第81話 愉快な休日 その8

 日頃の不満を吹き飛ばすかのようなその歌声は謎の感動をみんなに与えます。


「おお……気合入ってる……」


「セリナって意外と武闘派なのかも」


 彼女の熱唱する姿を見ながら、泰葉とゆみが感想を語り合います。この件でセリナの認識を新しくしていると、やがて彼女は歌い終わりました。大拍手で迎えられてセリナもまんざらではなさそうです。


 間髪入れずに次の曲が始まり、マイクはルルに手渡されます。そうして始まった曲は何とアニソン。その可愛らしいリズムは数年前に大ヒットを飛ばし、同世代の認識率も高い作品のオープニングテーマ曲です。その曲を彼女は振り付きで可愛らしく歌い上げます。


 このチョイスもまた今までの彼女のキャラからは考えにくく、いつも行動を共にしているリンゴ仲間達でさえとても新鮮に映りました。


「ルルがアニソンって……似合ってないようで似合ってるね」


「ギャップが可愛いよね」


 ここでもその感想を泰葉とゆみが語り合います。さっきまで歌に入り込んで熱唱していたセリナは完全燃焼したのか、ソファの端っこで抜け殻のようになっていました。カワイコぶりっ子で歌うルルの歌唱力は意外に高く、まぶたを閉じて聞けばまるで本人が歌ってるかのようです。

 そう言う事もあってルーム内はかなり盛り上がりました。


 ノリノリで楽しんでいる内に無事曲は終わり、彼女は歌を歌い終わったアイドルのように深く頭を下げます。途端に大きな拍手が湧き上がりました。


 その盛り上がりが収まらない内に次の曲が始まり、次にマイクを受け取ったのは泰葉です。彼女の歌う曲は昭和時代のヒット曲でした。曲は古いですが、その代わり知名度は抜群で、同世代でもその曲のサビは多くの人に知られています。

 その歌手になりきって歌う泰葉もまた普段のイメージとはかけ離れていました。


「泰葉は懐メロかぁ~。これ私達が産まれる前に流行った曲じゃん」


「でもいい曲だよね。なんか時代を超越しているって言うか」


 その歌を聞きながら語り合うのはゆみと復活したセリナです。2人共泰葉の歌声に聞き惚れていました。昭和の歌独自の情のこもった歌い方を彼女はマスターしていたのです。サビ以外はみんなの耳には新鮮に聞こえ、この曲も大いに盛り上がります。

 歌い終えた泰葉は歌いきった満足感に恍惚とした表情を浮かべるのでした。


 そうして、マイクは次に歌うゆみに引き継がれます。彼女が選んだ歌は、メンバーの誰も知らないマニアックなものでした。


「ゆみの選んだ歌、私知らない……」


「多分この中じゃあの子しか知らないでしょ?結構マニックなんだよね」


 その初めて聞く曲を聞きながら泰葉とセリナが語り合います。曲自体は聞き慣れなくても、その曲は聞きやすく、ポップな感じでとてもいい曲です。その選曲センスの良さにセリナらしさが現れていて、歌を聞いたみんなの評判も彼女らしいと言う所に落ち着きました。


 鈴香を除くみんなが一通り歌ったところで場は温まり、カラオケは一層盛り上がります。次々に曲は入力され、みんな楽しそうに熱唱しました。


「いえ~い!みんなノッてる~!」


「いえ~い!」


 ジュースやフードをそれぞれ注文しながら、楽しいカラオケタイムはあっと言う間に過ぎていきます。その賑やかさに鈴香も起き上がり、彼女も一曲披露しました。鈴香の歌ったのは童謡で、まさに彼女らしいと一同手拍子で応援します。

 そうしてやがて時間になり、この楽しいカラオケタイムもずっと盛り上がったまま終わりを告げました。


 みんながカラオケ屋さんから出てきた頃、時間はすっかり遅くなっていました。もうこれ以上何処かに寄り道する事は出来なさそうです。と、言う訳で今日の予定はここで終了と言う事になりました。現地解散と言う事で、駐輪場で自転車の鍵を外しながらみんなが泰葉にひと声かけていきます。


「今日は楽しかったね~。またこう言うのやろう!」


「時間があっと言う間だった。楽しかったね」


 ゆみとセリナはそう言いながら先に帰っていきました。少し間を置いて鈴香が彼女に声をかけます。


「猫カフェまた行こうね~」


「今日は初めて行くお店とかもあって良かったっス」


「楽しい時間を過ごせて、みんなともっと親睦を深められた気がシマス。有難うございマス」


 最後にルルとアリスにも声をかけられ、泰葉はこのイベントの成功に満足します。


「ふう、今日のイベント大成功で良かった良かった」


「あなた、響泰葉さんね?」


 リンゴ仲間も全員いなくなって泰葉もそろそろ帰ろうかと自転車にまたがったその時です。黒フードを深くかぶった同世代くらいの少女がいつの間にか彼女の側に近付いて声をかけてきました。少女に見覚えのなかった泰葉はこの突然の状況に困惑します。


「え?誰?」


「……顔は覚えたから……」


 少女はそう言ったかと思うと踵を返し、またどこかへと姿を消してしまいました。泰葉はこの一瞬の出来事に理解が追いつきません。


「本当に誰?」


 考えても答えの出る問題ではない為、彼女は首を傾げながらもそのまま帰宅します。それからナリスに相談したり、この手の事に詳しそうなおばあちゃんに話を聞いてもらったりしましたが、結局真相は分からずじまいでした。

 この事についてはハッキリした事が分かってから伝えた方がいいと、リンゴ仲間には誰ひとり話していません。


 その後は何事が起こるでもなく平穏な日々は続き、泰葉は謎少女の事をすっかり忘れていくのでした。

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