第116話 レベルアップ その5

 彼女は泰葉のおばあちゃんに向き合い、真剣な顔で問いかけます。その両手は固く握られ、ワナワナと小刻みに震えていました。そんなシリアスモードなアスハに対して、おばあちゃんはひょうひょうとした態度で近所のおばちゃん達と世間話をするような軽いテンションで話を続けます。


「あんたのおばあちゃんから話を聞いたからね。何もそんなに急ぐ事もないんじゃないかい。他に別の意図があるんだろ?」


「それは……」


 りんご仲間達の力をパワーアップさせると言う事に、さっき話した以外の理由もあると言うおばあちゃんのこの発言にアスハは言葉を濁しました。その様子から不審なものを感じ取った泰葉は、不安そうな表情でおばあちゃんの顔を見つめます。


「どう言う事?」


「あんた達の力を借りたいんじゃないかと私は睨んでるよ。そのためには今の能力では心もとないのさ」


「そうなの?」


 おばあちゃんの話を聞いた泰葉は改めて確かめるようにアスハの顔を覗き込みました。秘密を抱えたままの彼女は事ここに至ってもうまく言葉を紡ぎ出せません。


「それは……」


「もしそうなら素直にそう言えばいいのに。何で騙そうとするの?」


「そうっス!困っているなら力になるっスよ!」


「え?」


 真相を完全に伝えていない事で非難されるかと思っていたら逆に心配されてしまい、この予想しなかった展開にアスハは戸惑います。具体的にその事を口に出したのはルルだけでしたが、他のメンバーも一斉に彼女を優しい眼差しで見つめています。

 この反応にどうしていいのか分からずに硬直してしまったアスハを前に、泰葉ニッコリ笑うと彼女の緊張を解こうと優しく話しかけます。


「ここには話の分かる仲間しかいないって事だよ、アスハ」


「みんな有難う。でもこれはまだ言えないんだ……」


「やっぱりそうだったのかい。ま、そんな気はしてたんだけどね」


 アスハの隠された思いについて何となく見当のついたおばあちゃんは、ここで思わせぶりな言葉を口にしました。おばあちゃんの登場によって一時はみんなで触る流れになっていたりんごの樹接触計画は白紙に戻り、これからどうするかまたみんなで考える流れになりかけたその時です。

 今までの会話の流れに参加していなかった天然キャラがここで楽しそうな声を上げます。


「お先に触っちゃったよぉ~」


 そう、鈴香がりんごに樹に抱きついていたのです。触るだけでいいのに、タッチするどころか思いっきり全身で接触しています。この大胆な行動はいかにも彼女らしいと言えるでしょう。鈴香はりんごの樹に触って快感を感じているのか、とても気持ち良さそうな顔をしています。

 そんな彼女の表情を見たゆみはとても困惑していました。


「す、鈴香……」


「いや、別に触って悪くなるって事はないから……」


 心配そうに鈴香に近付くゆみにアスハはりんごの樹に触るデメリットはない事を伝えます。その言葉を耳の奥に残しつつ、ゆみは鈴香に近付くと、改めて声をかけました。


「大丈夫?」


「うん、とっても気持ちいいよぉ~」


「そ、そうなんだ」


 脳天気に笑って返事を返す彼女にゆみは若干引きます。自分が敬遠されているのもお構いなしに、鈴香は他のりんご仲間達に自分の得た快感を共有してもらおうと明るく笑ってみんなを誘いました。


「みんなも触りなよぉ~。何だか安心するよお~」


「ど、どうする?」


 全く危険のなさそうなこの彼女の勧誘の言葉を聞いたゆみはアドバイスを求めようとみんなに向かって問いかけます。この流れを前に泰葉はこの混乱の原因を作ったおばあちゃんに真意を問いただしました。


「どうしておばあちゃんは止めに来たの?」


「別に止めようと思ってきた訳じゃないよ。何故急ぐのかその理由が知りたかっただけさ」


 おばあちゃんはそう言ってあっけらかんとしています。少なくとも今りんごの樹を触っても悪い事など何ひとつ起こらないだろう事はここではっきりしました。色々知っていそうなおばあちゃんも止めに来た訳ではないと分かり、りんご仲間達の間に漂っていた緊張感も段々薄れていきます。

 りんごの樹に一番乗りでベタベタ触っている鈴香は、自分の感じている気持ち良さをみんなと一緒に楽しもうと甘い言葉で勧誘を続けました。


「ほらほら~おいでおいで~」


 その言葉にゴクリとつばを飲み込み、勇気を出して続いたのは体育会系少女のルルです。


「じゃ、触るっス」


「ルルさん……どうデスカ?」


 恐る恐る触った彼女の表情が緊張から安堵の色に変わっていきました。そんなルルの動向をじいっと見守っていたアリスは興味深そうに質問を飛ばします。

 彼女はりんごの樹に触った瞬間、鈴香の言っていた事を直感で理解しました。


「本当だ……体の中に清らかな水が流れるみたいで気持ちいいっス」


「でしょおお~」


 同じ感覚を共有する仲間が出来て鈴香は喜びます。樹に触る事で気持ち良さを実感したルルは、その感覚を味わって欲しいとすぐに他のりんご仲間を誘いました。


「みんなも触って見るっスよ!」


「ルルも鈴香ウィルスに侵されてしまったか……」


 2人が揃って同じ事を言い始めたので、この光景を見たゆみがため息を吐き出しながらこの状況を揶揄します。その言葉を聞いて馬鹿にされていると感じた鈴香はすぐに可愛らしく頬を膨らませました。


「何その言い方!ヒドイ~」


「冗談だって。ま、鈴香が大丈夫なら大丈夫なんだろうけど……」


 天然の鈴香が悪い気配を全く感じていないなら、りんごの樹に触ったところできっと害はないのだろう、そう判断したゆみもまたりんごの樹に触ります。

 触った瞬間に手を通して感じる気持ち良さに彼女は驚きました。


「どう~?」


「うん、これ気持ちいいよ。まさか樹に触るのがこんなに気持ちいいだなんて」


 こうしてりんご仲間6人の内の半分がりんごの樹に触ったと言う事で、自信を持った鈴香は嬉しそうに他のメンバーも誘います。


「アリスもセリナも泰葉もこっちにおいでよお~」


 その明るく楽しそうな声に誘われて、呼ばれた2人もりんごの樹のもとに歩き出しました。この流れはもう止めようのないものです。そう言う訳でみんながりんごの樹に心惹かれていく中、1人泰葉だけがまだその場に留まっていました。


「アスハ、本当の理由は何?」


「私を信じて」


「いや聞かない事には信じるも何も……」


 泰葉はアスハから本当の理由を聞くまではこの話に乗らないと心に決めたようです。

 けれど当人はその理由を今はまだ話したくない様子。そのために泰葉はただただ困ってしまうばかりなのでした。


 その頃、導かれるようにりんごの樹に触れたアリスは鈴香達が味わった感覚を肌で感じ、素直な感性でそれを口にします。


「本当、これはすごいデス。初めて感じる感覚デス」

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