第105話 修行の地へ その5
駐車場に車を停めて大樹は運転席からくるっと振り返る。そうして後部座席に向かってかっこつけながら宣言した。
「お客さん、着きましたぜ」
「ああ、有難う」
車での移動はここで終了と言う事で、芳樹がドライバーを労った。その流れでさっき目が覚めたマンがまだ眠りこけている私の肩を揺さぶる。
「しおり、着いたぞ」
「あ、ちょ」
強引に起こそうとするその仕草にずっと見守っていた龍炎が思わず口を出した。どうやらその行為を止めようとしたらしい。
けれど私は外部からの刺激を受けてすぐに夢から覚めてしまった。
「ほえ……」
「ああ、起きてしまいましたか」
目をこする私の側で龍炎からのがっかりした声が届く。まだ意識が混濁する中、私が目をこすっていると、有己が他の使徒からじろりと視線で責められていて、動揺したのか不自然に目を泳がせていた。
「な、何だよ、俺が悪かったのか?」
「いえ、そう言う訳ではないのですが……」
龍炎は何も知らない彼に対して、言葉上は責めはしなかった。
しかし、その歯切れの悪い言葉から色々と察して有己は自分のした行動を反省する。段々と意識のはっきりしてきた私は、車が止まっている事に気付いて現状を確認するために龍炎に声をかけた。
「ここ、どこですか?」
「ここは目的地の駐車場です。最終調整施設、通称、導きの家。ま、名前は今私が適当につけたんですけど……」
最終調整施設だなんて、何だか本当に最後のイベントに突入したって感じがするよ。導きの家って何だか意味深な名前だなぁ。
説明を受けた私はすぐに車の窓からその建物を確認しようとするものの、既に日が暮れて真夜中だったために暗くて該当する建物もハッキリとは分からなかった。遠くに明かりが見えるあの場所がそうなのだろうか。
私が窓にへばりついていると、龍炎が今後の予定について話し始める。
「今日からしばらくそこで寝泊まりするんですよ」
「ええっ?!」
この突然の宣言に何も聞かされていなかった私は声を上げる。私以外の誰も驚いていなかった事から考えて、使徒のみんなは既に知っていたんだよね。何でいつも私だけ仲間外れなんだろう。ちょっと寂しい。秘密にする意味なんてないと思うのにな。
メンバー全員が起きたと言う事で、次の行動に移るために私達は車を降りる。運転手の大樹とはここでお別れだ。彼は次の段階に進む私達を車を降りて見送りながら、別れの挨拶を口にする。
「それじゃ、俺が案内出来るのはここまでだ。みんな、頑張ってな」
みんな無言で先に先に進んでいたけれど、私はこの挨拶を無視出来なくて今までのお礼も込めて挨拶と一緒にペコリと頭を下げた。
「大樹さん、運転有難うございました。お元気で」
「しおりちゃんも……まぁ、これから色々あると思うけど、どうか俺達の仲間を信じてやってな」
「はい、有難うございます」
こうして挨拶も終わり、私もまたその施設に向けて足を進める。ふと振り返ると、駐車場に設置された外灯に照らされて私達が乗ってきた車はまだそこに止まっていた。多分ずっと大樹さんが見送ってくれているのだろう。
そう考えると胸の奥から込み上がってくるものがあって私は指でまぶたをこする。うう、湿っぽいのは苦手だよお。
車から離れて意識を前方に向けると、すぐにその場所は近付いてくる。暗いから正確なところは分からないけれど、目的地までは距離にして残り数百メートルと言ったところだろうか。まだ何も聞かされていない私は改めて今向かっている施設についての質問をする。
「そもそもあそこは何なんですか?」
「あそこはですね、元々ハンターの出雲支部だったところなんですよ」
「え、そうなんですか」
私の質問には龍炎が答えてくれた。ハンターって本当に日本各地に散らばっていたんだねえ。その豆知識的な情報に私が普通に感心していると、まだ言い足りない事があったのか彼は更に言葉を続ける。
「しおりさんが寝ている間に色々と相談しまして、ここを使わせて貰う事になりました」
「じゃあ、ハンターの人は今もあの中に?」
「そうですね。これからお世話になる事になります」
龍炎はそう言って私に笑いかける。それにしても私が寝ている間っていつの事なんだろう?さっきの車中――って事はないよね、流石に直近すぎるし。
じゃあ船の中?それともそれ以前から?考えたら岡山に来るまでの新幹線でも寝ちゃってるし、私って結構眠ってるなあ。もうちょっと緊張感を持たないとかな。
そんな会話をしながら歩いていると、私達はかなり施設に近付いてきた。初めてくる場所、しかも元ハンターの施設。この事だけで私の鼓動はいつもの倍以上の仕事をし始めた気がした。お、落ち着け私。
「うわ、何だか緊張してきた」
「はは、大丈夫ですよ。もうハンターとは仲間なんですから」
私の身を気遣って龍炎は優しく微笑む。この笑顔のおかげで私は少しだけ平常心を取り戻せた。もっとしっかり心を落ち着かせようと深呼吸をしていると、先行していた有己が一旦施設に入ったのにまた外に顔を出て私に手招きをする。
「おーい、早く来いよー」
「全く、有己は何も変わらないなー」
私は苦笑いを浮かべながらその言葉に応えて少し駆け足で彼のもとに赴く。ついに施設に辿り着いた私が暗闇の中で建物をもっと見ようと見上げたりしていると、この行動に業を煮やした有己が声を荒げた。
「早く来いって」
「今更なんでそんなに急かすのよ!」
この時は何故彼がそんな言動をするのか全く見当がつかず、ただ憤慨するだけだった。
けれど、次の瞬間に施設から出てきた見覚えのある顔を見て、私は全てを理解する。
「ひ、久しぶり……」
「えっ?」
何とそこに現れたのはかつての私の親友、優子だったのだ。彼女はバツが悪いのか、私と顔を合わそうともしない。私としても、もう二度と会う事はないだろうと思っていたから、ここでのまさかの再会に言葉が出なかった。そっか、有己は私達2人を早く合わせたかったんだな。
そんな彼はニヤニヤとにやけながら私の顔を見つめる。
「な、びっくりしただろ?」
「お知り合いですか?」
優子との関係を知らない龍炎が話しかけてきた。ここで変に誤魔化すのも違うと思った私は、彼女との関係を簡潔に表現する。
「う、うん。元親友……」
今はもうこの説明だけでいいと思う。施設から出てきたその元親友は私に向かってぶっきらぼうに言い放った。
「そんなとこ突っ立ってないで、早く中に入りなさいよ」
「う、うん……」
何だか急かされているみたいに感じた私は急いで建物の中に入った。私達のこの様子を見た優しい使徒は空気を察してくれたようで、こっそりと耳打ちをするようにつぶやいた。
「何やら色々あったみたいですね」
「……」
私は彼の心遣いにうまく返事を返せないでいた。
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