タイムリミット

第117話 タイムリミット その1

 ラボではまだ所長がモニターを見ながらウンウンと唸っていた。どうにも研究が上手く行っていないらしい。俺も一緒になってモニターを覗き込むものの、そうしたところでその数式の羅列の意味が分かる訳もなく、魔法の呪文を眺めている気分になってしまう。

 俺は彼女が難しい顔をしているのを承知で敢えて声をかけてみた。


「どうっすか?」


「まだいい結果は得られていないからもうちょっと待ってて」


 集中していた所長は声を聞いて初めて俺が来ていた事に気付いたらしく、覗き込んでいた事にもまるで無反応だった。


「時間かかりそうですね」


「だってイレギュラーだよ。計算にない事が起こってる」


 そう言いながら頭を抱える彼女を見て、滅多に見られない光景だと思った俺はつい軽口を叩いてしまった。


「つまり、流石の天才の博士様も今回ばかりはお手上げと」


「ちょ、時間がかかってるだけ!絶対解析して改善してみせるから!」


「じゃあ、期待してますね」


 俺の一言が所長のやる気を刺激したらしい。頭を抱えながらも急にキーボートを猛烈に叩き始める。この様子なら調子も取り戻せそうだなと感じた俺は、それ以上の刺激を与えないようにとそっと部屋を後にする。

 彼女の状況を知りたがっていたのは俺だけじゃなかったようで、部屋を出た俺に何かの資料を抱えたモモが心配そうな顔で尋ねてきた。


「どうでした?」


「まだ時間かかかるって」


 軽く報告したところで彼女の顔がさっと曇る。


「私も手伝った方がいいでしょうか?」


「苦戦しているみたいだし、その方がいいかも」


 俺はすぐにこのモモの提案を受け入れる。1人で作業するより優秀な助手がいた方が研究はスムーズに進むだろうし。そこで彼女が入れ替わりにラボに入りかけたところで、何かに気付いたのかピタッとその足は止まる。


「あ、でも、ここで私も研究に参加したらソラが1人で敵と戦う事にも……」


「それはそれで避けたいところだよな。俺のスーツは今使用不可だし」


「あの子には出来るだけ学園生活をエンジョイしてもらいたいですしね」


 そう、ここで戦力が減ってしまうと、いざと言う時に残された最後のメンバーの負担が大きくなる事を危惧したのだ。ソラは今ヒーローと学生の二足のわらじを履いている。どちらかと言うと学生の方をメインにしている関係上、いつでも動けるモモの役割もまた大きかった。

 そう言う事もあって悩み始めた彼女に、俺は自分の考えを告げる。


「ま、今のところは平和そのものだし、敵の事は敵が出た時に動いたのでもいいんじゃないかな。俺のスーツが早く使えるようになる方が結果的にいいだろうし」


「ですね!じゃあ博士に掛け合ってきます!」


 俺のこの言葉が効いたのか、モモの顔はみるみる明るくなり目の色も輝き始めた。そうして意気揚々とラボに入っていくのを満足そうな顔で見届ける。


「さて、俺は自主練かな……」


 俺は有り余る時間を鍛錬で埋めようとトレーニングルームに向かった。さて、今日は自分で設定したメニューをどれだけこなせるかな……。



 その頃、セルレイス上層部の定例会議では、前回の作戦についての反省会が始まっていた。作戦が失敗したと言う事で早速ジェイクが話の主導権を握る。


「作戦は失敗に終わったぞ。まだ同じ事をするつもりか?」


「そうですねぇ、またもう一度検討し直しますか」


 責任を追求されたトーマスはまるで前回の失敗が些細な出来事であったかのようにサラリと話の論点をすり替える。あまりこの話を長引かせたくない議長のメッツアは次の作戦について話を進めた。


「現在進行中の他の計画はないのか?出来るだけ有効そうなのを頼むぞ」


「現在、ヒーローを追い詰めた作戦のパターンから解析を進めています」


 議長の言葉にロイドが現在進行中の計画について口にする。その話に興味を持った彼は結論を急がせた。


「行程はいい、結論だけ話せ」


「どの作戦もあと一歩まで追い詰めているのがほとんどですが、基本、力の差で押し潰すのが有効かと」


「なるほど、単純だな」


 この話を聞いていたマイクはその話の分かりやすさにニヤリと笑う。ゴリ押し作戦が有効と言う結論を出したロイドは更に話を続ける。


「ですから、新しいスーツの開発の予算を頂きませんと」


「いや待て、まずは適合者を探さねばならんだろう。良いスーツが出来ても着こなせないのであれば意味はない」


 ここでアルクが口を挟む。新しいスーツを作るとなると着こなす人材もまた新たに必要となるからだ。この件については、人事担当でもあるトーマスが誇らしげに口を開く。


「そちらは私の担当ですかな」


「最近の新規入会者に良さそうなものはいたか?」


 彼があまりに自信たっぷりな口ぶりで話すので、同席していたジェイクが新たなスーツ候補の人材が見つかったのかと質問を飛ばす。トーマスはそこで肩をすくめ、視線をそらしながらやれやれと言った表情で現状を口にした。


「全員にチェックは受けさせているのですがねぇ……」


 こうして全員が新たな作戦に向けて話を進めていた時、ずっと何かを考え込んでいたマイクが改めてここで問題提起をする。


「そもそも、前の作戦は失敗と言えたのだろうか?」


「いや、作戦自体はほぼ完璧だった。だが、退けられた。次は絶対対策されるから同じ作戦は通用せん。奴らの適応能力を甘く見てはならん」


「なるほど、それは厄介だな。分かった、続けてくれ」


 この疑問にロイドが分析結果を説明して彼を納得させた。こうして話が一段落したところで、今度はアルクがスーツについて別の視点から話を始める。


「力の差と言えば、レッドスーツの能力はまだ伸ばせるはずだ。被験者のメンタルレベルにも余裕がある」


「ならば、次のスーツの開発が完成するまで、レッドスーツで様子を見てみるか」


「それがいいだろう。我々はレッドスーツに相応しい作戦を立案するとしよう」



 こうして、次の作戦では前回失敗した赤スーツ男のコウが続投すると言う事が決まった。実際、普通に戦えばヒーロー側のスーツメンバーを圧倒する力を持っていた彼をそのまま使うのは賢明な選択と言えるだろう。

 会議室ではコウをメインにした作戦が具体的に話し合われていく。闇組織の長い夜はこうして更けていくのだった。



 一夜明けて、ヒーロー基地ではソラがぼうっとカフェテラスの椅子に座って外の景色を眺めている。今日は祝日なので一日基地で待機なのだ。


「暇だな」


「暇でいいじゃないか」


「体がなまる」


 俺が平和の良さを口にすると、彼は背伸びをしながら暇を持て余すように眠そうな顔で訴えてきた。そこで名案が浮かんだ俺はソラに向かって、とっておきのアイディアを披露する。


「じゃあ部活に入るってのはどうだ?」


「部活って……ヒーロー活動の方がメインだろーが」

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