなかったのであろう。一人ひとり気遣いの言葉をかけたり、水を差し出したり、肩を揉んだり、はたまた談笑したりしている。

そんな若者は、男たちから可愛がられ人気があるのがよくわかる。

若者は、立ち話をしている年配の男二人へちらりと目配せをする。

‘導く者’はしばらくの間、‘臣下’との会話に夢中になっていたが、やがて若者の視線に気が付いて、ほのかに微笑む。

若者は、一つ深呼吸をすると、談笑していた男たちを再び気遣ってからその場を離れた。

年配の男二人の前まで進み出ると、両膝を地面について手を胸の前で組み、深々とお辞儀をした。

「大久米よ、疲れたであろう。久米の子らを労ってやってくれ」と、‘導く者’は言う。

「そのお言葉だけで、若者たちの疲れは、陽に差し出した雪のように溶けてなくなりましょう」

微笑み合う二人が和んでいるその時、森の中から何やら異様な氣を感じた。三人の視線は鋭く森の中へと注がれる。

「命(みこと)、私が行って見てまいります」と若者の長、大久米が言う。

「うむ。私も後から行く。注意して行け」と‘導く者’命は言う。

広場にいる男たちも、「何事か」とざわつき始め、そのうちの一人の男が、

「道臣(みちおみ)さま、一体何事でしょうか」と‘臣下’道臣に問う。

「余計な詮索や心配は無駄なエネルギーの浪費になる。今は寛げ」


森の中では、早くも若者たちが臨戦態勢であった。

大久米は横たわる大木や若者たちの間をくぐり抜けて、異様な氣の方へと向かう。

異様な氣の出所と思われる場所には、見知らぬ三人の男たちが跪いていた。久米の若者たちがすでに取り囲んでいて、今にも矢を射ようかという体勢であった。

三人の見知らぬ男たちは地面に跪いたまま、若者たちに必死の形相で、

「我らは決して敵ではありません、どうか天(あま)つ神の御子(みこ)にお取次ぎを」と額づいて叫んでいる。

その様子をしばらく見定めていた大久米は、久米の子らに矢を下ろすよう命じてその囲みの中に入ると、

「そなたらは一体何者か」と問うた。

「我らは、この剣(つるぎ)を天つ神の御子へ捧げるように、との夢を見ました。これは長い間、高倉(たかくら)の中に眠っていたものでございます。天つ神の御子へ献上いたしたく、まかりこしました」と言う。

三人の男はよく似ていたことから、明らかに親兄弟であろうと思われ、確かに手には宝飾の施された立派な剣を持っている。

いかがしたものかと大久米が考えていると、道臣の兵らに守られるようにして命がお出ましになった。

「大久米よ、何事であったか」

低く小さく、だが穏やかに響くこの声には威厳と愛が溢れている。

若者らは跪き、大久米は若者らを従えるような体勢で「この者たちが宝剣を献上したいと仰せです」と報告する。

命はその者たちを見やり、しばらくしてから微笑むと、

「うむ。それは佳き事だ。そなたたち、私に仕えるか」と問われた。

高倉の兄弟らは、「仕え奉(たてまつ)ります。宝剣献上の夢を三人みなが同じ夜に見ております。これを天照大御神(あまてらすおおみかみ)のご神託と言わずして何と思うべきでございましょう。我らは喜んで天つ神の御子に仕え奉ります」と申し上げた。

命はこの言葉を「佳きかな」と仰せになり、献上を受けられた。

「皆の者よ。大神は我らを御守り下さっている」

命が宝剣を高々と天へかざすと、木漏れ日が刃に落ちて光輝く剣となった。

それはまるで、神々がその刀に降りてこられて、その眩しいまでの威光を、この地の隅々までを照らし出しているようであった。

大久米はその様子を瞬きすることも忘れて見入った。

この方は、なんとかけがえのないお方であろう。このように強く、優しく、思いやりにあふれて、皆を正しく導く尊い方は他にはいない。

眩しいそのお姿を見ている大久米の脳裏に唯一の敗戦の記憶が蘇る。

命の兄君である五瀬命(いづせのみこと)は憎き敵の毒矢に討たれて崩(かむあが)りされてしまった。

何度思い出しても悔しいことよ、と大久米は瞳を濡らす。

息苦しそうにされる五瀬命の御前で、大久米は御守りしきれなかったことを悔いて涙した。

苦しみの中にあっても五瀬命は『そなたらのせいではない。その悔しき思いを忘れるな。弟を勝利へと導いてやってくれ』としきりに仰せであった。

そして道臣と大久米に命を託されてみまかられた。

命はその死に涙してたいそう悔しがられたが、いつまでも嘆き悲しみ続けることなく、悲しみをこの国を平定する情熱に変えて我らを導き下さっている。

この若者にとって命は、父であり、兄であり、敬愛する王であり、この世の存在のすべて愛するもののすべてであった。

凛々しくも雄々しい命の御姿に、何があっても未来永劫、仕え奉るとあらためて魂からの誓いを立てた。


「さあ、目指す地はすぐそこである。進もうではないか。我が朋よ。我が子らよ」

男たちは一斉に「おぉー!」と勇ましい声を上げる。

その声は、遠く宇陀まで響き渡ったことであろう。

男たちは意気揚々と準備を整ええると、森の奥へと進み入った。

若者たちは勇ましい軍歌を笑い合いながら、「エイヤー」「エイヤー」と歌いあって進みゆく。


神々の深い愛と恩恵を受けられたことで御軍は万事順調に進軍できた。

血気盛んな久米の子らは相変わらず賑々しく、その長である大久米は和(にこや)かに見守っていた。

御軍の誰もが、豊かで美(うるわ)しい地が近づいていることを喜んで、ますます一丸となって進軍するのであった。命は久米の子らを馬上から和かに眺められて、

「久米の子らに歌を作ってやろう。とびきりの歌を」と言い大久米を見て微笑まれたので、大久米は涙して嬉しがった。



宇陀の山に入ると、二人の兄弟が御軍の前に姿を現した。聞けば、この辺りを治める兄弟であると言う。

「天つ神の御子がこの宇陀の地にお出でになり、御治めになるとは実に喜ばしいことです」と兄が言う。

兄は額に深い皺が刻まれ、皺を縦断するような傷がある。荒々しい剛毛と太い眉毛と飛び出しそうな大きな眼を持っていたが、その眼球はあちらこちらと泳がせている。

道臣が「そなたらは命に仕え奉るか」と聞けば、兄は「喜んで仕え奉りましょう」と答えたのだが、大久米は素直に喜べなかった。

「どうしたのだ、大久米よ」

深く考え込む大久米に命が声をかけられる。

「弟の様子がおかしくはございませんでしたか」

「確かに。兄はあのように調子良く、弟の顔が青く曇ったままであった」道臣が言う。

「慎重に行動せねばならぬか・・・」

命がそう仰せになって天を仰ぎ見たちょうどその時、弟が一人で訪ねて来た。二人の予想に反し、裏切りを企てていたのは兄の方であった。宴が催される一本足の倉の扉近くに、命を八つ裂きにする仕掛けを用意しているのだと言う。

それを聞いた大久米は怒り狂い、「命!私にお任せ下さい!兄を討ち取るのは私一人で十分です」と言うが、命は道臣とともに行動するよう促した。

翌日、御軍は兄弟の村を訪れた。

周囲を山々に囲まれた丘の上にその村はあった。近くには澄み切った川があり、女たちが野菜や果物を洗ったり子どもたちが水遊びをしたりしていた。

「良い村だ」と道臣は言う。

はい、とそっけない返事を返しただけの大久米はやはり故郷を思わずにはいられなかった。故郷よりも随分と小さな村ではあるが、山々に守られるようにして建つ家々も子どもたちが走り回る様子も川にかかる素朴な橋もみな似ていた。

「これはこれはようこそわが村へ」

兄が恭しく言い、先頭に立っていた大久米と道臣への挨拶もそこそこに、馬上の命を急かすようにして招き入れる。

「さあさあ、どうぞ中へ。今宵は最上のもてなしを致しましょう」と言う。

大久米が命の前に立ちはだかって、「あなたが先に入って下さい」と言うが、兄は「客人より先に入るなど無礼な真似ができましょうか」と大袈裟な身振り手振りで言った為、今度は道臣が「とにかく中にどうぞお入りください。そして我らにお見せください。命への最上のもてなしとやらを」と言うと大久米は切っ先を兄の背中に押しつけて中へ追い込む。

入口で大久米が足蹴にして無理に入れると、悲鳴とともに自らの仕掛けに挟まって死んだ。

「哀れな男よ」命がそう仰せになった。


一行は数日この村に滞在したのだが、大久米の兄弟らが治める故郷の村に思いを馳せずにはいられなかった。

高千穂にある久米の故郷もまた、このような山中を切り開いた所で、近くには清らかな川と大きな滝つぼがあり、狩猟にも稲作にも適した豊かな土地であった。

あれから二十五年。みな元気にしているであろうか。

寂しそうな大久米の横顔を命は遠くから見ていた。


御軍は宇陀の郷を後にして、飛鳥の里までもう少しという時、前を行く若者らから「従わぬ土着民がいる」との報告が入り、御軍に一気に緊張が走った。

命は「剣を隠し持った膳手(かしわで)として侵入し、土着民に御馳走を振舞うと見せかけ征伐せしめよ」との仰せであった。

戦うことを得意とする久米の若者たちの中には、作戦が無事に遂行できるかたいそう不安に思う者らもいた。命はそんな久米の子らに、「歌が聞こえてきたら一気に叩き潰すのだ」と仰せになる。

その歌とは、

「勇ましい久米の子らが、敵を探し出して、討たずにはおられるものか」という御製(おほみうた)だ。

久米の子らは、この歌を聞いてそれはそれは大いに奮い立ち、「命!我らにすべてお任せあれ!」と、先ほどまでの不安げな顔は一掃され、一気に勢いづいたのであった。

大久米はその様子を見て微笑みながらも、先の御言葉のとおり命は御製を詠まれ、久米の子らに与えて下さったことに深く感謝していた。

「えーしやごしやー」

「あーしやごしやー」

喜びに沸き、大合唱したこの夜のことは、後々まで男たちの語り草となった。


作戦は滞りなく無事に成功し、久米の子らはその成功を抱き合って喜んだ。

そして、一行はいよいよもってかの地に降り立ったのである。


この後、大和と呼ばれるこの地は、故郷高千穂を思い出させる緑美しい山々に囲まれた、大神(おおみわ)が治める地であった。

「黄金の水が流れ、輝く山々に囲まれしこの地よ」

命はそう仰せになると、膝を折って大地に手を触れられた。

「天照大御神より賜りし、清く豊かな黄金の大地よ。稲穂は重々しく頭を垂れ、水は豊かに勢いよく流れ、果物や木の実はたわわに実り、大神の恵みにより一切の災害を寄せ付けぬ神々の地よ。ついに、我らはこの地へ参りました。御加護に感謝します」


命は氣佳い場所をお選びになると、休むことなく宮造りに入られた。

命に仕えることを約束した周囲の豪族たちが次々と集い協力を惜しまなかった為、誰もが待ち望んだ宮が完成するのに、そう時を要さなかった。

真新しい宮の門の手前には鳥居があって、この宮が神聖な場所であることを示した。

誰もが手を取り合い、新しい国の始まりを寿ぎ祝った。

今から遡ること千八百年のことであった。

大和歌は語り継ぐ。


みやびとの

させる榊を

われさして

よろづ代まで

かなであそばむ

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