3-5 囚われたリオを奪え!

 絢爛豪華だった会場を出ると、外はうっすらとした闇が落ちていた。

 敷地が広すぎるせいだろうか。

 各所に設置された燭台だけでは照明が足りず、夕暮れ時に見た外観の華やかさからすると意外に思えるほど、建物の中はうす暗い。


 俺は記憶しておいた建物の位置関係を思い返す。

 バニーガール三姉妹が集めてくれた〈雲砂廟〉の断片的な情報をミーナが繋ぎあわせた結果、内部の構造について事前に把握することができていた。


 この建物は中央にドーム状の屋根を持った真四角の正殿があり、その周りには広大な庭園が広がっている。

 庭園の四方には城壁と一体化した大楼門がそびえ、全体を俯瞰すると漢字の『回』のような二重構造で、外部からの侵入に備えている。

 リオが囚われていると思わしき場所は、大楼門の東端付近にある離れの宝物殿だ。

 晩餐会の会場は正殿の南側だったので、方角的には真逆の位置である。

 広大な庭園を突っ切って大楼門に向かい、城壁を沿うようにして宝物殿を目指すとしよう。


「さて、訓練の成果を試すとするか」


 賭博場カジノをアジトにしてからの長い間、俺はただ引きこもっていたわけではない。

 時間の合間を縫って地区の郊外におもむき、閑散とした森や荒れ地に足を踏みいれ、そこで密かにドラゴンの潜在能力を引きだす訓練を重ねていたのである。


 どこまで壊せるのか。どこまで耐えられるのか。

 何ができて、何ができないのか。

 結論として今の俺――つまりドラゴンは、どこまでも不条理な存在だと理解できた。


 たとえばこんなことができる。


 俺は静かに息を吐き、目の前に広がるうす暗い庭園に意識を集中する。

 すると赤褐色をしたドラゴンの鱗が、すうっと黒く染まっていく。

 夜の闇に抱きこまれたように。

 あるいは周囲の景色に合わせて色を変えるのように。


 俺は足を踏みしめ、駆ける。

 なるべく足音を立てないように、なるべく低い姿勢で、できるかぎり速く。

 庭園を駆け抜けていく最中、わずか四メートル先にランタンを持った警備兵が巡回している。

 しかし周囲に広がる闇とほぼ同化した俺は、警備兵の目に留まることはない。


 そのまま走ること数分。

 黄金色に淡く光る大楼門が見えてくる。

 さすがに防備の要だけあって庭園と比べると燭台の数が多く、城塞を巡回する警備兵が高所から目を光らせているため、壁を沿うように走っていると発見されてしまう。


 俺は大きく跳躍し、大楼門の城壁に飛びつく。

 右手のかぎづめをピックのように打ちつけて壁面にぶらさがり、再び意識を集中。

 イメージはスパイダーなアメコミヒーロー。

 あるいはかつて賭博場で揶揄されたみたいな、野郎だ。


 しばらくすると手足が壁面にぴたりと貼りつき、垂直に動けるようになる。

 俺のイメージにドラゴンの力が呼応し、さきほどのカメレオン迷彩と同じく、指先にヤモリのような趾下薄板を作りだしたのだ。


 ざっと原理を説明すると、趾下薄板に生えた微細な毛が壁面の凹凸と噛みあわさり、ファンデルワールス力という分子同士が引きあう働きによって、俺の指先は貼りついている。

 この現象は森羅万象を歪めるという魔術の賜物ではなく、地球でも実現可能な自然科学の領域である。


 まあネットで仕入れた知識なのでうろ覚えだし、自然科学といっても細胞を変異させている以上、ドラゴンの力という反則技チートを使っていることに変わりはないが。


 俺は城壁をすいすい登り天辺に到達し、そのままぐるりと回って宝物殿にたどりつく。


「……いよいよだぞ。準備はいいか、ミーナ」


 そう言ったあとで、隣に彼女がいないことを思いだす。


 宝物殿の警備は間違いなく厳重だ。

 なるべく騒がれずに、できるかぎり迅速に目的を達成しなければならない。

 もし失敗すればリオを連れだすのは今後さらに困難になるし、それ以前にナーザや大勢の警備兵に囲まれたら、ドラゴンの力をもってしても脱出は困難だろう。


 俺は今からたった一人で、絶対に失敗できない作戦を遂行しなくてはならないのだ。隣に誰もいないことに、一抹の心細さを感じてしまう。


 そこでふとリオのことを考える。

 囚われの身となった彼女は今、心細いなんてもんじゃないはずだ。

 頼れるものが誰もいないこの世界で――来るはずのない救いを待ち続けるのだから。


 明るくふわっとしていて、マイペースな女の子。

 それが俺の知っているリオだった。

 パレードで見た彼女の表情を思い出すと、いっそう胸が締めつけられる。

 ……いったいどれほどの絶望を味わえば、太陽のようだった笑顔が、夜の海のような陰気で儚げな表情に変わってしまうのだろう。


「だから取り戻さなくちゃいけないんだ。絶対に」


 意を決した俺は地面を蹴り、宝物殿の屋根に飛び移る。

 そのままするりと内部に侵入すると、あろうことか警備兵がたむろする部屋に降り立ってしまった。


「――んなっ!」


 天井から降ってきたドラゴンを見て、警備兵たちは驚きをあらわにする。

 初手から大失敗だ。

 だけどさっそく後悔するわけにはいくまい。

 俺はいっそ開き直ることにした。


「どうもどうも。ピザの宅配ですよ」

「――いったいどこから湧いて出てきたのだ、貴様はッ!」


 渾身の一発ギャグを華麗にスルーして、警備兵の一人がわめきだす。

 俺は大スベリした事実をごまかそうと、手近にいた警備兵を問答無用でしばき倒す。

 屈強な男が悲鳴をあげる間もなく崩れ落ちる様を、一同が呆然と見つめている。


「こういうときはなんて言えばいいのかな。……ショータイムのはじまりだ?」


 俺は苦笑いしながらそう言って、再び別の警備兵に拳をお見舞いする。

 硬いものを砕く鈍い感触とともに、身体に生えた鱗が夜間迷彩の黒から本来の赤褐色に戻っていき――俺の思考は戦いの色に染まっていく。


 警備兵たちもようやく意識を切り替えたのか、険しい表情で戦闘態勢に移る。


「バカめ。たった一人で乗りこんでくるとは」

「待て、うかつに近寄るな。見たところ相当の手練れのようだぞ」 

「だとしても全員で囲めば、どうということはない」


 ざっと数えて十数人。

 騒ぎを聞きつけて、建物の中にいた警備兵の全てがこの場に集まってきたようだ。

 単独で突入した俺を容易に取り押さえることができると判断したのか、あえて宝物殿を出て外部と連絡を取ろうとするものはいなかった。

 

 だから俺は嗤う。


「――この人数でドラゴンを倒せると思うなら、試してみるがいいさ」


 一瞬の沈黙のあと、次々と怒号があがる。


 悠然と佇む俺めがけて無数の刃と魔術が迫る。同時に放たれた攻撃の一つを避けきれず、俺の胸元に剣閃が走った。

 ところがドラゴンの強靭な鱗は渾身の一撃を弾き返し、真っ二つに折れた金属の刃が孤を描いて宙を舞う。

 驚愕する警備兵を気の毒に思いつつ、俺はその顔を拳で粉砕する。

 続けて放たれたのは、無骨なハンマーだ。尖端についたパイナップルのような鉄塊で、角を生やしたドラゴンの顔を叩き潰すつもりらしい。

 俺はニヤニヤと笑いながら、大きく口を開けて受け止めてやる。


「ふふぇふぇ。ふごいはろ?」

「ひ、ひいっ!」


 ハンマーの尖端をバリバリと噛み砕く俺を見て、ヒゲ面の警備兵が情けなく悲鳴をあげる。お返しに額の角で軽く払うと、警備兵の身体は紙くずのように吹き飛ばされていく。


 その後も幾度となく剣の刃や槍の穂先がくりだされ、ドラゴンの圧倒的防御力は屈強な警備兵たちの攻撃を次々と無に帰していく。

 俺はバケモノらしく嗤い、吠え、砕き、床と天井を赤く染め抜いた。

 怒号は次第に恐慌に変わり。

 恐慌はやがて静寂に変わる。


 耳を澄まし、警備兵たちのうめき声や苦痛に荒れた呼吸の音を確認する。

 ……全員なんとか生きているようだ。

 とはいえ当分は動くことはおろか、喋ることすらできないだろう。


 一仕事を終えた俺は部屋を出て、囚われたリオを求めて建物の中を捜索する。

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