第48話 美しい夜 その6
俺は倒れたキウを眺めながら途方に暮れる。
「で、これからどうしたら……」
困った俺は取り敢えずスーツ越しに所長に相談する。アラサー男が17歳女子に相談って言うのも情けない話だけど、一応彼女が俺の雇い主で責任者だから流れ的にはどこにも間違いはない訳で――と、返事はすぐに返って来た。
「スーツ男の顔をよく見せて。私、見覚えがあるかも」
「有名な男なんですか?」
俺はマスク越しに伸びている奴の間抜けな顔を見る。ただそれだけでデータが送信される仕組みだ。なんて便利な……。それからしばらく反応を待っていると、所長から興奮したような弾んだ声が聞こえて来た。
「彼、国際指名手配犯だよ!テロリスト!」
「えっ?」
「すごいじゃない、捕まえて警察に突き出せばお手柄モノよ」
所長がこいつの顔を画像検索にかけたところ、国際指名手配犯の画像がヒットしたらしい。それによるとこいつは流しの傭兵的なテロリストで、紛争地帯に潜っては破壊活動を繰り広げていたテロリスト界の大物らしい。なんて人材をあの組織は雇っているんだよ――。
どんな凶悪な人物だったにせよ、今は床で伸びているただの中年男にすぎない。スーツも破壊されて回復機能も動いてはいないだろう。つまり、この男にはもうどこにも危険な要素はない。俺は心を落ち着かせるように深呼吸すると、所長に返事を返す。
「マジで?じゃあ警部呼ぶわ」
俺は早速警部に連絡を取ってキウを引き渡す事にした。その名前はもちろん偽名だったものの、奴自身が過去のデータを消して回っていた為、正式な名前はデータ上に存在せず、便宜上、キウと言う名前でそのまま担架で運ばれていった。
結局奴は組織のヘリで降り立って、最後はドクターヘリで病院へと運ばれていく。考えてみればすごいな、これ。
「いやあ、お手柄だよ。我々も追ってはいたんだが、3年前から一切消息がつかめていなかったんだ」
警部はこの棚ぼた案件に御満悦だ。軽くても臨時ボーナス、うまく行けば昇進モノの成果だから当然だった。俺はそんな警部を見てニヤリと笑うと彼の肩を小突きながら軽口を言った。
「この分は貸しですよ」
「君からは借りてばっかりだ。いつかちゃんと埋め合わせをしよう」
「期待していますよ」
静かになったビルの屋上で2人の中年男性はしばらく談笑を続けるのだった。
一方、被害を被った側のセルレイス本部ではこの失態に対し、緊急幹部会議が開かれていた。
「まさかキウが倒されるとはな……我々は少々奴らを侮っていたらしい」
「ソラの奪還も失敗とはね。これは計画を練り直した方が良さそうだ」
「須藤探偵事務所、今の内にせいぜい笑っているがいい、今の内はな……」
流石悪の組織、仲間が捕まったと言うのに自分達にまで捜査の手が及ぶと言う考えはないらしい。多分末端の構成員がどれだけパクられても大丈夫な根回しは常日頃しているのだろう。
そんな組織に事務所の所在がバレているのはまずい気もするんだけど、俺とソラの合体技が通用する内は奴らもそう簡単に動く事は出来ないだろう。うん、そうであって欲しいな。
「お疲れ様!いやあ、お手柄お手柄!」
現場での作業が終わって明かりのついていた事務所に帰ると所長が俺を労ってくれた。この時、もう日付も変わろうとするような時間帯なのにまだ彼女が事務所に残っていた事に俺は少し呆れながら、そのお祝いの言葉を素直に浴びていた。
「それより、ソラのあの力は一体……」
一通りの賛辞を聞いた後、俺はさっきの戦いで気になった事を所長に投げかける。すると彼女は急に真面目な顔になってソラについて新たに分かった新事実を俺に告げる。
「実はね、ソラは元々対スーツ用に特化した能力強化を目的に調整されていたみたいなの」
「まさか、敵は俺の登場を最初から想定していた?」
「最強のスーツの技術は独占したいものね」
ソラが対スーツ用要員として育てられたのだとしたなら、つまりそう言う事なのだろう。スーツ開発者本人が生きていればいつかスーツ対決があるかも知れないと予想して、その為の対策を練っていたとしてもそれは何ら不自然な事じゃない。
しかし、その為に一体どれだけの酷い事を繰り広げて来たと言うんだ……。セルレイス……恐ろしい組織だぜ。
「じゃあ、もしソラが敵の手にあったままだったなら……」
「あなたのスーツは溶かされて一巻の終わりだったわね」
俺の素朴な質問を受けて、所長が科学者らしい感情の篭っていない冷徹な口調で最悪の結果を口にした。この言葉を聞いた俺は背筋が凍る。
「良かった。ソラの脱走でその計画が頓挫して本当に良かった」
「これでスーツの敵はしばらく襲って来ないわね。きっと今頃対策を考えていると思うわ」
「しばらく……?」
俺は彼女の言葉から違和感を感じた部分をピックアップする。あの合体技を持ってしても絶対安全になった訳ではない……?俺が不安そうにしていると所長はまたしても科学者らしい冷静な分析でその言葉を使った理由を説明する。
「私のスーツ理論を解析出来た頭脳集団だもの、油断は禁物でしょ」
「それもそうか……確かにキウは倒したけど、組織自体はピンピンしているし……厄介だなぁ」
一安心してからの一抹の不安。こう言うのを上げて落とすって言うのかな。折角不安がひとつなくなって今夜は安眠出来ると思ったのに、これじゃあ心が落ち着かなくてまた眠れなくなるかも知れない。眠れても見る夢は悪夢かも……。
俺は悪の組織と戦うと言うリスクを改めて実感するのだった。
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