第90話 泰葉、倒れる その2

「そりゃもう、何か変に感じたらすぐに病院で診てもらうよ」


 気を使われていると感じた泰葉は安心させようとそう言っておどけます。彼女が病院が苦手な事を知っているセリナはそれをすぐに冗談だと見抜き、敢えて話に乗っからずに少しふざけ気味にツッコミを入れました。


「病院で分かるようなものだといいけど」


「そしたらおばあちゃんに頼る!」


「うん、きっとそれが一番だと思う」


 餅は餅屋。訳の分からない現象にはそれに詳しい人物に任せるのが一番、と、言う事で、この話題もこうして上手くおさまります。その後はまた別の話題で盛り上がり、下校の道のりは楽しく過ぎていきました。やがて2人はお互いの家との分かれ道に差し掛かります。


「ありがとね。じゃ」


「うん、また明日」


 分かれ道で別れた泰葉はセリナに挨拶をして、その後はひとりで家路を急ぎます。歩き慣れた道ではありましたが、さっきまで2人だったせいもあって、どこかいつもより寂しい雰囲気を彼女は感じたのでした。


「ただいまー」


 帰宅した泰葉はすぐに自分の部屋に入ると、荷物を下ろして部屋着に着替えます。作業が全て完了すると、そのままベッドに勢いよく倒れ込みました。


「うへぇ、疲れたあ」


(お疲れ様、泰葉)


 その様子を見た西洋人形が無表情のまま彼女を労います。それはいつもの光景ではあったのですが、今回は今朝の事もあって少し様子が違うようでした。


「ああ、何か意識したら本当に頭痛がしてきた気がする……」


(大丈夫?薬飲む?)


「ん……多分平気。でも今夜は早めに寝るよ」


(それがいいわね)


 ナリスに慰められた泰葉は、突然襲ってきた頭痛に対して自然治癒力で対処しようと言う決断をします。病院が嫌いな彼女は当然のように薬もあまり好きではありません。それで夕食後の予定を大幅にキャンセルして、いつもより数時間早く寝る作戦を実行します。

 普段ならまだバリバリ元気な時間帯にパジャマに着替えてベッドに潜り込んだ泰葉は、これで明日には気分スッキリ調子も良くなっているだろうと明るい気持ちで照明のスイチを切ったのでした。



 次の日の朝、教室では珍しい事態になっていました。その異変に気付いたセリナがゆみに話しかけます。


「あれ?泰葉来てないの?」


「そうみたい。あの子が遅刻なんて珍しいね」


「初めてじゃない?高校生になってまだこの時間に来てないって」


 そう、いつもならとっくに登校して、自分の席で寝ていたりぼうっとしていたりしているはずの泰葉がまだ登校してきていなかったのです。この時、教室の時計は朝の8時の30分を回ろうとしていました。彼女がまだ来ていないと言う事で、他のりんご仲間も無人の泰葉の席の周りに集まってきます。


「泰葉っち、まだ来てないっスか?」


「心配です、昨日の今日デスシ……」


 みんなそれぞれまだ学校に姿を表さない彼女の事を心配しています。前日に話していた儀式の影響が今頃体調の不調と言う形になって現れたのではないかと、無人の席の周りでは色んな憶測が飛び交いました。複数の想像の話が出る中で、セリナがポツリとつぶやきます。


「泰葉、今日は休むのかも……」


「マサカ……」


 この意見にアリスが絶句しました。彼女は泰葉が休むのがよっぽど異常な事のように受け取ったようです。その反応にゆみがすぐにツッコミを入れました。


「いやいやいや、泰葉だって普通の人間じゃん、風邪だってひくって」


 この言葉に今度はフォローしてもらった側のセリナが懐疑的な見解を述べます。


「風邪?本当に風邪だといいね」


「こらこらこら、変な含みを持たせない」


 彼女のちょっと怖い意見にゆみは苦笑いをしながら突っ込みます。場が少し不穏な感じになってきてみんなの心が沈みかけたところで、ルルがすぐに明るい声でみんなを元気付けました。


「今日は休んだとしても、きっと明日には元気に出てくるっスよ!」


「そ、そうだよ。あの泰葉だよ。今まで3日以上連続して休んだ事ないんだから」


 自分が場の雰囲気を悪くした自覚のあるセリナがこのルルの言葉を必死にフォローします。やがて始業開始のチャイムが鳴り響き、泰葉の遅刻は確実なものとなりました。1時間目が終わり、2時間目が始まっても彼女は教室に現れません。周りでは泰葉は今日は学校を休んだものと言う認識が支配します。

 彼女が休むと言う家からの連絡が学校に届いたのはそのくらいの時間でした。


 3時間目の休み時間、泰葉がこないと言う事で仲間達はセリナの席の周りに集まっていました。雑談をする中で、彼女はゆみに話しかけます。


「何だか泰葉がいないと静かな感じがする」


「特別賑やかって訳でもないけど、みんなの輪の中心って感じだったもんね」


 みんなが淋しがっている雰囲気を感じたセリナは全員に向けて語りかけます。


「今日お見舞いにいこうか?」


「いや、それは流石に早いんじゃないっスか?」


 ルルはすぐにその意見に待ったをかけます。彼女の意見にゆみもすぐに賛同しました。


「明日出てくるんだとしたら、そんな大袈裟に考えなくていいでしょ」


「そーだねぇー」


 ゆみの意見にいつの間にかその場にいた鈴香が相槌を打ちます。そう言う訳で仲間内では泰葉は明日こそ学校に来るだろうと言う事で意見をまとめ、それからは他愛もない雑談で休み時間を埋めていくのでした。



 そうして何事もなく一日が過ぎて次の日になります。泰葉の登校をみんなは待っていたのですが、結局彼女は現れません。今度は早くに学校に連絡があったようで、朝のホームルームで泰葉が休む事は担任の先生の口からみんなに知らされました。

 休んだ理由については体調不良と言う事しか伝えられず、その事がりんご仲間達の間に動揺を誘う結果ともなってしまいます。


 この事実に一番ショックを受けていたのはセリナでした。何故なら仲間の中で最後まで泰葉と会っていたのが彼女だったからです。


「嘘でしょ?泰葉が2日連続で休むなんて」


「お見舞い、行きまショウ。症状が重いようだったら、私、治シマス」


 昨日却下されたお見舞企画、ここでアリスがみんなに改めて宣言します。2日連続で休むなら、それはお見舞いに行っても問題ないレベルの病気だと思ってもいいでしょう。それに本当に重い病気だったなら、彼女の能力がきっと役に立つに違いありません。


 実はアリスは今までにも両親の体調不良をその能力で癒やしてきていました。その経験があったので、自信を持って治すと宣言出来たのです。その心強い言葉を聞いたセリナは安堵の表情を浮かべました。


「そだね、アリスの力があれば一瞬で治っちゃうよ!」


「アリス、私が調子を崩した時も是非お願いね!」


 2人のやり取りを聞いていたゆみは便乗するように彼女に話しかけます。それによってこの場はゆるい笑い声に満たされたのでした。

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