第121話 救援要請 その3

(声の主が分からないって不思議ね)


「だよ。不気味すぎ」


(残留思念的なものなのかしら?)


 状況的に考えて一番妥当な結論をナリスははじき出します。この生きている人形の言葉に、同じ不思議な存在なら何か感じる事があるのかも知れないと彼女は思いつきました。そうしてすぐに立ち上がるとベッドに近付き、そのまま人形を抱き上げます。


「ナリス、あなたを連れていったら分かるかな?」


(それよりもっと適任な友達がいるんじゃない?)


「あっ!そっか!」


 ナリスの言葉を聞いた泰葉はリンゴ仲間の中から適切な人物を思い浮かべました。もし声の主がこの世のものでないのなら、その声が聞こえる人物の能力に頼るのが一番です。

 こうして明日の予定が決まったところで、彼女は人形を元の場所に戻しました。


(明日、みんなに協力を求めたらどうかしら?)


「うん、そうするよ!有難うナリス」


(ふふ、どういたしまして……)


 その日の夜、泰葉は明日の事を考えて中々寝付けません。謎の声の正体が分かったとしても、声は助けを求めていたのです。その要請に応える事が出来るのか、聞いてしまったら無視する訳にもいかない事でしょう。

 そもそもあの声は自分に向かって話しかけていたのか、声が聞けたなら誰でも良かったのか――。色んな考えが頭の中でグルグルと回り始め、こんがらがっている内に彼女は深い夢の中に落ちていくのでした。



 次の日の朝、彼女は寝坊してしまい、遅刻にならないギリギリで教室に滑り込みます。なので話はゆっくる話せる昼休みにしようと言う流れになりました。

 時間も何事もなく過ぎて昼休み。自然に泰葉の周りにりんご仲間が集ったところで早速話を切り出します。


「え?どう言う事?」


「だから、謎の声が聞こえたんだよ」


 セリナが昨日のナリスと同じ反応をします。泰葉は現時点で分かっている事をもう一度繰り返しました。話を聞いていたゆみは昨日盛り上がった話題を思い出し、その流れから彼女に質問します。


「早速レベルアップの効果?」


「いやそうかどうかはまだ何とも言えないけど……」


「あ、言いたい事分かった」


 歯切れの悪い泰葉の返事に、ゆみはピンときます。彼女が求めているものの正体を――。1人納得しているゆみの顔を泰葉は必死の形相で見つめました。


「お願い!一緒に来て!」


「んまぁ……行ってもいいけど……」


 その声が幽霊的なものの可能性を考えての彼女の要請に、ゆみはあまり乗り気ではないようです。多分正体の分からないものの事情に深く入り込む事の危険を危惧しての反応なのでしょう。ヤバイ案件でないと断言出来る証拠は今のところ何ひとつないのです。慎重な反応するのも当然とも言えました。


 こうして話がシリアスになりかけたところで、何とも気の抜けた声が割って入ります。


「何の話ぃ~?」


「鈴香も来る?」


「よく分かんないけど、いいよぉ~?」


 何かあった時のために鈴香がいるととても力強いと、泰葉は彼女もスカウトします。のんびり屋でお人好しの鈴香がこの頼みを断るはずがありません。

 同行メンバーが増えたところで、この話を興味深く聞いていたルルが悔しそうな顔をします。


「私も部活がなかったら行きたいところっスけど……」


「まだ何が何だか分からないし、ルルは部活を楽しんでよ」


「了解っス!」


 何も部活をサボらせてまで突き合わせる話でもないと、泰葉は彼女を何とかなだめました。ここで謎の声究明チームの人員に対して何か思うところがあったのか、セリナがぽつりとつぶやきます。


「泰葉とゆみと鈴香ねぇ……」


「セリナも来る?」


 その言い方が一緒に行きたい風に聞こえた泰葉は、彼女もこのプロジェクトにスカウトする事にしました。その言葉を聞いたセリナはものすごくわざとらしく動揺します。


「え?えぇ~?どうしようかな~?」


「わざとらしいなぁ~。どうせ暇な癖に」


 このあざとい反応にゆみが噛みつきました。言い方が気に入らなかったのかセリナもすぐに頬を膨らませながら言い返します。


「な!その言葉は聞き捨てならんよ!」


「ま、まぁまぁ……私は人数が多い方が心強いよ。何が起こるか分かんないし」


 一触即発の空気を感じた泰葉はこの緊張状態を緩和しようと言葉を尽くしました。彼女の言葉でいさかいはただの言い争いレベルで収束します。そこでほっと胸をなでおろしている泰葉に心強い援軍が同行を求めてきました。


「じゃ、じゃア、私も同行シマス!」


「うん、アリスもよろしくね」


「こちらこそデス!」


 未知の出来事に対処するに当たって万能キャラのアリスがいると言うのは精神的にもかなり余裕が生まれます。話がうまく進んでくれて泰葉は満面の笑みを浮かべるのでした。



 放課後、部活のあるルルを除くりんご仲間全員を引き連れて、泰葉は昨日謎の声を聞いた空き地へとやってきます。

 このプロジェクトで泰葉から一番期待されているゆみは、現場に着いた途端に周辺の景色を確認するように用心深く気配を探りながら口を開きました。


「で、どこでその声を聞いたのよ?」


「えーとね、あの辺りで」


 泰葉は空き地に向かって指を指します。霊感能力少女はその言葉を受けて自分の感覚を総動員して更に気配を探り始めました。その後、しばらく沈黙の時間は続き、同行メンバーは全員黙って彼女がその感覚で得た結果を報告してくれるのを待ちます。

 みんなの注目する中、大体の雰囲気を感じ取ったゆみは不思議そうに首を傾げました。


「うーん、そう言うのが出そうな気配はないねぇ」


「流石はゆみ、気配とか分かるんだ」


「そりゃ分かるよ。こっちは毎日霊とやり取りしてるんだよ」


 ゆみのその言葉に、質問した泰葉は浮かんできた疑問を更に続けます。


「今日も?」


「当然」


「それは大変だね」


 彼女の話すその日常に泰葉は同情しました。りんご能力が芽生えたせいで友達の人生を困難なものにしてしまった。明るく振る舞っているけれど自分がしてしまった事は取り返しの付かない事だと泰葉は分かりやすく落ち込みます。

 そんな姿を見たゆみは、罪悪感を感じている彼女にさりげなくフォローを入れました。


「ま、感じないようにも出来るけどね」


「器用なやつめ」


「オンオフ出来んとしんどいし」


 こうして場の雰囲気がリセットされたところで、ここまで会話に参加していなかったセリナが何も言わずに空き地へと足を踏み入れます。別に部外者立ち入り禁止と言う訳でもなかったので、空き地に入る事自体は何に問題もなく出来ました。

 謎の声が聞こえてきたと言ういわくつきの場所とは言っても場所的に言えばただの空き地でしかない訳で、何かを期待していた彼女は全く何も起こりそうにないこの状況に少し残念そうな表情になります。


「ここかぁ……」


「一体何が起こるのぉ~?」


 セリナが入ったのを皮切りにりんご仲間は次々と空き地へと移動しました。全員が空き地内に入ったところで事態は何も変わりません。鈴香もキョロキョロと周りを見渡すものの、何の異常も見つけられないようです。彼女の問いかけに泰葉も返答に困ってしまいました。


「まだ分かんない」


「真昼の月が出てマスネ」


 みんながこれからどうしたらいいのか頭を悩ます中で、空を見上げたアリスがそこで目に入った光景を素直につぶやきます。

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