第117話 臨界を超えて その5

 こうして使徒達それぞれと異界神のソロバトルが始まる。この戦いもまた異界神が思いついた軽いお遊びなのだろう。本気を出せば一瞬で決着が着くのだろうけど、それを望んでいないように見えた。


「あれ……みんな?」


 この時、私の身体はまだエネルギー体のまま。ぼんやりした意識の中で戦う使徒達の様子を眺めていた。それぞれが異界神と戦い始めたために、私は無防備となっていた。この状態で狙われたらヤバい気もするけど、どうやら異界神にその気はなさそうで安心する。

 すぐさま危険が及ばなさそうだと言う事で、私は少し落ち着いて使徒達のバトルを見届けていた。


 まずは有己なんだけど、異界神の強大な攻撃から身を守るためにまずは防御用の神器を使っていた。


「神器金剛盾!」


「無駄だよ」


 個別に戦うために彼の前に現れた異界神は剣を創生したかと思うと、この構えた盾を空間を切り裂く一閃であっさりと破壊する。


「ぐああっ!」


 盾を破壊された有己はその余波で体に無数の傷を受け、ふっとばされる。この戦い、彼の一方的な負けみたい。ああもう、弱いなぁ。


 その頃、善戦していた龍炎は異界神の光の攻撃に対抗するために神器を使って鏡のバリアを形成していた。


「無限鏡面!」


「ほう?」


 その技を見た異界神はニヤリと笑うと更に強力なレーザーのような光の攻撃を続行する。その光は龍炎の体こそ貫かなかったものの、反射した光が離れていた有己の頬をかすめた。この突然の不意打ちに彼は対応出来ずに大声を上げる。


「わわっ!」


「あ、すみません……」


 自分のせいで仲間に被害が及びかけて、龍炎は反射的に謝った。流石は使徒一の生真面目さん。その様子を眺めて異界神はまるでコントを見ているかのようにクククク……と笑う。


 最後、分裂した異界神と激しい攻防を繰り広げていた芳樹は、余裕を見せて攻撃を繰り出す敵の隙を突いて時空間を操作する神器の力を開放する。


「時空遅延!」


「ほお、これは……」


 その神器の力は効果範囲内の時間の流れを極限まで減速すると言うもの。流石の異界神もこの範囲内に入っている以上はその効果を受けてしまい、ほぼ身動きが取れなくなってしまう。異界神がそうなった瞬間、分裂していた他の異界神の動きもピタッと止まる。どうやら分裂した異界神は動きが連動しているらしい。

 そんな状態になってもどこか余裕を持っているのが不気味ではあった。


 異界神一体の動きをこうして封じたところで、芳樹は残りの仲間に声をかける。


「体勢を整えるぞ!」


「今が絶好のチャンスですね!」


「でもあれは……」


 芳樹も龍炎の乗り気の中、1人有己だけがこの作戦に懐疑的だ。全く、普段頭脳労働担当でもないのにどうしてこんな時にだけ頭を働かせてしまうのよ。こう言う場合はスピード勝負でしょ。息の合った動きで素早く動かないと状況はすぐにでも不利になるのに。

 こうして考えが空回りしてしまって動けない彼に、使徒2人が説得に走った。


「数が多いと言う事はこちらにも有利に働く!わざわざ一体のみを狙う必要もない!」


「一体に影響を与えればそれは共有されます」


 この2人の言葉を聞いて有己もようやく納得したらしい。


「ああ、そう言う事か」


「何か企んでいるのか?面白い、やってみろ」


 この使徒3人の動きを前に分裂異界神達は全く動じる事なく、それどころか面白がって使徒達の好きに行動させようとしていた。それはどんな攻撃をされても意に介さない強さの裏付けがあるからなのだろう。

 逆に言うと使徒達を舐めているとも言えるのだけど。


 よーし、ここで本気見せちゃってよ!異界神なんて3人でこてんぱんにやっつけちゃえ!そうすれば私の出番もなくなって何もせずにお役御免だよ。


 3人の使徒は動きの止まった異界神の前に等間隔で並ぶと、それぞれがターゲットに向かって両手を前に出し、息を揃えて闇の力を込め始める。

 そうして十分に力が溜まったところで一気にそれを解き放った。


「波動幻王域!」


 その技は最初に芳樹が放った神器を使った技に似ていた。空間遅延の空間ごと別の空間に飛ばすと言うものだ。無限回廊との違いは、その飛ばす世界が使徒達の創造した全く別の次元の亜空間だと言うところ。

 これならば、たとえ力のある神でも簡単に抜け出す事は出来ない――はず。自分の作戦に絶対の自信のある芳樹が技の発動と同時に異界神に対して強気の発言をする。


「その概念ごと虚数の海に沈めっ!」


「ほお、これは考えたな」


 自身の体が亜空間に沈み込みながら、それでも異界神は余裕の態度を全く崩さなかった。完全に沈み込むまでは全く油断が出来ないと、使徒達3人は技の完成にそれぞれ本気の気合を込める。


「うおおおお!」


「はああああ!」


「おおおおお!」


 その気合に同調するように、異界神はあっさりと亜空間に飲み込まれていった。不気味な笑みを全く崩さないまま……。

 そうして敵の姿が完全に消滅したのを見届け、使徒達は技を解いた。かなりの力をこの技に使い、消耗しきった有己はここで脱力してへたりこんだ。


「はぁはぁ……やったか……」


「有己……それ、フラグです」


「いや、そうは言ってもよ」


 龍炎に突っ込まれて有己の若干凹む。波動幻王域に全エネルギーをつぎ込んだので、本当にこれで終わりとなって欲しくて自然に出た言葉だったらしい。

 もう1人の使徒の芳樹もまた疲れ切ったのか、肩で息をするばかりで突っ込む余裕すらなさそうだ。これで終わりなら本当にいいんだけど……。


 そんな使徒達の願いも虚しく、薄い次元の壁を破って異界神は普通に復活する。


「ええ、勿論フラグですとも」


「なっ!」


 自慢の一撃があっさりと破られて、有己は驚愕の声を上げる。残り2人の使徒も目を丸くしたまま動けないでいた。そんな使徒3人を前に異界神はうんうんとうなずきながら、ニヤリと笑うと腕を組んで人差し指を上に向ける。


「色々考えたものですね。面白かったですよ。ご褒美に少し本気を出してあげましょう。前の時には見せてあげられなかった力を」


 その言葉に危機を察した芳樹は考えを巡らせる。実は異界神と対峙した時に考えた戦略パターンは幾つかあったのだ。この緊急事態を前にその作戦のひとつをすぐにメンバー2人に大声で伝える。


「みんな!フォーメーションオメガだ!」


 使徒3人は異界神が本格的に動く前にと陣形を素早く取って作戦通りに3人合体技を放とうと闇パワーをそれぞれの利き腕に充填していく。そうしてタイミングを合わせてその力を開放した。


「真・断絶絶技……」


 3人が息を揃えて技名を言い終わる前に異界神はその身に宿る力を開放させていく。それは闇の使徒にとっては一番やっかいな攻撃だった。そう、それは光の力。

 異界神のその体から自然に溢れるまばゆいばかりの強い光の圧を浴びた使徒達はこれに耐えきれずにもがき苦しみ始める。


「うわあああ!」

「くうううう!」

「ぐはあああ!」


 有己も、龍炎も、芳樹までもが技の詠唱を途中で放棄して頭を抑えでしゃがみ込む。そうして異界神は得意げな顔で微動だにせずに使徒達を見下ろした。


「あなた達は確か闇の眷属でしたよね。そのまま溶けてしまいなさい」

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