3-6 再会

 宝物殿だけあって各部屋の扉は通常の建物と比べるとはるかに巨大で、その全てに頑丈そうな南京錠がかけられている。


 ほの暗い通路を徘徊していると、やけにゴージャスな装飾がなされた扉が目についた。表面に施された純銀製のサソリの彫刻は、今にも動きだしそうなほど精緻である。

 部屋の脇に食事を提供したと思わしきカートが置いてあるから、この中にリオが囚われているとみて間違いなさそうだ。


 鍵は持っていないし探す時間も惜しい。

 ドラゴンの力で破壊しよう。

 俺は扉に手を伸ばす。


 ――直後、背筋が凍るような悪寒が走る。


 とっさに飛びのくと、さきほどまでいた場所に鉄柱のようなものが突き刺さった。

 天井に罠が仕掛けられていたのか。

 ……いや、実際はもっと凶悪な代物だ。


 扉の表面に刻まれていた銀の装飾が、メキメキと嫌な音を立てて剥がれていく。

 そして目の前に、が現れた。


「モンスターが擬態してたってことかよ。まさに門番って感じだな……」


 不測の事態に戦慄して、思わずうめいてしまう。

 銀色に輝くサソリは、SF映画に登場する戦闘ロボットめいた威容を感じさせる。

 実際のところ魔術か何かで作られた人工生物なのだろう。動きがどことなく機械的で、生きもの特有のなめらかさが感じられない。

 尾針の尖端は純粋な金属の塊で、見たところ毒はなさそうだ。

 とはいえ巨大なランスめいた突起物を振り下ろせば、そんな小細工抜きでも相手を死に至らしめることができるはずだ。


 さすがは錫姫シャクティの部屋を守る門番というべきか――今まで戦った中でもっとも手ごわそうな相手である。


 しかしだからといって、時間をかけてもいられない。

 リオをさらうのが遅くなればそれだけ、ナーザと遭遇する可能性が高まってしまうのだから。

 かの魔皇アスラはこのサソリよりも絶対に強いはずだし、似たようなモンスターを大勢引き連れて襲ってくるかもしれない。

 潔く覚悟を決めた俺は、サソリの間合いめがけて突っこんでいく。


「――おっと!」


 身体からわずか数センチの位置に、笑えるほどの勢いで鉄柱のごとき尾針が降り下ろされる。

 ドラゴンの腕力で受け止めきれるかどうか、あえて試す気にはなれなかった。


 俺は尾針による攻撃の隙を突き、節のついた腹部に蹴りをお見舞いする。

 つま先をピンと伸ばし、銀色に輝く甲殻の隙間に足のかぎづめをねじこむと、サソリはアゴをギチギチと鳴らし、甲虫らしい苦悶の声をあげた。

 直後、サソリは退路を塞ぐように左右からハサミ状の触肢を繰りだしてくる。

 尾針ほどの威力はなさそうなので、直に手で受け止めることにした。


「こっから先は単純な力比べだな。虫ケラごときが勝てると思うか?」


 当然ながらサソリの返事はなく、ギチギチと不快な音だけが響く。


 俺は両腕の筋肉を引き絞って限界まで力を充填し、左右のハサミを下方向にひねって引きちぎる。

 サソリは再び尾針を振り下ろすが、こちらはすでに敵の背後へ移動している。

 物理的に攻撃が届かない位置で、最後の仕上げに入るとしよう。

 尾針を前方に振り下ろしたことで伸びきったサソリの背面に腕をねじこみ、エビを調理するように甲殻を引っぺがす。

 それから露出した柔らかな肉質めがけて炎のブレスを吐きつけてやる。


「――ピギイイイイイイイッ!」


 サソリはこの世のものとは思えぬ断末魔の悲鳴をあげて、内側から身を焦がされてジタバタと激しくもがく。

 しかし勢いは次第に衰え、やがてロボットが停止するように一切の動きを止めた。


「ふう……。意外となんとかなるもんだな」


 連戦はさすがに疲れたので、自然とため息が漏れてくる。俺は深呼吸して身体の調子を整えると、装飾を失った扉の南京錠をねじ切る。


 ……今度こそリオと再会できるはずだ。

 そう信じて部屋に足を踏み入れる。


 銀腕卿ナーザがリオのために用意した部屋は、意外なほど明るく広々としていた。内装や調度品はホテルのスイートルームのように豪華で、見るからに快適そうである。

 魔皇は錫姫を丁重に扱っていると前にミーナから聞いていたが、彼女の推測は正しかったようだ。

 まあだからといって、リオたちが不当な扱いを受けていることに変わりはないが。


 奥に進むだけで、囚われたリオを見つけることができた。

 パレ―ドのときと同じように群青色のドレスをまとい、部屋の隅で震えている。

 俺は嬉しさのあまり駆けだした。


「ようやく見つけたぞ! 早くここから抜け出そうぜ!」

「みきゃああああっ! 来ないで来ないでくださいっ!」


 ……いきなり悲鳴をあげられてしまった。

 今にも消えてしまいそうな表情をしていたくせにやたら大きな声で叫びやがる。

 甲高い悲鳴が建物中にわんわんと響き渡ったので、俺は慌てて彼女の口をふさぐ。


「バ、バカ野郎! 騒ぐやつがいるか!」

「――むっむごおお」


 鱗の生えた腕の中で、リオが必死に暴れている。

 ……これではまるで助けにきたというよりも、襲いにきたみたいじゃないか。 


 と、俺はそこで自分の行動に問題があったことに気づく。

 さきほどまでの出来事を、リオの立場になって想像してみよう。


 夜になって建物が急に騒がしくなったかと思えば、部屋の前にやってきた何かがドッカンガッシャンと暴れだした。やがて額に角を生やした二メートル半のドラゴンが南京錠をねじ切って室内に侵入し、自分の姿を見るなり一目散に駆け寄ってきたのである。


 ……確かに悲鳴をあげるな、これは。

 ホラー映画みたいに登場したことを深く反省した俺は、リオの口を塞いでいた手を離す。


「驚かせてごめん。俺だよ。俺。俺だから大丈夫」

「だから誰……っ?」


 焦ってオレオレ詐欺みたいに喋ったせいで、リオをさらに混乱させてしまう。


 角と鱗が生えてドラゴン化したとはいえ、顔にはかつての面影が残っているし、声は以前と同じままだから、ヒントさえあれば気づいてくれるはずだ。

 自分の声がなるべく聞き取りやすくなるように、俺はゆっくりと語りかける。


「いい加減に気づいてくれよ。真夏のクソ暑い日にいきなり呼びだされて、お前の自主トレにつきあってやった面倒見のいいクラスメイトの顔を忘れちまったのか」


 しかも彼女が俺を呼びだした理由は「一人じゃやる気出ない……」というひどいものだった。

 過去にあれだけ振り回しておきながら、忘れたなんて言わせない。


 とはいえリオも俺のことをきちんと覚えていたようだ。

 地球にいたころは生えていなかった額の角や頬の鱗を、不思議そうにぺたぺたと触ってくる。

 彼女はまるで夢でも見ているかのような声で、


「オバケなのに硬い……」

「オバケじゃねえよ。ドラゴンはどちらかというと妖怪の類だ」


 俺のツッコミにリオはきょとんとする。

 なんとなく会話が噛みあっていないような。


 彼女はなおも不思議そうな顔で、しかし今にも泣きだしそうな顔で、俺が目の前にいることが信じられないとでも言うように、しきりに身体のあちこちを触ってくる。


「ほんとにカイくんなの……?」

「そうだよ。だから助けにきてやったんじゃないか」

「でも、だって、あのとき……」

「死んでない死んでない。いや、正確には死んだけど、色々あって生き返ったんだ」


 そう言いながら、俺は唐突に理解する。

 自分と彼女の間に大きながあったことに。


 リオはこう思っていたのだ。

 カイという少年に再び出会うことはないと。


 考えてみれば当然の話である。

 何故なら彼女の目の前で――

 一方の俺は『目が覚めたらドラゴンになっていた』という認識で、死んでいた間の記憶なんて当然あるわけがない。

 しかもその後に竜骸都市マハーカーラで激動の日々を過ごしたこともあり、自分が殺された事実をほとんど忘れかけていた。

 だからまるで自覚していなかった。


 リオからすれば俺が今も存在していることが――奇跡のような出来事なのだと。


「カイくん……。生きてた……よかった……生きてたんだあ」


 ようやく安心したのか、リオは身体を支えていた糸が切れたみたいにへたりこむ。

 それから瞳に涙を溢れさせて、顔をぐしゃぐしゃにして泣きはじめた。


 俺は彼女に、自分の身に何があったのかを説明する。

 時間がないから簡潔に、しかも早口だったから、きちんと理解してもらえたかわからない。

 そもそもリオは、俺が生き返った理由なんてどうでもよかったのかもしれない。


 話を聞いている最中に泣きやんだ彼女は甘えるような声で、


「まだ信じられないからぎゅっとして。そうそう……やっぱりちょっと硬いかなあ。これってほんとに着ぐるみじゃないの?」

「ああ。背中にチャックはついてないさ。でも、意外とこの身体も悪くないぜ」


 俺が尻尾を振ってみせると、リオはおかしそうにクスクスと笑う。


 陰気で儚げな少女に変貌していたはずの彼女が、いともあっさり朗らかな笑顔を取り戻している。

 どうやら俺は大きな勘違いをしていたらしい。


 リオは錫姫として囚われの身になったことで深い絶望を味わい、別人のように変わってしまったのだと、俺はそんなふうに考えていた。

 しかし実際のところ彼女に絶望を与えたのは――他でもないだったのだ。


 俺が目の前で殺されたから。

 この世にいないと思っていたから。

 リオは太陽のような笑顔を、今まで失っていたのである。


 だからこそ強く噛みしめる。

 彼女を無事に取り戻すことができた喜びを。

 もう二度と失わせないという覚悟を。


「……これからどうするの、カイくん」


 心配そうな表情でリオに問われて、俺ははっと我に返る。

 そうだ、全てが終わったわけじゃない。

 やるべきことは残っていて、だから今は感慨に浸っているヒマなんてないのだ。


 俺はドラゴンらしく、そして姫を奪う盗賊らしく。

 麗しき姫君の手を、ようやく手にすることができた大切な宝物を、力強くぎゅっと握りしめる。


「そりゃもちろん、こんな部屋から抜けだして――俺といっしょに帰るのさ」


 真夏の太陽のように笑う女の子に、もっとふさわしい場所に。

 暗く冷たく寂しいところから。

 明るく温かく賑やかなところへ。

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