第99話 封印の真実 その5

「い、痛いとかはないですよね」


「痛みを感じる事はありません。儀式の間で私が祈りを捧げるだけですので」


「そ、そうなんですか」


 物理的な行為が何もないと聞いて私は胸をなでおろす。ただ、祈りを捧げた程度でパワーアップ出来るだなんてそんなお手軽な事が現実に起こるだろうかと今度は儀式自体に対して疑いを持ち始めてしまった。

 それをするしかないとは言え、こんな気持ちでいいんだろうか?私がぎこちない表情を浮かべ一歩も動けないでいると、この様子を見ていてイライラしたのか有己が突然声を荒げた。


「もう迷うなよ、行けばいいんだよ!」


「有己、もっと優しく言ってあげてください」


「何だよ龍炎、そんなまどろっこしい……」


 使徒2人のそんなグダグダなやり取りを聞いた私は心の中で何かが吹っ切れる。そうだ、私はひとりじゃないんだった。


「分かった!」


 この突然の宣言に、さっきまで言い争っていた2人の使徒は驚いて私の顔を見上げる。


「お、おう……」


「しおりさん……」


 その眼差しは態度の違いこそあれ、私を心配しているからに他ならない。それが分かった時点で私の中に不安はなくなっていた。2人から勇気をもらって私は一歩大きく踏み出す事を決意する。うん、大丈夫。だって私にはこんな頼もしい仲間達がいるんだもの。


「じゃあ、行くから!……聖光さん、よろしくお願いします」


「はい。では参りましょうか」


 彼は私が動き出すまでずっと待っていてくれた。こう言うところは薄情な使徒とは違うよね。歩き出した聖光を見失わないように私は急いでついていく。

 どうかこれから行われる儀式とやらで、自分の身にとんでもない事が起こりませんようにと願いながら……。


 私達が去った後、使徒だけが残ったその部屋では有己と龍炎が肩の力を抜いてリラックスしていた。


「行ったな」


「後は2人に任せましょう」



 先行する聖光と並んで歩きながら、私はこの屋敷について感じた事を口にする。


「ここって、本当に広いですよね」


「ええ。先代からは天上界の光の神の神殿の10分の1の大きさだと聞いています」


「え……これで10分の1ですか……」


 その衝撃の事実に私は言葉を失う。本殿の広さは郊外の大型ショッピングモールの敷地くらいの広さがある。パッと見の感想だから、実際はもっと大きいのかも知れない。よく大きさの表現でドームいくつ分って表現するけど、私はドームの大きさを知らないので、具体的にドーム単位での大きさの表現は出来ない。


 まあ、そんな広いお屋敷ですら天上界の神殿の10分の1ぽっちの広さしかないって事だ。海外の宮殿とかが結構馬鹿でかいらしいけど、ああ言うレベルの広さなのかな?何にせよ、天上界の建物の規模なんて全然想像もつかない。

 私が唖然としていると、彼はくすっと軽く笑った。 


「時間も空間も制約のない神界の話ですから」


 建物の広さの話題が終わって、またしばらく沈黙の時間は続く。ずっと黙っているのも空気が重くて耐えられなかったのでまた私から話しかけた。


「あの、聖光さんが闇神様の意識を開放したのって……」


「ええ、もうお気付きの事かと思いますが、あなたに出会ってもらうためでした」


 聖光はそう言って、歩きながら私の顔をじっと眺めてきた。整えられた美形に見つめられると、今までにそんな経験のない私は平常心じゃいられなくなりそうだ。話が半分も頭に入ってこない中、取り敢えず理解出来ている範疇で考えをまとめ、私は返事を返した。


「私ってそんなにすごいんですか?」


「はい」


「まだ全然信じられないんですけど……」


 彼はニコニコと笑って私を見つめている。どうやら自分の言葉に絶対の自信があるようだ。その自信に満ちた表情をどうにか変えてみたいと言葉を尽くしてみるものの、まるでお釈迦様の手の上の孫悟空のようにどんな言葉を投げてみても全て涼しい顔で受け取られて鮮やかに返されてしまう。

 最後には、本当に私にそんな力が眠っているんじゃないかって気になってしまっていた。


 そう言えば、口がうまいのって宗教やっている人の必須条件か何かだったりするのかな。詐欺師と宗教家って紙一重な気がする。とは言え、目の前のおじさんはそんなレベルの人じゃないけど。

 色々言われて、それでもまだ100%の納得は出来ないまま、そんな表情を私が浮かべていると更に言葉は続いた。


「仕方ありませんよ、今まではその自覚がなかったのですから」


「当然、聖光さんはその私の……因縁?を御存知なんですよね?」


「はい」


 私に秘められたその縁って何なんだろう?霊統って言うのはどう言うものなのだろう?聞きたい事が次々に頭に浮かんできて、それを口にしようと唇を動かしかけたところで、私達の短くもない移動時間は終わっていた。


「ここが儀式の間になります。長く歩かせてしまい申し訳ありませんでした」


「いえ、そんな……。それにしても、とてもシンプルなんですね」


「神様はシンプルを好むんです」


 辿り着いた部屋は何もない部屋だった。本当に何もない。例えるなら引っ越してすぐの部屋みたい。床には一面の畳と後は壁。広さはどのくらいだろう?

 そんなに広くはない、そう、この本殿の広さに比べたら。あ、畳の数を数えたらいいのか。ひい、ふう、みい……20畳くらいかな?多分それくらい。

 私達は部屋に入るとずんずんと歩いて真ん中まで来る。そこまで来たところで聖光はどこからか座布団を取り出して私の目の前に置いた。


「そこに座ってください、それだけでいいです。後は私が全て行いますので」


「は、はい……」


 私は言われるがままにその座布団に座ると、する事もないのでじいっと彼の方を見る。儀式って一体どう言う事をするんだろう。

 眺めていると聖光はまず両手を広げ、次に意味ありげにくるくると回し始めた。そうして勢いに乗って足も動かし始める。その動きは優雅な舞のようで、私は素直に見とれてしまった。


「かけまくも畏き……」


 舞を舞いながら彼が何かを唱え始める。魔法の呪文?じゃないな、これは確か神様に捧げる言葉で――そう、祝詞、祝詞だ。流石神職、その祝詞は舞と同じくどこか優雅で私の耳に心地よく響く。

 聞いているとまるで子守唄のようにも感じられて、気がつくと私は――。


(あれ?)


 そう、さっきまで儀式の間にいたはずなのにいつの間にか私は広大な闇の中心にいた。意味が分からないけれど、多分私は今夢を見ているのだろう。舞と祝詞の相乗効果で催眠状態になってしまった、多分そんなところではないかと思う。そしてきっとこれが儀式の効果であり、目的そのものなんだろう。

 自分の周りの闇をよく見ると、小さな光が無数に輝いているのが分かった。と、言う事はここはただの闇ではない。


(ここは……宇宙?)


(しおりよ……)


(闇神様!久しぶり!)


 ハンターの本拠地以来の闇神様の声に私の胸は弾んだ。今のこの状況も闇神様なら知っているはずだ。だって聖光もそう言っていたし。

 私はすぐに頭に浮かんだ様々な疑問について優先順位をつけ始める。


(ついにここまで来たのだな)


(え?あー、うん)


 何か言う前に向こうの方から話しかけられてしまい私は困惑した。そのせいで質問しようと思っていた事が頭の中からスポーンと抜け落ちてしまう。

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