第38話 闇の道ドライブ その4
「みんなは眠くならなかったの」
「ならないよ、俺らは使徒だぞ」
「そっか。やっぱ違うんだね」
見た目が人間に見えても彼らは使徒、やはり人間とは感覚が違うらしい。食後に眠くならないなんてちょっと羨ましいな。私が使徒の生態に関心していると、前を見ていた龍炎がその微笑みのまま自然に振り返って私に声をかけて来た。
「お目覚めはいかがですか?そろそろ心の準備をしておいてくださいね」
心の準備――そうか、またさっきみたいに空中で闇の道の出口が開くんだ。今度もまた彼にお姫様抱っこされちゃうのかな。あれはちょっと恥ずかしいけど、ちょっと嬉しくもあった。了解の証に私も龍炎に声をかける。
「う、うん、分かった。でもどうかお手柔らかに……」
「はい、お任せくだい」
私の返事を受けて彼は満面の笑みを浮かべる。この顔を見ると不思議と安心出来ちゃうな。やがて乗り物眷属は目的地に着いたのか動きを止める。
ここからはいよいよ本当の目的の使徒探しが始まる事になる。私はつばをごくりと飲み込んで、改めて外の世界に出る覚悟を決める。
「行くぞ!」
「キャアア!」
闇の世界から飛び出すと今度はお昼の時とは比べ物にならない高さが私達を待ち受けていた。外はもう暗くて感覚がよく分からないけど、多分高度30mは下らない気がする。落下時の風圧を受けて私は一瞬気が遠くなった。
しかしそこは流石龍炎。お昼の時と同じように優しく私をお姫様抱っこするとそのまま優雅に地上に降下していく。使徒の能力故なのか落下のスピードは物理法則を無視した緩やかさでゆっくりふわふわと地上に向けて降りていく。
「ま、こうなるわな」
先に地上に着地した有己はお姫様抱っこのまま着地する龍炎を見て労いの言葉を投げかける。
「お前も大変だな」
「約得ですよ?」
彼は有己の皮肉を華麗に交わし、そのまましばらく私を抱きかかえていた。その状態に気付いた私は思わず彼に声をかける。
「あの……」
「失礼しました、お姫様」
恥ずかしがっている私の気持ちに気付いたからか、彼は私が声をかけてすぐに下ろしてくれた。その仕草もとてもエレガントでまさに紳士そのものだった。
ほ、惚れてまうやろー。
で、気持ちが落ち着いたところで改めて周りをよく見ると辺りはもうすっかり夜になっていた。昼に途中下車したときが2時位だったから後半戦で費やした時間は3時間どころじゃなく5時間はかかっていたのだろう。有己は周囲をキョロキョロと見渡して感想を口にする。
「もうすっかり夜だな。ある意味都合がいい」
「ここ、どこなの?」
「分かりませんが、星がとても美しいので環境は良いみたいですね」
2人共ここがどこなのか全く把握していないみたいだった。考えたらそう言うのを深く気にするのは私が人間だからなのかも知れない。使徒にとってはここがどこかって言うのはそこまで重要な事じゃないんだ。彼らがそう言う認識なら私も深く追求するのは止そうと考えを改めた。
それはそれとしてこの時ふと悪い予感が過ぎった私はそれについて彼らに質問する。
「ねぇ、もしかしてだけど……」
「ん?」
「ここから先は歩きで使徒を?」
「ま、そうなるわな」
残念ながら私は悪い予感はピタリと当たってしまった。脳裏に龍炎を探していた時の悪夢が蘇る。またあんな事を繰り返さないといけないと思うと私は一気に気が滅入るのだった。
「なんで~?もう!携帯とかで連絡出来たら楽なのに」
「機械の力を使わなくても私なら直接交信出来ます」
「交信……連絡手段だけじゃなくて色々便利なんだよ。現代社会の必需品だよ」
ここに至って、急に使徒との会話が微妙に噛み合わない。今更携帯って言う現代の便利グッズの使用を警戒するなんておかしいよ!
この抗議に対しては龍炎がなんかそれっぽい事を言って説明してくれた。
「でも通信機器は常にデータ流出の危険性があるんです」
うーん、完璧紳士の龍炎がそう言うならそんなものなのかなぁ。常に命を狙われている使徒はその危険性が少しでもあるものは使えないのかも……。
私がその答えに何となく納得していると、便乗して有己が言葉を続ける。
「何でも便利になればいいってものじゃないんだよ」
「まあ!流石龍炎さんを探すのに私をいちいち振り回してくれた有己さんの発言は重みが違いますね」
「あ?喧嘩売ってるのか?」
ああ、売り言葉に買い言葉になっちゃった。本当は喧嘩とかしたくないんだけど、私にあそこまでの苦労をさせておいてそんな態度を取られたんじゃ皮肉のひとつや2つ言ってもバチは当たらないと思うんだよね……。
と、そんな私達の険悪な雰囲気を止める一言を突然龍炎が叫ぶ。
「2人共そこまで!何か変ですよ……」
「えっ?」
「まさか情報が漏れるとは考え辛いのですが……」
この意味深な一言を受けた有己は一瞬で真面目な顔になって彼にその真意を尋ねる。
「罠か?」
「可能性は……あります。まだ確定事項じゃありませんが」
そんな2人のやり取りを聞いて何だか場がきな臭い雰囲気になった気がした私は急に怖くなって思わす言葉を漏らす。
「ちょ、やめてよ、怖いよ」
「お前は俺達が守るから安心しなって」
怖がる私に有己はやさしく声をかける。普段はともかく、こう言う時の彼は本当に心強いから困る。
そうして使徒の2人が警戒する中、彼らの恐れていた事態が正面から堂々とやって来たのだった。
「ふふ、確かに情報通りでした」
「お前はっ?」
私達の前に現れたのはどう見ても一般人じゃない方々だった。使徒に用事のある人間なんてハンターしかいない訳で、事実、彼らは私達を闇神関係者だと知ってやって来た屈強な戦士達だった。
「もう逃げられませんよ。あなた方がどれだけ強くともこちらは専任の精鋭が5人揃っています」
「さっきの情報とは何の事だ?」
有己はさっきからメインで喋っている代表っぽい男にその言葉の真相を尋ねる。彼はいやらしくにやりと笑うと口を開いた。
「それを答える事は出来ません。守秘義務がありますので」
「まずいですよ……どうやら囲まれています」
「ああ、ここまで近付かれちゃ俺にだってはっきりと分かる。くそっ!一体どう言う事なんだ」
感知能力に長けた龍炎によれば、この夜の暗闇の中、私達の周囲を取り囲むように総勢5人の専任ハンターがここに集まっているらしい。数だけで言えば圧倒的に不利な中、それでも2人の表情に焦りとか恐怖の顔は見えていなかった。
それはこの状況でも戦いに勝てると言う自信の表れなのだろうと私は勝手に推測していた。そう思えばこそこんな状況でも心に余裕が生まれる訳で――私は声を震わせながら2人に声をかける。
「た、戦いはお2人に任せますので……私は……」
下手に動くと何が起こるか分からないと踏んだ私は頭を押さえながらとっさにその場にしゃがみこんだ。たとえそれが意味のない行為だったとしてもこうする以外に何をしていいのか分からなかったのだ。
私が必死の防御態勢を取る中で、当の使徒2人はこの状況で軽口を叩き合っていた。
「もう逃げられないのなら腹をくくるしかないな」
「そのようですね」
使徒の2人が戦闘態勢を取る中で、ハンター達もゆっくりと使徒包囲網を縮めていく。一触即発の緊張感は徐々に膨れ上がっていった。
「ふふ、それでは使徒退治の始まりです……」
私達、3人目の使徒を探す為に折角ここまで身を隠して上手くやって来たのに、どうして最後の最後でこうなっちゃったんだろう。ハンターにバレない旅って事でそれを信じていたのに。
相手はハンターの中でも指折りの5人、絶対楽に勝たしてはくれないよ。こんな精鋭が集まるって事は絶対事前に情報が漏れてる!一体どう言う事なの?
もう分からない事てんこ盛りだけど、どうにかこの場をうまく乗り切れますように――。私はしゃがみ込みながら何かに強くそう願っていた。
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