第1章 龍の川

二.


「そなたに機会をやろう」

女神がそう言い放った次の瞬間、龍は無数の星が散りばめられた空間にいた。

空間の真ん中を、天から降りる光の道が通っていて、緩やかな曲線を描きながら遥か下方へとくだっている。

「なんと煌びやかな天の川よ」

その天の川に近づきたいと願うと、鼻先が光に触れそうなほど近くまで、一瞬にして移動した。

瞬間移動は師らだけが使える術であったから、龍は自分の才が一気に開花したのだと嬉しくなり、上機嫌になった。

そして勢いもそのままに、躊躇することなく鼻先から光の川に入ってゆくと、やがて全身をその光に浸からせた。

湧き上がる温かな感覚はどこか懐かしく、吸う息も吐く息も一気に熱くなる感覚であった。

たっぷりと十分に癒されて和んだ意識の身体を、川の流れに身を任せて、くねくねと身体を揺らしながら、泳ぐようにして下って行く。

下って行ったその先に何があるのかなどという思念が入り込む隙間もないほどに、光に包まれて満たされていった。

下るにつれて、どんどんと光の川の流れは速くなり、その流れは遥か先で大きな渦を巻いている。

そこは宇宙の星屑が集まる光の渦のようであった。

あの光の渦の真ん中こそ、龍の故郷だと思い出した。

すべての魂が生まれる場所、我が仲間たちが集まっている場所、すべてのものの根源だ。

龍は流されるがままに星屑の渦に身を投じた。

渦の中に入ると、体はどんどんと下に下に、そして中心に中心に、奥に奥にと流されていく。

目を瞑っていても瞳の中に焼き付くほどに眩く強い光は、あっという間に全細胞に浸透して、体のすべてを素に戻してゆくかのようだ。


すっかり癒された龍の輪郭は、光に溶け出し始めた。先ず長い爪が消えて小さな五本指の手になった。長い身体はどんどん短く縮んで、鱗が消え滑らかな肌の体になり、その険しく彫りの深い顔からは髭が消えて、ふっくらと柔らかな赤子の顔へと変わっていった。

顔を手首に、手首に膝をつけるようにしてその小さな体を丸めながら、くるくると渦の流れとともに回る。

回って、回って、ただひたすら回った。

そうしたら、なんだか嬉しくなってきた。


うふふ、嬉しい。

楽しいな。

幸せだな。

うふふ。

ありがとう。


そのうちに、赤子は光の渦から勢いよく外へと投げ出された。

塵一つない、無の空間にたった一人浮かんでいる。

先ほどまでいた無数の星が輝く場は、いつの間にかはるか上空の彼方にうっすらと見える程になっていた。

その中でもひと際大きく輝いている星が青白く光り始めた。

その光はどんどん強くなって、あまりの眩しさに意識の眼さえ潰れてしまうのではないか、と不安になった時、驚くほど強い力で青白い光に引っ張られ始めた。

赤子はただなされるがままに身を任せて嬉しそうに笑って吸い込まれてゆく。

青白い光の奥には大きな太陽のような温かな橙色の光があった。その光の中には神の御使いがいて、赤子の門出を言祝いで祝福を与えている。

すると、赤子の目の前にたくさんの映像が流れ始めた。これから出会う人々や世界を選ぶ為のものだとすぐにわかった。

さて、どこに生まれるのが一番幸福にいられようか。どこならば我が魂の学びとなろうか。

すべてが上手くいく、完璧な選択をその光の中でするのだ。

そして、ただ純粋無垢で悦びと幸せしか知らない赤子は、玉をなくした若き緑龍の記憶を魂に刻み、赤子はすべてを上手に忘れ去った。


真新しい、買ったばかりの服を着て鏡の前で舞う娘のように、

木の香り漂う真新しい邸に初めて足を踏み入れる時のように、

運命の人と出会ったと思えるあの瞬間のように、

また新しい自分にまた出会える時が来た。

また新しい物語がまた始まるのだ。

心が湧きたって、全身から悦びが溢れ出す。


今度はどのような人らと逢えるのであろう。

星の数ほどの仲間たちと共に紡ぐ物語はどのようなものであろう。


新しい世界に飛び出したら一番に歓びの声を上げよう。

歓喜と感謝に満ちた声を縁ある人らに聞かせてやろうではないか。

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