第120話 神々の戦い その2

 この態度に光の意識は異界神に向かって強い口調で話しかけた。


「よく感じろ、お前の前にいるのはただの光の神の抜け殻だけか?」


「ほう?」


 その言葉に興味を抱いたのか、異界神はその芸術家が彫り込んだかのような完璧な美しい顔で私の顔を覗き込む。私は緊張しながら自分の言うべき言葉を勇気を出して吐き出した。


「……だよ。私の中には光の神の意識と闇神様と……それにこの私がいるんだからねっ!」


「それで?私以上のパフォーマンスを引き出せるとでも?」


「ここが異界神様の司る世界だったなら私達に勝ち目なんてないよ!でもね、ここは私の世界……私達の世界なんだっ!」


 私は闇神様を信じ、光の意識を信じる。だからこそ自分達を排除しに現れたこの勝ち目のなさそうな規格外な存在にも力強く自分の意志を言い切る事が出来た。心の中のものを全部吐き出せた私は満足して胸を張る。

 私の主張を最後まで聞いた異界神は、またしても左右に顔を振ると哀れみの表情を浮かべた。


「全く、何も分かっていないようですね……。そのあなた達の世界がこのままでは崩壊するからこそ、私が来たんですよ。世界を修復するために」


「な、何を……?」


「次元に裂け目が出来ると言う事はどちらかの世界が崩壊する前兆です。あなた方はしっかりとこの世界を維持出来ていたのですか?原因はどちらにあると思っているんですか?」


 異界神、今度は私に説教をしてきた。とは言え、正直知らんがなとしか言えない。だってそもそも私当事者じゃないし。だから、この話の返答は当事者に譲ろう。そう、ずっとこの問題の影で暗躍していた闇神の使徒達に。

 この私の意図を汲んだのか、最初に声を上げたのは有己だった、あれま、意外。


「世界の修復は今でも俺達が実行している。邪魔をしないでくれっ!」


「使徒ごときが。黙れ」


 異界神は念のこもった声で強く言い放った。その言葉自体に力があったのか、それとも別の力を使ったのか、その一言だけで彼の身体は実在を保てなくなってしまう。それほどまでに異界神の怒りとは恐ろしいものだった。

 ゆっくりとフェードアウトするように身体を消滅させながら有己が悲痛な叫び声を上げる。


「ぐああああっ!」


「有己~っ!」


 私はそんな哀れな使徒の最後に大声で名前を叫んだ。何も出来なかった自分を悔やみもした。消えていく彼は私の顔を見てニコリと笑うと、そのまま闇の中にすうっと溶けていく。


「あああっ!」


「大丈夫です、我ら使徒は闇が本体。ただ人の形が保てなくなっただけです!」


 有己の最期を見届け、今にも半狂乱になってしまいそうだった私に龍炎がフォローを入れる。やはり使徒は人とは全く違う体の仕組みをしているらしい。

 その言葉に少しだけ落ち着きを取り戻した私は、確認のために改めて聞き返した。


「し、死んでないの?」


「大丈夫です、ええ」


 龍炎はにっこり笑って私の言葉をうなずきながら肯定する。そんなやり取りを見ていた芳樹がこの会話に突然乱入してきた。


「それに闇の状態ならばエネルギーとして取り込む事も出来るはずだ」


「えっ?」


 突然のその台詞に理解が追いつかなかった私はつい真顔で聞き返す。彼からの返事待ちをしていた次の瞬間、異界神が私の至近距離に突然出現した。


「無駄話をするとは随分と余裕がありますね」


「わあっ!」


 この不意打ちに驚いた私は覚えたての特殊能力を使ってすぐにその場を離脱する。戦いを放棄する訳にもいかないので空間ジャンプの距離はたったの500メートルくらいだけど。一瞬で移動した私に対して、異界神は何ら驚く事もなく、淡々とその事実を受け入れる。


「ほう、空間跳躍ですか」


「そ、そうよ!あなたに私は捕まえらえない!」


 驚かない神に向かって私はそれでもドヤ顔で自分の力を誇示してみせた。虚勢もあるけど、今は何でも使えるものは使わないと……。

 この挑発にも異界神は当然のように超然とした態度を崩しはしない。


「果たしてそうでしょうか?」


 そう言い終わると同時に十分に距離を置いたはずの私の前に異界神が気配もなく一瞬で現れる。空間跳躍だ。私は倒すべき敵が同じ力を行使した事に腰が抜けるほど動揺していた。


「うそっ!」


「私の力はあなたの上位互換です。あなたに出来て私に出来ない事など何ひとつありません」


「で、でもここはあなたの世界じゃない!私の世界!」


 私は取り敢えずの強がりを言った。この世界で起こる現象ならば私の方に地の利があると踏んでの攻勢だ。勿論この言葉はでまかせで本当にそんな効果があるかどうかは分からない。ハッタリで少しでも怯ませられたなら御の字だ。

 けれど、当然のようにその私の強がりは異界神に全く通用する事はなかった。


「世界の優位性などは些細な事です」


「な、何を……」


「だってあなたはまだ全然把握出来ていないではないですか、この世界の事も、あなた自身の事も」


「そ、それは……そうかもだけど」


 世界を把握しきれていない……異界神の言葉が私の胸に深く突き刺さる。確かにそれは事実だ。私はこの戦いに赴くために必要最低限の知識は身につけたけれど、それ以上の事は付け焼き刃以前に知識そのものを持ってはいなかった。訳も分からず言われるままに流されてきただけ。

 私は自分の無知差加減をさらけ出しながら、その特性を最大限に活かそうと改めて目の前の異界の神に問う。


「一体あなたはどうしたら引いてくれるんですか!私達に選択権はないんですか!」


「追い出したければ力付くでどうぞ……と、言いたいところですが」


「えっ?」


「私の目的は秩序の維持です。あなた方がこの世界に相応しいと判断したなら、快く引き上げましょう」


 確か最初に聞いた異界神の目的ってこの世界を乗っ取ると言うものだったはず。それが今では別の理由に変わっている。この状況に幾らかの希望を見出した私は全面的にその言葉を受け入れる事にした。無益な戦いはしないに越した事はないしね。


「じゃあ、それをするから、今からすぐにそうするから!だから帰ってください!」


「その判断は私がします。そうして今のあなたのその力はありません」


「勝手に決めつけないで!この世界には私の大切なものがたくさんある!絶対みんな守ってみせる!」


 何もかも自分基準で話す異界の神様に私の堪忍袋の緒はプッツーンとキレてしまった。私に力がない?そんなのは十分理解しているんだよっ!

 けれど、だからって、勝手に決めつけられて好き勝手させられるのを指を咥えて見ていられるほど、私はお馬鹿じゃないよっ!


 怒りを爆発させた私に向かって、異界神は真剣な表情で衝撃的な一言を告げた。


「その大切なもの達がこの世界を混沌に導いていた原因だとしても?」


「は?」


「地球から発生する負の想念は今やこの宇宙の循環の仕組みにすら影響を与えているのですよ」


 正直、すぐにはこの言葉を理解する事は出来なかった。理解出来ないまでも、異界神が本当にどうにかしたいのは私達の母星である地球だと言う事だけはすぐに分かった。地球には私の知り合い、大切な人達がいる。外からやってきた異界神なんかに好きにさせる訳にはいかない!


「ちょ、私達の地球にはちょっかいは出させない!」


「あなたに私は止められませんよ。不完全なあなたにはね」


 異界神はそう言うと口を歪ませる。

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