第17話 旅立ち その4
ああ、母の余裕の理由はそれだったのか。ウチの父は結構頑固で何か話を持ち出してもすぐにはうなずかない。最初からそれがあったから母はあんな態度が取れたんだ。
しかし困ったな。父を納得させるだけの理由を今から考えないと。そう思った私は壁にかけられた時計を眺めた。父が帰ってくるまで、普段通りなら後30分もなかった。生真面目な父はいつも決まった時間に帰ってくる。それはもうまるで機械仕掛かと言わんばかりだった。
どうしよう、考える時間が足りない。私は取り敢えず考えがまとまるようにまず自分の部屋に戻る事にした。母のいるリビングじゃ気が散ってまともに頭が働かないし。
自分の部屋に戻った私は何とかいいアイディアが出ないかと頭を抱えた。父を説得出来ない限り旅になんて出かけられない。今のままだと運が良くて夏休みに旅行って言うパターンになるんだろう。学校のある平日に旅なんてあの真面目な父が許す訳がないもんね。何とかそれまで怖いハンターに出くわさなければいいんだけど……。ああ、運を天に任せるかなぁ。
そんな感じでいい具合に私の頭があきらめモードに入っていると、突然部屋のドアがノックされた。きっと母だろうと生返事をすると、部屋に入って来たのはさっきまで私の頭の中を占拠していた父だった。私は驚いて変な声を上げてしまった。
「お父さん!?」
「母さんから話は聞いているよ。旅行がしたいんだって?」
「う、うん」
いきなりの父の登場に私は緊張していた。どうしよう?まだ何も良い言い訳が思いついていないのに!私は最初の返事をしてから何も喋れないでいた。
私の部屋の中を沈黙した時間だけが流れていく。うう……気まずいなぁ。
「嘘をついてもお父さんには通じないぞ」
「わ、分かってるよ」
この父の言葉はまるで何もかもお見通しだと言っているかのようだった。こんな状態の父を前に話す言葉を残念ながら今の私は持っていない。
それからまたさっきと同じように沈黙の時間が流れていく……。うう、どんどん部屋の空気が重くなるよ……。
そんな重い空気の中で、また父の方から話が始まった。私はただその話を黙って聞く事しか出来なかった。
「実はな、しおり……もう事前に話を聞いているんだ」
「え、それってお母さんからでしょ?」
「いや、近藤有己と言う男からだ」
え……?私は父の口から発せられた聞き慣れた名前にドキッとした。有己が父と接触した?何で?この話を聞いた私の頭の中に、はてなマークが大量にコピペされていった。
ずっと混乱していても話が進まないので私は恐る恐る父にその話の続きを催促する事にした。どうか彼が父に余計な話をしていませんようにと心の中で必死に願いながら――。
「で、彼はなんて?」
「自分を信用して欲しいって……"力"を見せつけられたよ……」
有己が父に見せた"力"って――。大体想像はつくけど、そこはあえて追求しない事にした。きっと話を信用してもらうために普通じゃない事をしたのだろう。そう言う力を見せつけられてしまったら、いくら父でも信用せざるを得ないだろうな……。
この非常事態に際して、私は頭の中で考えを整理しながら、取り敢えず何か喋ろうと無理やり口を開いた。
「あ、あのね……」
「あの力が幻でないのなら、しおりを助けられるのは彼だけと言う事になるな」
あ、やっぱり結構深い部分まで彼は父に話したんだ。多少脚色されているのかも知れないけど、多分それは私がやろうとしていた事とあまり変わらない。
これで父が納得してくれたのだとしたら話が早いな。有己グッジョブ!それで善は急げと言う事で私は早速父に探りを入れてみる。
「それって……許してくれるって、事?」
「仕方がないさ。娘の命が関わっているからな。ただ、連絡はちゃんと出来るようにしておく事!」
「うん、お父さん有難う、大好き!」
話が通った事で私は嬉しくなって父に抱きついた。思えばこんな事を父にするのは何年ぶりだろう?物心ついた頃くらいから私にとって父は畏怖の対象で、恐れる事はあっても愛情表現を素直に出した事はなかった気がする。抱きついた後に父の顔を見ると彼は私の顔を直視出来ないでいた。
照れているのが丸判り。あんなに近寄りがたいと思っていた父が今はとても可愛く見えていた。
それから父は話が終わったと言う事で私の部屋から出て行った。私は問題が無事解決して大きなため息をひとつついた。これで話が進められる。
安心したところでタイミング良く母から風呂に入るようにと声がかかった。肩の荷が下りた私は軽い足取りで浴槽に向かう。
風呂上がりに私を待ち構えていたのは、仕方ないと言う顔をした母だった。
「どんな手を使ったか知らないけど、お父さんがいいって言うなら私も反対はしないよ」
「お母さん……」
母は父にべた惚れなので決して父の意見に異は唱えない。つまりそれだけ父を信頼していると言う事でもあった。そんな訳で私は晴れて両親から旅行の許可をもらえた。平日にだよ!何か問題を起こして両親に迷惑をかけないように気をつけなきゃだね。
母は気前良くバシッと私の背中を叩くと、ニコっと笑って私に何かを手渡しながら言った。
「行っといで!いい思い出を作るんだよ。後これ、何かあった時のための非常用のお金。なくさないでよ!」
母がくれた小さな巾着袋の中にはお札が数枚入っていた。そのお札の中身はお年玉でしか見た事がないような偉人さんの顔が――。
袋の中身を確認した私は思わず母の顔を見ながらつぶやいていた。
「こんなに……」
「無駄遣いするんじゃないよ!非常用なんだから!」
「うん、分かった。お母さん大好き!」
金額が金額だと言う事もあって私はかなり顔を歪ませながら母に抱きついた。母はそんな私を優しく抱きよせてくれた。私、この両親の元に産まれて本当に良かったと思う。それで絶対この両親を悲しませないようにしなくちゃと改めて心に誓った。
それから私はすぐに旅の準備をして眠りについた。興奮してほとんど眠れなかったけど。
朝、朝食を済まして出かけようと玄関のドアを開けると、そこにはドヤ顔の有己が待っていた。彼は開口一番に自分の成果を口にする。
「うまく行ったろ?」
「って言うかあんたお父さんを脅したでしょ?」
「嘘はついてないぞ。真実を丁寧に説明しただけだ」
有己の言葉に多分嘘はないのだろう。助かったと言えば助かったんだけど、お陰で私の秘密は父に知られる事になってしまった。これが良かったのか悪かったのか、今の私には全く判断がつかない。ただ、今はこの状況を甘んじて受け入れるしかないと、それだけを思った。
そして目の前のドヤ顔の有己に対しては適当にあしらうのが一番だと判断して、私は悪戯っぽく笑って彼に言葉を返した。
「どーだか」
「とにかく、善は急げだ!余計な邪魔が入らない内に早く龍炎を見つけ出そうぜ!」
有己に急かされて私は一路駅へと向かう。どうか簡単に使徒が見つかってすぐにまたこの街に戻れますように、私はただそれだけを願っていた。
私達を乗せた電車は有己が感知したと言う最初の目的地へと向かう。その時の私はこの先に何が待っているかなんて全く気にも止めていなかったんだ。
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