第11話「影で輝く者」
――前略。
思い返せば【
こちらでの生活にもすっかり慣れた……と言うのはおこがましいかもしれませんが、最初のような緊張感はすっかりと抜け、適度に力の抜けた生活を送れています。
セフィリアさんや
本日は、いつもお世話になっている道具たちに感謝を込めて、お手入れに出すそうです。自分でやるのもいいですが、見学も兼ねてまずは本職の方々の仕事を見てみましょうか、とセフィリアさんが言っていました。
わたしたちが普段使っている彫刻刀や切り出し刀、まだ使ったことないけど金槌に
綺麗な衣に着替えた道具たちは、いつも以上にイキイキと力を貸してくれるんだとか。
綺麗になった道具たちかぁ……早く見てみたいな。
それではこれからお出かけです。またメールしますね。
草々。
***
少しばかり心配になりながらも、ヨウちゃんには《ヌヌ工房》でお留守番してもらい、瞳はセフィリアと一緒にお出かけです。ヌヌ店長はヨウちゃんの様子を見守ってくれるそうです。
見守るだけですが。
「行ってきます」
「いってきます~」
カコカコカコンと、普段はお出迎えしてくれる木製のドアベルがお見送りをしてくれました。遠ざかる二人の背中を、ヌヌ店長とヨウちゃんはただ見つめます。
本日は月に一回の点検日。普段使っている道具たちを職人さんに預けて、ピッカピカにしてもらう日です。それに合わせてお店はお休みです。
「セフィリアさん。鍛冶屋さんってどんなところなんですか~?」
寝癖なのか癖っ毛なのか、跳ねまわった髪を揺らしながら、瞳が聞きました。
《鍛冶屋》さんとは、二人が現在向かっているところです。《ヌヌ工房》で使っている道具たちは、みんなここで購入し、お手入れもしてもらっています。
クリクリの眼で見つめられたセフィリアは、どんな場所だったのか思い浮かべながら、答えました。
「そうねえ……とっても暑いところよ」
「う、暑いんですか?!」
相変わらずニコニコ笑顔のセフィリア。しかしそれを聞いた瞳は微妙な表情でした。
そうです。この反応でわかる通り、瞳は暑いところが苦手なのです。
〝森林街〟ユグードは大人が何人も手を繋いだとしても足りないくらいの巨木に囲まれた街なので、日の光が届きません。だから常日頃から涼しく、瞳にとっては過ごしやすい気候でした。
「ふふふ。暑いと言っても、暑い思いをするのは鍛冶屋さんで、私たちは
「ほっ……」
瞳はわかりやすく一安心。暑い思いをしなくてもいいようです。
ふふふ、と微笑むセフィリアと他愛もない話を繰り広げながら歩いていると、やがて金槌の看板がかかっている巨木を見つけました。
「セフィリアさん、もしかして――」
「ええ。あそこが鍛冶屋さんよ」
外見はどこも一緒で巨木なので、看板は非常に重要です。そこがお店なのか、住宅なのか、一目でわかるようになっています。
穏やかな笑顔を引っさげたまま、セフィリアを先頭に扉を開けて中に入りました。後ろに続く瞳は少し硬い表情。初めて訪れる場所に緊張しているようです。
「ごめんくださーい」
「お、お邪魔します~……」
いらっしゃいませー、とお姉さんが愛想のいいお出迎えをしてくれました。
中には大きなカウンターがあり、その先には他のお客さんのお手入れ済みの道具が綺麗に整頓された状態で棚に並べられていました。
とても暑いところと聞いていましたが、受付がある一階は全く暑くありません。《ヌヌ工房》と同じです。
違う点を挙げるとするならば、《ヌヌ工房》は木製なのに対し、《鍛冶屋》は鉄製の物ばかり。妙な重圧感を感じます。
瞳が興味津々に店内をキョロキョロとしている間に、セフィリアは慣れた様子で受付へ向かい、道具の手入れの申請をしています。――ついでに見学の申請も。
仕事場見学は、本当は事前に予約をしないとダメなのですが、あら不思議。申請が通ってしまいました。
「ほへ~……」
「さあ瞳ちゃん。いきましょうか?」
「は、あい!」
ぼけ~っと店内を眺めていた瞳は、再びセフィリアの後を追いかけます。
店内の脇にある扉を開けると、地下へと続く階段が現れました。どうやら《鍛冶屋》は地下で仕事をしているようです。
体感で10mほど下ると、姿を現しました。《鍛冶屋》の仕事場です。
「ま、眩しいです~……!」
見学用に作られたスペースで、ガラス張りになっていて真っ赤に煌々と燃えさかる炎がよく見えます。目の奥にまでその光が突き刺さるようです。見学用のスペースはしっかりと遮断されているため暑くはありませんが、見ているだけで暑くなってきます。
きっとこのガラスの向こうは想像もつかないような暑さと熱さに抗いながら仕事をしているのでしょう。
仕事場では数人の男が汗水垂らしながせっせと灼熱に輝く鋼鉄めがけて大きな金槌を振り下ろしていました。インパクトの瞬間に飛び散る火花はまるで夜空に広がる花火のようです。
「息ぴったりですね~」
「ふふふ。ホント、いい手際だわ」
また違う場所では、真っ赤なドロドロを型に流し込んで精錬していました。鉱石から金属を抽出してインゴットを作っています。
【原料】だったものを【材料】にしている、といったところでしょうか。木材で例えるなら生木を切り倒し、角材にしている段階、でしょうか。
「瞳ちゃん、よおく見ておいてね。普段私たちが使っている道具たちは、ここでこうして作られているのよ」
「…………」
隣に立つ後輩に声をかける先輩でしたが、言われずとも彼らの仕事を目に焼き付けているようでした。返事が無いことを気にすることなく、聞いているのかどうかも気にすることなく、セフィリアは続けました。
「何気なく使っているハサミとか包丁かフライパンとか、金属の物は全てここ。何度も立ち寄ることになると思うし、たくさんお世話になるわ」
ハサミがなければ髪の毛を整えることもできない。安全に物を切ることもできない。包丁やフライパンがなければ料理ができない。料理ができなければ【
――だから、感謝の気持ちを大切にね。
セフィリアは、言葉を飲み込みました。隣で食い入るように熱心にまなざしを向ける少女は、わかっているからです。
心の奥底。本能の部分で。
「すご~い……この人たちがいるから、わたしたちは生活できるんですね~……」
「ええ、その通りよ♪」
無邪気に向けるまなざしがチカチカしてくるまで、見学は続きました。
働いている男連中がセフィリアに見られていることを知ると、一斉に気合が爆発し、目を見張るような連携を見せて作業効率が格段に上がったのは、ここだけの話。
***
――前略。
セフィリアさんの案内のもと、初めて鍛冶屋さんというところに立ち寄りました。
そこでは道具のお手入れの申請の仕方とか、どんな仕事をしているのかとか、いろいろなことを教えてもらいました。
鍛冶屋さんの努力の結晶でできた道具を使って、また努力の結晶を作り上げる。そうして積み上げたものが、素晴らしい芸術へと昇華するんですね。
鍛冶屋は芸術家のために。芸術家は鍛冶屋さんが作った道具に恥じぬ作品を。その作品を見た人が……心を動かされる。
っていうのはわたし自身の持論ですけど、この関係性を大切にしていきたいです。
今日初めて知ったのですが、セフィリアさんはユグードではかなり有名で顔が広い(二つ名とかもある?)らしくて、予約が必要な仕事場見学を、いわゆる顔パスでした。驚きです……!
いつもだとヌヌ工房で修行なんですけど、今日は課外授業みたいな感じでとても楽しかったですよ。
また一つ、ユグードの顔を見れました。いつか、紹介できる日が来るといいな。
草々。
森井瞳――3023.5.11
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