第117話 レベルアップ その6

 こうして次々と友達がりんごの樹に触っていく中、泰葉はその様子を腕を組みながら静観している年長者に声をかけました。


「おばあちゃんは何か知ってるの?」


「見当くらいはつくけどね。それが正解かどうかは……」


 おばあちゃんは含みをもたせるような言い方で確実な事は何も口にしません。それが逆に不信感を募らせる結果となり、泰葉はみんなと同じようにりんごの樹を触ろうとする気持ちになれませんでした。

 この事に焦りを感じ始めたアスハは早く他のりんご仲間の元に合流するように急かします。


「ほ、ほら、友達がみんな樹に触ってるよ、泰葉も……」


「誤魔化さなないで!私達、対の存在なんでしょ?何をさせようとしているの?」


 泰葉は何かを隠しているアスハに向かって声を荒げました。急に飛んできた怒号に彼女も思いの丈をぶつけます。


「何かをさせようだなんて思ってないよ!何かが起こってしまう前にみんなに力をつけて欲しいだけ!」


「何かが起こってしまう前に?」


 その言葉に泰葉はゴクリとつばを飲み込みます。厨二病的な魅惑のワードではありますけど、色んな想像が膨らむ危険な言葉でもありました。普通に考えると今後とんでもない最悪の事態が訪れるからその前に力をつけろ的な意味に受け取る事でしょう。勿論泰葉もそのように受け止めたのです。

 このアスハの言葉を聞いたおばあちゃんもまた敏感に反応していました。


「兆候が現れたのかい?」


 どうやらおばあちゃんも何らかの事情を知っているみたいです。アスハはその言葉を聞いてビクッと身を震わせました。その言葉が何らかのキーワードだと直感した泰葉がこの言葉を手がかりにしようと口を開きかけた時、りんごの樹に触ったりんご仲間が、感極まったのか周りに聞こえるくらいの大声でその感想を官能的に叫びます。


「うわあああ……気持ちいい、気持ちいいよおおお~」


「セリナ、変なスイッチ入れないでっ!」


「ご、ごめん……」


 話の腰を折られた泰葉は快感の波に飲まれたセリナを注意します。その声で雰囲気が変な方向に流れたので、まずはそれをリセットしようと泰葉は思いっきり深呼吸しました。りんごの樹に触っているりんご仲間達も、その真剣な雰囲気にじいっと黙って事の推移を見守ります。

 こうして静寂が戻ってきて、周りで聞こえてくるのが鳥達のさえずりくらいになりました。そこで泰葉は改めてアスハと向き合います。


「で、兆候って何?」


「兆候はまだ何も。今感じるのは嫌な予感。それだけだよ」


「予感だけでここまでの事を?」


「何か起こってからじゃ手遅れになっちゃうから……」


 今までさんざん言葉を濁してきたアスハなので、泰葉もその言葉をすぐに信用する事が出来ません。彼女の言葉をどう受け取ればいいのか、判断に困った泰葉は何らかの事情を察しているらしい、さっきからずっと静観している祖母に助言を求めます。


「おばあちゃん……」


「まぁ今りんごの樹の承認を受けてもすぐに何か起こる訳でもないしね」


「そうなの?」


「ああ、ゲームで言うところのレベルの上限が開放されるだけの話だよ」


 おばあちゃんはその嫌な予感についてではなく、りんごの樹に触れるとどうなるのかを泰葉に説明します。すでに彼女以外全員がりんごの樹に触れている段階で、今更泰葉も樹に触れないと言う選択肢はありませんでした。


 それに触った感想はみんなとても好感触なのです。泰葉もそんな彼女達の反応を見て触りたい、その感覚を知りたいと言う気持ちが高まってきていました。後は心の片隅に引っかかる小さな疑問を解消するだけです。

 そこで泰葉はもう一度念を押すようにアスハに質問を飛ばしました。


「その嫌な予感って、私達が強くなれば回避されるの?」


「それははっきりとは分からないけど、その可能性は高くなるはずだから」


 ずっと続けたこの問答ですが、アスハ側に悪意がない事は今までのやり取りで十分に伝わってきます。それが分かったのもあって、泰葉はここでようやく事態を受け入れ、ニッコリと笑いました。


「分かった。じゃあ信じるよ」


「泰葉……」


「それにもう私以外はみんな樹に触っちゃってるしね。やっぱり仲間外れは嫌だし」


 泰葉はそう言うとりんごの樹に向かって歩いていきます。おばあちゃんはじいっとその様子を見守るアスハの背中越しに声をかけました。


「本当の事は話さなくていいのかい?」


「いずれ時期が来たら……」


「アスハがそう言うならいいさ。じゃあ、邪魔したね」


 彼女の思いを確認したおばあちゃんは、この楽園から去ろうと踵を返します。その事に気付いたアスハはくるっと振り返ると大声で呼び止めました。


「ライラ!」


「何だい?」


「たまには里帰りをしてください。おばあちゃんも喜びます」


「ああ、考えておくよ」


 アスハと軽く言葉をかわした後、おばあちゃんは幻のようにすうっと姿を消してしまいます。家族からの伝言を伝えきれたアスハは、姿を消す泰葉のおばあちゃんをずうっと目で追ってニッコリと笑顔になりました。


 おばあちゃんが楽園から退場した頃、ついに泰葉もりんごに樹に手を合わせます。その瞬間に彼女の体を目に見えないエネルギーが一瞬で巡りました。


「うわああ~これいいっ!すごくいいっ!」


「泰葉もハマった」


 快感に表情がとろける泰葉を見てセリナがニヤリといやらしい笑みを浮かべます。全員がりんごの樹に触れてその快感を貪り続ける中、ひとり離れた場所でぽつんと立っている少女に向かって、泰葉が弾んだ声で話しかけました。


「アスハもおいでよ!」


「わ、私は……」


 この突然のお誘いにアスハは戸惑います。りんごの樹に触った瞬間に一瞬で気に入った泰葉は更に勧誘を続けました。


「いいじゃん。アスハにとっては普通の樹なのかも知れないけど、この優しい気配はきっと感じ取れるんじゃない?」


「おいでよ~」


 泰葉に続いて鈴香も彼女を誘います。他のメンバーもニッコニコのごきげんな笑顔で全員が手招きをしました。その雰囲気に断りきれないものを感じたアスハは、少し戸惑いながらもうなずきます。


「う、うん……」


 こうしてみんなのもとに合流してアスハもりんごの樹に触れます。触れた後もじいっと黙っているばかりでつまらないので、泰葉は改めて彼女に感想を求めました。


「どう?」


「流石、生命の樹……満ちていきますね」


 彼女は安らかな顔で泰葉の質問に答えます。楽園に生えているこの巨大なりんごの樹は何と生命の樹だったのです。アダムとイブが食べたのは知恵の実で、生命の樹の実まで食べられるのを恐れ追放されたと言われていますが、泰葉達が得たのは異能の力です。まだ何か秘密が隠されているのかも知れません。

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