第9話「頭上に輝く星々は」
――前略。
ユグードの夜ってとっても綺麗なんですよ。ほのかに光る陽虫がまるで星空のように煌めいて、澄み切った空気が体の隅々を浄化してくれるみたいです。
明るい時間とはまた違った顔を見せる街並みは、同時に新たな発見を運んでくれます。夜行性の動物たちが活動を始めて、ときおり視界の隅を通過したりもします。
空から降り注ぐ輝きをこの瞳に焼き付けて、目を瞑ればいつでも見れる。そうなれば、心行くまでこの絶景を楽しめるのにね。
でもそれができないからこそ、この景色はここまで綺麗に見えるのかもしれません。
写真や動画ではなくて、自分の目で見て肌で感じるからこそ、価値があるから……ですかね?
草々。
***
街を明るく彩る陽虫も眠りについて、全体的に暗くなったユグードには、わずかに残った夜更かしな陽虫が所在なさげに漂って星空のように
さすがにそれだけでは暗すぎるので、街灯として昼間の光を吸収して輝く〝
巨木の幹をくり抜いて作られた家々から漏れる点々とした明かりも、街の彩りに一役買っています。
「~♪」
暗くなったばかりでまだ人が行き交う街並みを、瞳は鼻歌交じりに歩きます。嬉しそうに微笑んで、ずいぶんとご機嫌な様子。何かいいことがあったのかもしれません。
いつもは瞳についていくように漂う陽虫のヨウちゃんも、この時間には眠りについているのか、その姿は見えません。だからこそ、こうして堂々と街中を歩けるのですが。
特に目的もなく歩いていると、
「あら? 瞳じゃないの」
「あ、ヒカリちゃん~! こんばんわ~」
そこで偶然に出くわしたのは、髪を側頭部で輪っかのように結った女の子、
歳は瞳の一つ上ですが、ヤッホー、と気軽に反応してくれました。
「あんたこんなところで何してんの?」
「えへへ~、お散歩だよ~」
手を合わせてほんわりと笑いながら言う少女に、火華裡は首をかしげました。
「お散歩って、この時間に? 何もないわよ?」
「え~? そんなことないよ~」
火華裡は【
ですが瞳にとっては未知の
「ステキな出逢いを求めて散策だよ。お客さんとのお喋りにも役立つかもしれないし」
「ふーん。で、その『ステキな出逢い』とやらはあったの?」
「ヒカリちゃんに逢えたよ!」
「即答すな! こっちが照れるからやめい!」
「あう」
コツンと優しく
瞳は頭を押さえながら、
「よかったらヒカリちゃんも一緒にどお? 楽しいよ~」
と夜道のお散歩に誘います。治安は悪くないので女の子二人でも安心安全です。
しかし、火華裡はすぐに別の危険に気付きました。
「あたしにはその楽しさはわかりそうにないわ。でもあんた一人で出歩かせると迷子になりそうだから、特別についてってあげる」
「わ~い! お散歩仲間が増えたあ!」
火華裡が仲間に加わった! 瞳のテンションが5上昇した!
お散歩を再開した少女二人は、当てもなく歩を進めます。ポケ~っと夜空を見上げながら歩く瞳に、火華裡は注意を促します。
「瞳、ちゃんと前見ないと転ぶわよ」
「あいりょーう」
大丈夫、と答えたかったようですが、口が閉じきらなくて変な感じになっていました。
自然に生えた木が家となっているので、まっすぐな道などありません。根っこの影響でボコボコしたところもあります。
もし躓きそうになったり、ぶつかりそうになったら助けてあげればいいか。
心優しき火華裡は足元を見ない友達の代わりの目として、ペースを合わせて隣を歩きます。
チラリと気まぐれに見上げてみても、やっぱり火華裡にはその楽しさがわかりません。
上には疎らな陽虫と、生い茂る大きすぎる葉っぱが本物の空を遮っています。稀に翼を持つ生き物が通過するくらいで、めぼしい変化はありません。
「ね~ヒカリちゃん」
「なに?」
「まだいくらか陽虫が光ってるけど、なんでかな~?」
「さあ」
そっけない返事が返ってきますが、瞳は気にした様子はありません。
少し間を置いてから、
「一説には、夜になっても光ってる陽虫は若いんじゃないかって言われてるわね」
「ほへ~……」
さあ、と言いつつもちゃんと答えてくれました。やっぱり優しい。それが火華裡という女の子。それを既に知っているからこそ、瞳はそっけなくされても気にしなかったのかもしれません。
「それがどうしたの?」
「上で光ってる子と比べると、ヨウちゃんって消えるの早いなってふと思って」
「ヨウちゃんって……あんたに懐いてる陽虫だっけ? そういえばいないわね」
言われてヨウちゃんが瞳にくっついていないことに気付く火華裡。くっついていたところで今更どうするわけでもありませんが、出逢ったときにはすでに懐いている状態だったので、もはや一緒にいるのが当たり前のように感じていました。
「ヨウちゃんって実はお年寄りなのかな?」
「『一説』って言ったでしょ。あまり鵜呑みにしないこと」
逆に、最後の力を振り絞って光り輝いているのではないか、という説もあるくらいなので、確かに鵜呑みにはできないのです。他にも蛍のような求愛行動なのでは? という説もあります。
二人は徐々に人通りの少ない道へ入ってきていますが、火華裡がしっかりと道を把握しているので大丈夫。頼りになります。
「この空のどこかにヨウちゃんの家族がいるんだよね」
「かもね。陽虫の生息域はこの森だけだから」
星間船のステーションからここまでの光景を思い返しますが、確かに陽虫らしき虫を見かけた記憶はありません。陽虫の生息域は相当に限定的のようでした。
そのまま他愛もない話を続けたり、ただ無言の時を過ごしたりしていましたが、やがて火華裡は歩みを止めました。
「瞳」
「あい?」
これ以上人気のない場所へ行ってしまうと、本当に何かあったときに対処できない。そう考えた火華裡はぼんやりと歩き続ける瞳を呼び止めたのです。
「そろそろ戻るわよ。少し街から離れすぎたし、帰りが遅いとセフィリアさんも心配するでしょ」
「……それもそうだね~」
くるりと反転して、もと来た道を戻ります。
もし声をかけなかったら、そのままどこまでもまっすぐに歩いていたかもしれません。
セフィリアの天使のような笑顔が困った顔になっているのを想像した瞳は言いました。
「セフィリアさんは心配させたくないよね~」
「それって、あたしなら心配させてもいいってことかしら?」
揚げ足をとって責めるように返す火華裡ですが、言葉には冗談の色が含まれています。本気で言っているわけではないのです。
「そうじゃないよ~……ヒカリちゃんはむしろ心配だからついてきてくれたんでしょ? ありがとね~」
「……べ、別に?」
目をそらして、わかりやすく照れ隠しする火華裡なのでした。
「そういやあんた、えらく上機嫌だったけど、なにかあったの?」
話題をそらして逃げる火華裡ですが、追撃するようなことはしない瞳。と言いますか、待ってましたと言わんばかりに笑顔を咲かせます。
「よくぞ聞いてくれました~! 今日ね、セフィリアさんに褒められて、そろそろ次のステップに行っても大丈夫そうね、って言われたの~!」
「へぇ、よかったじゃないの」
実は火華裡も師匠に似たようなことを言われていました。なんともタイムリー。しかし自分の話ではないため、おとなしく賞賛するだけにとどめます。
「それで妙にご機嫌だったのね」
ただ褒めてもらえたことが嬉しくて、それで興奮冷めやらず、体を夜風に晒しても収まることはありませんでした。
それくらい、瞳にとっては大きな出来事だったのです。
時間はかかれど着実に成長している。その証拠が目に見える形でやってきたのですから。
人通りの多い道まで戻ってきた二人は、またね、と軽い挨拶をして別れ、それぞれの帰途へ着いたのでした。
***
――前略。
夜には出逢いが待っている。そんな予感は間違いではありませんでした。【
明日から修行は次のステップに移ることになりました。延々と簡単な図形を彫り続けることから、もう少し複雑な絵を彫ってみるのだとか。
絵なら多少は自信がありますから、このステップは思ったより早くクリアできちゃうんじゃないかな~……なんて。
浮かれちゃってますかね? わたし。
早く明日にならないかな~。
草々。
森井瞳――3023.5.3
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