第19話 鏡の中の迷路 中編

 ここまで探して手がかりが何ひとつ見つからないって事で有己は最悪な想像をし始める。コイツってこんなに見切りが早かったっけ?

 ここでネガティブになられても困るので、どうにか元気付けようと私は彼を励ました。


「悪い想像はよしましょ。まだ探すのも始めたばかりだし」


「もう一度振り出しからだなぁ」


 結局、近場はあらかた歩き回ったので、また最初の街に戻って捜索をやり直すと言う事になった。それから運ばれた料理を食べた私達は食後の休憩も余り取らずにすぐにまた電車に飛び乗った。暗くなるまでに出来るだけ捜索を進めなくちゃね。


 そうして最初に探し始めた街へと私達は戻って来た。さて、捜索再開だ。


「今度はこっち側を重点的に探してみよっか」


 朝にある程度捜索していたので、必然的に新しく捜索するルートは朝辿っていなかったエリアになる。そのルートは少しアングラな雰囲気の漂うちょい怪しげルートではあったものの、まだ時間も昼を過ぎた辺りだし、問題なかろうと言う事で最大限に警戒しながら歩いていった。


 違う道を歩けばすぐに手がかりが見つかる――なんてお手軽な展開が待ってるはずもなく、私達はまだ無駄に歩いて時間を消費していた。

 これはまた不発だなあと思いながら歩いていると、有己が急に何かに気付いて立ち止まり右手を上げて後ろを歩く私を制止した。


「ちょっと待て、何か様子がおかしい」


「え?」


 有己はそう言ったけど、私にはその違和感がよく分からなかった。ただ、いきなり意味ありげな行動をされたせいで、急に不安になってしまった。

 彼は辺りをキョロキョロ見渡して、現場の感覚を念入りに確認している。もしかしてこれって――敵の罠?


「どこだここ?……しまった!」


「何?よく分からない」


「くそっ、いつから……」


 有己は私に一言も説明せずに自分ひとりで自己完結していた。その様子は傍から見たらまるで立派にこじらせた中二病患者だ。最初こそ私も混乱していたものの、一向に説明責任を果たさない彼に段々イライラして来て、ついにその堪忍袋の尾は切れた。


「いいから、何があったか教えてよ!」


「よく見ろ、この不自然な景観を」


 有己はそう言って、少しオーバーリアクション気味に振り返って何かを訴えるような手つきをした。


「え……?あっ」


 彼にそう指摘されて私は改めて周りを見渡した。最初は全然違和感を感じなかったものの、言われてみれば何だか少し変な感じがする。具体的にこうってはっきりとは言えないんだけど、何て言うのかな――例えるなら遊園地によくあるミラーワールドに迷い込んだみたいな――。


 私が違和感に気付いた事を理解したのを確認した有己は、その原因を推理して私に話した。


「恐らくハンター側の罠だ」


「すぐに戻ろうよ!今なら」


 私は怖くなって撤退を訴えた。これが彼の推理通りだとしたら、今までとパターンが全く違う。こんな状況で戦うだなんてこちら側に不利過ぎる。

 私の言葉を受けた有己はしかし、間髪入れずに自分の意見を述べた。


「いや、多分手遅れだ、もう進むしかない」


「ちゃ、ちゃんと守ってよね!」


 彼の言う通りに手遅れなのだとしたらもう立ち向かうしかない。

 でも私にはハンターに立ち向かう手段がない。有己にしっかり守ってもらわないと。


「しかし恐ろしいくらい静かだな……俺達が油断するのを待っているのか?」


 私達が敵の罠に気付いて10分?それとも20分?とにかくまぁまぁ長い時間が過ぎた。正確な時間は確認すれば分かるんだろうけど、こんな特殊な状況だけに私は時計を見る余裕すらなかった。だから本当は数分しか経っていないのかも知れない。


 緊張感で精神が疲弊していく中、私はこのピンチも考えようによってはチャンスなのかもと思えてきた。


「あ、で、でも、これでもしピンチになったらまた……」


「不確定要素に頼るのは愚の骨頂だぞ」


「あ、うん……。あてにしていて、そうならなかったらショックだもんね」


 ピンチになればまたどこからか眷属が助けに来てくれて、そのまま使徒の事も分かるんじゃないかと思ったけど、言われてみればもしそれでその望みが外れたら大変な事にもなりかねない。

 有己は私よりもっと冷静に状況を分析している。今は彼の指示に従った方がいいのかも。ハンターとの戦いの経験もあるし。


「分かればいい」


 反省する私の言葉を聞いて有己は一言そう言った。

 その後もしばらく様子見で待機していたものの、その間、敵の動きが全くありそうになかったので、私達は周りを最大限に警戒しながら取り敢えず目の前の道を進んでみる事にする。

 歩いてみると道は不思議な繋がり方をしていて、歩き続けるといつの間にか元の場所に戻って来ていた。何度別の道を選んでも歩いても結果は同じだった。


「あ~もう。散々歩いて疲れてるのに~」


「敵の目的はそれなんだよ」


 有己が言うには敵の作戦は私達を無駄に歩かせて体力を奪い切ってから、満を持して姿を表し攻撃をするものだろうと。うわあ、何て姑息なの。

 迷路のようなループする道を歩き続けて、疲れ果てた私はしんどくなって有己に提案をする。


「ちょっと休もうよ、どうせ何も起きそうにないし」


「お前はそこに座ってろよ。俺はいい。これがハンターの罠なら油断は禁物だ」


 有己はやる気満々だ。いやあ、元気があるのはいい事ですわ。私は彼の言葉に甘えてその場に座り込む。辺りを警戒する彼を見ながら、私はひとりつぶやいた。


「流石使徒様は疲れ知らずだねぇ」


「人間とは出来が違うからな」


 有己は私の言葉を何ひとつ疑う事なく素直に受け入れていた。私は溜息をひとつつくと、このミラーワルドの中の空をぼうっと眺めていた。ずっと見ているのに雲ひとつ動いていない。私はこんな事が出来るハンターの能力にちょっとだけ感心していた。


「でもハンターってすごいね、こんな事も出来ちゃうなんて」


「催眠系なら俺達は本当はどこかに倒れ込んでいて、同じ夢を見せられているだけなのかもな」


 有己のこの言葉を聞いて私は忍者漫画でよく見かける幻術系の技を思い出した。もしかして今ハンターが仕掛けている技も同じ系統のものなのかも知れない。私達は起きて夢を見せられらている……って言うのもよく考えたら怖い光景だね。


「夢ならば何でもありだもんねぇ」


「だが、もしそうなら俺達の体は倒れたままどこかに連れ去られて、困った事になっているのかも」


 私の言葉に対して有己はまた背筋が凍る様な事を言い始めた。どこかに連れ去られる……もしかしたら私たちは既にハンターに捕まっていて気がつくと脱出不可能な牢屋に閉じ込められていて――それから闇神様を宿した私はそのまま手術台に送られて――うわあああ!


「ちょ、怖い事言わないでよ!」


「冗談だよ、人間用の睡眠の罠に使徒が引っかかる訳ないだろ?」


 こんな状況で冗談を言えるその神経が羨ましいよ。真面目な顔をして話すから、こっちもころっと騙されちゃったじゃないのよ。

 でも本当にそうなのかな?有己がハンターの罠にかかっていないってどうして言えるのかな?

 私は何もかもが疑心暗鬼になってしまって、その感情を有己にぶつけていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る