第106話 修行の地へ その6

 この優子の態度については浅からぬ因縁のある有己も思うところがあったみたいで、私に向かって一方的に話しかける。


「あいつ、まだ俺達に敵対心を持っていそうだよな」


「そりゃ、だって、普通はそうだよ。昨日まで憎んでいて今日から仲良くしましょうってなっても、そう簡単に出来るものじゃないでしょ」


 私は彼女の心情を考えて弁明する。気持ちの切り替えなんて簡単に出来るものじゃない。昨日の敵を今日からは仲間としろって言われたら、私だってはいそうですかってスイッチみたいに切り替えられやしない。

 このやり取りを横で見ていた龍炎は、過去ではなく未来に目を向けた建設的な意見で私を励ましてくれた。


「でも、今からまた仲良くなれる機会がやってきたと思えばいいじゃないですか」


「そ、そう出来るといいんだけど」


 そのある意味優等生的な意見に、私は戸惑いながら返事を返す。彼は更に私に笑いかけると、優しい口調で言葉を続けた。


「親友だったんだったらきっと出来ますよ」


「そ、そうかな、はは……」


 龍炎に言われると、不思議とそう出来そうな気がしてくるから不思議だ。片や当事者のひとりでもある彼も、また彼なりの方法で私を慰める。


「まぁ気にすんなよ。元々お前が悪かった訳じゃねぇんだから」


「だ、だよね」


 滅多にそんな行動をしない有己の気遣いに若干戸惑いつつ、私は愛想笑いを返した。で、当の優子はと言うと、前を歩いて私達を案内してくれている。

 彼女、ここに来て長いのかな。私達と別れてすぐにここに来たのかな?聞きたい事はたくさんあるけれど、それはまたチャンスがあった時にしよう。

 私が頭の中で今後の事をシミュレーションしていると、優子は廊下の突き当りの部屋のドアを開ける。


「ここがあなた達の部屋。個室じゃないけど我慢してね」


「いや、部屋があるだけで有り難いですよ」


 誰にでも人当たりのいい龍炎が案内役の彼女にも優しく接していた。その対応に優子は少し戸惑っているように見える。やっぱり優しい使徒って言うの慣れていないんだろうな。

 どうやら彼女の役割はここまでだったみたいで、私達が部屋に入ると他に任されている仕事でもあるのかすぐに離脱してしまう。


「じゃ、私はこれで……」


「あっ」


 私は今からが話すチャンスだと思っていたから、逃げるように去っていく優子を呼び止められずに肩を落とした。この様子を見ていた龍炎がまたしても真摯な対応で私の心の負担を軽くしてくれる。


「しばらくはここにいるんです。チャンスはいくらでもありますよ」


「だ、だよね……」



 こうして私達はあてがわれた部屋でそれぞれが自由に羽を伸ばし始めた。芳樹はいきなりどかっと腰を下ろしてあぐらをかくと、何かの資料っぽい書類をじっくり見始めるし、龍炎はそんな彼の側に座ると一緒にその資料を眺めている。有己は有己でストレッチを始めているし……。何だか落ち着かないなぁ。


 私も何かしようと、とりあえず部屋の様子をじっくり眺めていると、そこにこの施設の責任者らしき立派そうな人が部屋にやってきた。


「今日は着いたばかりだと言う事で、ゆっくり休んで頂きたいと思います」


「お世話になります」


 そう返事を返したのは龍炎だ。こういい時はやっぱり彼の存在は頼りになる。有己なんてじろりと一瞥しただけだったもんね。責任者の人はそれぞれ自由にしている私達を軽く見回した後、ニッコリと満面の笑みを浮かべる。


「お腹、空いているでしょう?まずは食事にしましょう」


 このお誘いを受けた私達は全員が立ち上がると彼の案内で食堂へと向かう。道中で腹ペコマンの有己が何か色々と私に向かって話しかけてきたけれど、反応するのが面倒なので適当に相槌を打って左から右に流していた。

 食堂まではそんなに長い距離でもなく、数分も歩けば到着する。



 食堂ではいくらか並べられたテーブルの上には既に料理が並べられている。どうやらしっかり準備されていたようだ。このおもてなしに龍炎が声を上げる。


「おお、これは美味しそうです」


「本当だ!」


 私達は早速その料理の並ぶ席に向かって思い思いに着席すると、まずは手を合わせ、箸を掴む。


「いただきまーす!」


 目の前に並ぶ海の幸に山の幸はどれもこの施設で作ったものなのだろう、手作りの暖かさが見た目からも伝わってきた。早速その中のひとつをつまもうとしたところで、責任者が簡単に目の前の料理の説明をした。


「地元の食材で作ったものです、お口に合えばいいですが」


「食えれば何でもいいよ」


「有己……」


 さすがブレない腹ペコマンはここでも自分流を貫いていた。私はそんな彼に呆れて溜息をこぼしつつ、おもてなしの料理に舌鼓をうった。


「うんまうんま」


 私が語彙力をなくしながら料理を口に運んでいると、龍炎もまたこの料理の感想を口にする。


「素朴で力強い味ですね。うん、これはいい」


「ああ、うまいうまい」


 腹ペコマンは私と同じレベルの語彙力でひたすら口に食べ物を放り込んでいた。全く、もっと行儀よく食べられないものだろうか。食い散らかすとまではいかないとしても、ちょっと同じテーブルを囲みたくないって思えるほどに食事の仕方が豪快すぎる。

 私が眉をひそめていると、その隣で芳樹が何か不満そうな顔で箸を動かしていた。


「ふん……」


 何で彼が不機嫌なのか、その理由は分からなかったものの、結局みんな料理はきれいに平らげていた。考えたら今日はまともな食事ってとってなかった気がするから、普通にお腹空いてたんだよね。そりゃあしっかりきれいに食べるってものだよ、私も含めて。


「ふー、まんぷくぷー」


「食事の後はお風呂もどうぞ。時間帯が決まってますので守ってくださいね」


 夕食を食べ終えて満足していると、今度は入浴の案内をされる。ハンター本部では男風呂と女風呂が分かれていたけど、ここはどうなんだろうな。ひとつのお風呂を時間で分けていたなら時間厳守なのも分かる気がする。本部のお風呂は特にそう言う決まりはなかった気がするな。


 ああ、何か本部にいた頃がすごく昔のような気がするよ。つい最近の話のはずなのに。

 と、ここで私は背伸びをしながら独り言をつぶやいた。


「お風呂かー、いいね」


「女性は先に入るみたいですし、ゆっくり旅の疲れを癒やしてくださいね」


 龍炎の言葉通り、どうやらここのお風呂、女性が先に入り、男性が後から入るようになっているようだ。時計を確認すると、もう入っていい時間帯にさしかかっている。善は急げとばかりに私はすぐに着替えとかの準備をしてお風呂場へと向かった。

 施設のお風呂場も結構分かりやすい位置にあって、割とすぐに行き当たる。初めて入る場所だからと少し遠慮しながら扉を開けると、タイミングが良かったのか先客は誰もいない状況。


 私は急に緊張の糸が解れてぱっぱと着ている服を脱ぐと浴室に入る。施設の浴室は少し大きめの旅館の大浴場みたいな感じになっていて、何となく親しみやすい雰囲気だった。掃除もきれいに行き届いていてとても気持ちがいい。

 私はすぐに体を洗うと、誰もいない貸切状態の浴槽に浸かった。

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