第105話 蘇る伝説 その6

 まだ収穫のなさそうなモモに同情しつつ、俺もすぐ調査に参加する。一度落下してしまったのもあって足元を重点的に見ていると、そこで床に不自然な部分を発見する。


「あ、ここ、変じゃないか」


「確かに。元々はここに何かがあったのかも。探索隊のデータと照合してみます」


 周りには埃や堆積物が溜まったりしているのに、そこだけは不自然なほどに綺麗だったのだ。元々ここに何かがあって、それが遺跡荒らしによって持ち去られた可能性が高いと俺は推理する。


「どう?」


「ここには元々像があったみたいですね。石像には力を与えると言う伝説があったそうです」


「力を与えるねぇ……」


 力を与える伝説の石像がなくなっている。遺跡荒らしの目的がそれだとするなら、確かに辻褄は合う。問題は単純にそれを盗もうとしたのか、それとも遺跡荒らし本人自身が力を欲したのか……。

 俺がその両方のパターンのシミュレーションをしていると、モモはその石像の情報の補足をする。


「探索隊が調べた時は、ただの石像だと言う結論に達したみたいです」


「だけど、その石像は今忽然と姿を消している……。もしかして何か条件があったんじゃないか?その条件が揃って動き始めたとか……」


 俺は単純に盗んだにしては不審な点が多い事を考慮して、石像が力を発動したのではないかと言う線で話を進めていた。この話を最後まで話し終わる前に、突然また遺跡全体を揺らす振動が伝わってきた。震度にしたら震度3くらいの揺れだ。揺れは30秒ほど続いただろうか。これは明らかに地震とは違うものだ。

 何故なら振動が地面からのものではなく、全く正反対の方向からのものだったからだ。この揺れが収まったところで俺はつぶやいた。


「この振動は……もっと上の階?」


「行ってみましょう!」


 明らかにおかしなその揺れの正体を確認しようと俺達は部屋を抜け出し上へ上へと駆け出した。その揺れの元を辿ればこの謎が解ける、そんな予感を感じながら――。



 その頃、遺跡の最上階ではルードラが歓喜の雄叫びを上げていた。


「フハハハ!これほどの力だとは……。伝説は正しかった!」


 どうやらさっきの揺れも彼が起こしたものらしい。自信に満ち溢れた風の魔法使いは腕に魔力を溜めるとそのまま勢い良く振り下ろす。


「まずは腕試しだ!」


 ルードラが巻き起こした風は眼下の森の木々をことごとくなぎ倒していく。その威力は力を得る前の数倍にも達していた。その結果に満足した彼はにやりと笑う。


「おお、全く疲れを感じない。それどころが力がどんどん湧き出してくるようだ!これなら……」


「これなら?」


 ルードラの独り言を聞いた俺はそれをオウム返しする。その声に反応した風の魔法使いはこの突然の来客にびっくりして振り返った。


「だ、誰だ!」


「どうもー。ヒーローでーす」


 俺は開いた右手を肩の位置まで上げて気さくに挨拶をする。同行していたモモが動揺しているルードラに声をかけた。


「あなた、まさか伝説の力を?」


「誰かと思ったら、よくもこんな場所まで嗅ぎつけたものだな」


「それが仕事ですから」


 ヤツの追求に俺は胸を張ってポーカーフェイスで答える。あ、顔はマスクで隠れて見えないんだけど。

 ルードラは最初こそ顔に焦りがあったものの、俺達の存在をしっかり認識した後はガラッと表情を変え、邪悪な笑みを浮かべる。


「ふん、仕事熱心な奴め。だがちょうどいい。肩慣らしにお前らを倒してやる」


「あらら、俺達結構舐められてない?」


 その態度の豹変に俺はつい相棒の顔を見た。彼女はそんな俺のお調子アクションに目もくれず、目の前の魔法使いに声を掛ける。


「この遺跡の伝説なら調べました。あなたが何を望んだのかも」


「ほう……」


「その様子だと手に入れたのですね、神話の力を」


 モモはルードラが石像の力を手に入れたと確信を持って答える。風の魔法使いはこの言葉に一瞬驚いた表情を浮かべたものの、すぐに真顔に戻った。


「よく調べたな。こんなマイナーな遺跡の話を」


「ネット時代は何でも一瞬で調べられるのよ。知らなかった?」


 話が2人の間だけで続いて蚊帳の外になった俺は、何とかついていこうと情報の共有を訴える。


「神話の力?」


「おや?君のリーダーは知らないようだぞ?」


 ルードラは俺達がしっかり情報共有出来ていない事をからかった。それにしても敵から見ても俺はリーダー扱いないんだな。これは喜んでいいのやら……。

 ま、それはともかくとして、そんな安い挑発に乗る義理はないな。逆に軽口を返して様子を見るか。


「ああ、特に興味もなかったんだんでな!だが、簡単に予想はつくぞ。どうせ何らかのパワーアップをしたんだろう?」


「そうだとも!神話時代に神がこの地に残した力を俺が頂いたのだ!」


 ルードラはそう言うといきなり風を巻き起こした。軽く腕を振り払っただけなのにとんでもない風圧が俺達に襲いかかり、かなり気合を入れて踏ん張っていないと吹き飛ばされそうになる。これはまるで台風の暴風域クラスじゃないか……。


「うぐぐぐぐ……」


「どうだ?近付けまい。まだまだこの程度じゃないぞ」


 ルードラは次にこれ見よがしに指を鳴らす。その衝撃から発生した無数の風の刃は容赦なく俺達のスーツを傷つけた。ダメージを無効化するはずのスーツがそのダメージを吸収しきれないなんて――。


「ぐはあっ!」


「アハハハ。これはただの風刃だ。次は本気でお前らを破壊する!」


 風の魔法使いは次に両手を俺達の目の前に突き出す。そう、今度は両手で風刃を発生させるつもりなのだ。

 だが、この攻撃は見極めれば避ける事も可能。俺達は無言で顔を見合わせ、敵の攻撃が来る前に最適な行動を取った。


「トレースオン!」


 そう、スーツの標準機能であるイメージングトレースだ。思考がダイレクトに身体の動きに直結するこのシステムによって、俺達は向かってくる風の刃を全弾見事に避けきった。

 初めて見るその驚異の回避能力を目にしたルードラは驚きの声を上げる。


「何っ!」


「いくら技の力が上がっても当たらなければ!」


 敵が動揺してまともな思考が出来ない瞬間がチャンスだと、俺達は一気に距離を詰める。そこで攻撃を繰り出そうと俺が振りかぶったところで、ルードラが自身の周りに強力な風の壁を発生させた。

 その強い風圧に俺達は簡単に弾き飛ばされる。


「うぐっ!」


「馬鹿め!これこそが俺の防御結界、真・風鎧だ!更に範囲を広げてやろう」


 その言葉と共に力を増したその竜巻のような強力な風は容赦なく俺達を遺跡から落とそうとする。くそっ、踏ん張りがきかない……。


「ぐああああっ!」


「きゃあああっ!」


「どんな攻撃も近付けなければ意味はないよなああ!」


 古代遺跡の屋上で風の魔法使いの高笑いが響く。こんな規格外の力を野放しにしてしまったら一体どんな被害が発生するか見当もつかない。何とかこの場所で上手く身柄を拘束したいところだけど……。

 今ここにソラがいないのが痛いな。俺達だけで何とかしなければ……。


「くそっ、厄介だな」


「でも今ならまだ可能性が」


 モモは何か含みを持たせた言葉を返す。多分その真意は、ルードラがまだ得た力をしっかり自分のものにしきれていないと言う事なのだろう。

 やがてはしっかり力の使い方を学び、俺達の手に負えなくなる。そうなればきっと打つ手もなくなってしまう。


 ――だから、倒すなら今しかない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る