鏡の中の迷路

第18話 鏡の中の迷路 前編

 と、言う訳で電車に揺られながら2人だけの旅が始まった。私としては出来るだけ早く目的を果たして、出来ればこの旅も日帰り旅行にしたいところなんだけど、実際のところ、どうなる事やら。学校サボってる手前、長くなったら自動的にテストの点がヤバイ。ああ、どうかこの旅が長引きませんように。


「何だかドキドキする……」


「流石に日中はハンターも襲って来ないだろうから気を楽にしていろよ……もぐ」


 私がこんなに緊張しているのに有己は全く緊張感の欠片もなかった。って言うか朝からずっとパンを食べてるし。全く、いい気なものだわ。

 私はそんな呑気そうな有己を見ながらため息ついでに口を開いた。


「あんた、結局普段も腹ペコマンなんだ」


「お腹すくんだから仕方ないだろ……」


「別にいいけど」


 そんな2人を乗せた電車は時刻表通りに目的の駅についた。何度も駅名を確認して私達は電車を降りる。さて、冒険の始まりだ。駅を出ると早速強い陽射しが私達を襲う。ああ、帽子を用意して来れば良かった。失敗したなぁ。


 早速軽く街を見渡してみたけど、特に何も感じない。見た目普通の市街地のようだけど、本当にここに使徒がいるのだろうか。


「まずはこの街だね……で、確信はあるの?」


「正直言うと、全くない……むぐ」


 私の質問に有己は全く悪びれもせずにそう答えた。ああ、こりゃ先は長そうだ……。私は今日何度目かのため息をまたしてもつく羽目になった。

 でもここで落胆していても仕方がない。私は気を取り直して今日のプランを詰める事にした。


「何それ……まぁいいわ、まずはどうやって探そう?」


「適当に歩き回るしかないな。人に聞いて答えてくれるようなものでもないし」


 何と言う行き当たりばったりな……。前から思っていたんだけど、闇神の使徒ってこんなのばっかりなんだろうか?計画性とか全然ない。適当に歩き回って本当に使徒が見つかるのならこんな楽な話はないけど。


「使徒同士って仲間が近くにいたら分かるもんなの?」


「あ、ああ、分かるぞ……。相手が心を拒絶していない限りは……もぐ」


「もし拒絶していたら?」


「ちょっと難しいかもな」


 この有己の話を聞いて思ったんだけど、最初の前提からおかしいんじゃないの。龍炎って使徒は心を閉ざしているって話なのに、その点が考慮に入ってないなんて……。もしかして、彼は実は本気で探す気はないんじゃないの?


「えっと、確か龍炎って使徒は用心深いんだったよね……?」


「そうだな……もぐ」


 私のこの突っ込みに有己は平然とした顔で答える。さっきからずっともぐもぐとパンを食べながら。緊張感ないなぁ、もう。私はさっきからの彼のその態度がちょっと耐えられなくなって感情を爆発させた。


「じゃあ最悪じゃん!」


「前にそいつの眷属が助けに入っただろ!完全に拒絶はしてねーよ!」


 有己が余裕だったのは前に助けてくれた事実があったかららしい。確かにあの時は助けてくれたけど、あれはものすごいピンチだったからじゃないの?

 今のこの特にピンチでもない状態でこっちの動きに合わせて顔を出してくれるかって言ったら――望みは薄いよね、普通に考えて。


「でも連絡とかは取れてないんでしょ?」


「何だよ……とにかく動いてみないと始まらないだろ?……むぐ」


 有己はパンを食べながら正論を言った。まぁ、ここで立ち止まって愚痴愚痴言っても仕方ないか。動けば何か分かるかも知れないしね。有己の言う事も最もだ、うん。私は気を取り直して彼に声をかけた。


「だよね、歩くか。あてもないけど」


「あてもない事もないぞ、あいつの好みは知ってる」


 私の皮肉を素直に受け取ったのか、有己はそう言って私に道を指差した。彼の指さした方向にその龍炎がいるって事なのかしら?今のところ手がかりなんて何ひとつない訳だし、ここは素直に従うとしますか。


「じゃあお任せしますよ。でもあんまり危険な所には連れていかないでね」


「どんな場所に行っても俺が守るから安心しな……もぐ」


 有己はそう言いながらまた新しいパンをかばんから取り出してぱくついていた。その姿を見る限りは今イチ信用出来ない。や、今までの実績から言って彼のその言葉に嘘はないんだろうけど。って言うかあのカバン、どれだけパンが入ってるんだろ?朝からずっとパンを食べっぱなしなのにカバンの中身が減ったように全然見えない。使徒仕様の特別製か、あれは。


 それから私達は有己の言うままにアチラコチラへと歩き回った。変な裏道に入ったり、行き止まりだったり。そのルートはどう考えても行き当たりばったりだった。

 まるで目的地を言葉だけで説明されて永遠に辿り着けないような、そんな不安定な状態は恐ろしく精神力を疲弊させていた。

 1時間ほどそうやって歩き続けた私は、流石に前を歩く彼に対して一言口文句を言った。


「見つからないねー。分かるのは有己だけなんだからしっかりしてよね」


「俺はちゃんとやってるって」


 きっと有己も悪気があって街をぐるぐる回っているのではないんだろう。ただその予想がことごとく外れているだけで。あてのない私もあまり強く言えない手前、他愛もない助言を彼にするので精一杯だった。


「でもどうする?まだ行ってない場所を探す?」


「この街にはいないのかもな……むぐ」


 流石の有己も歩き疲れたのか見切りをつけたのか、この街には使徒はいないと判断していた。まだ歩いていない場所がない訳じゃないけど、そう判断したならすぐに行動を移した方がいいね。街を歩き回るこの方法をずっと続ける気なら明るい内に進めないと。夜は危なくて無理だから。


「じゃあ移動しよっか」


 それから私達は有己が何かを感じるその感性のままに色んな街をとにかく歩き続けた。もっと効率の良い探し方は出来ないもんかと思ったけど、彼によればそんな方法はないらしい。これじゃまるで地道に捜査を続けるいぶし銀の刑事みたいだよ。


 気が付くとお昼も過ぎて、ずっと歩き続けた私は足が痛くなっていた。万歩計をつけていたらどれだけすごい数字になっている事だろう。お腹のすいた私は歩きながら食堂を探して、そこで目に飛び込んできたファミレスに入る事にした。朝から常に何かを口にしていたはずの有己も同行する。

 メニューから定番のハンバーグ定食を注文して料理が届く間、私は取り敢えず今日の感想を口にした。


「ふー、足が棒になったねぇ」


「おかしいな、あの時眷属が助けに入ったくらいだからそんなに遠くにはいないはずなのに」


 朝からずっと何かしら口に入れていた有己もまた私と同じものを注文していた。本当に彼の胃袋はブラックホールだ。

 それはそれとしてこの彼の言葉を聞いて私はふと浮かんだ疑問を口にする。


「眷属って使徒から離れられないものなの?」


「単独行動出来ない訳じゃないけど、その行動の判断は常に使徒がするからな」


 なるほど、と、言う事はやっぱり眷属がいる所の近くに使徒はいるって事か。となると、やっぱりこの近くにいるって事に……。

 私は腕を組みながら使徒がいる場所を簡単に推理してみた。


「うーん、眷属は勝手に行動は出来ないのかぁ。じゃあ連絡をすぐ取れる距離にいるはずだよね」


「だけどこうも見つからないんじゃ……まさかあいつ、もう……」

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