第57話 YOUは何しに? その5

 泰葉達のどこでもいい発言は本音だったようで、最初に読み上げたそのお店に速攻で決まりました。約一名、その決定に不満を抱く人もいましたが。


「猫カフェ~」


「鈴香、一旦猫カフェから離れようか?」


 そう言う訳で5人はそのうどん屋さんへ昼食のために向かいます。お店に到着した時は時間はご飯時より少し早めの頃合いだったので店内も比較的空いていて、注文の列もみんなの前に10人程とまぁまぁいいタイミングでした。注文列はテキパキと捌かれてすぐに泰葉達の順番が回って来ます。


 お店に入った並びからまずはゆみと泰葉が注文します。


「温ぶっかけの大盛りで」


「私は釜玉」


 その後にセリナとルル、最後に鈴香が注文します。


「かけうどん大盛り」


「釜揚げうどんっお願いするっス」


「きつねうどんくださ~い」


 セルフのうどん屋さんなので流れ作業のように注文されたうどんが完成していきます。みんなお好みのサイドメニューを選び取り、最後にネギと天かすをふりかけて完成です。野菜の天ぷらは泰葉とルル、ちくわの天ぷらをゆみ、セリナは海老天、鈴香はかぼちゃの天ぷらをチョイスしました。


 それぞれのうどんが完成した所で今度は座る場所を探します。人数が5人なのでテーブル席ではなく、カウンターにみんな並んで座りました。


「いただきまーす」


 うどんをすすりながら泰葉が最初に口を開きます。


「このお店、初めて来たけど美味しいね」


「ここ、口コミサイトでも高評価なんだよ」


 彼女の言葉にお店を決めたゆみがその理由を口にしました。泰葉もその話に納得します。


「道理でお客さんも多い訳だ」


 みんなの食事中に時間はお昼時となり、徐々にお客さんが増えていきます。そんな店内の様子を眺めていたセリナはポツリとつぶやきました。


「でも海外の人はいないね」


「観光客の人はこの中にいるかもよ?」


 今日が休日と言う事もあって、来ているお客さんの雰囲気は千差万別です。人物構成もおひとり様からカップル、友達同士に家族連れとバラエティに富んでいました。きっとこの中には泰葉の言葉通り、観光客の人も多くいる事でしょう。人数が増えて来たと言う事で店内も大分賑やかになって来ました。

 賑やかな流れに沿って泰葉達の会話にも花が咲きます。セリナが更に言葉を続けました。


「お城と神社廻ったけど、結構良かったね」


「地元の魅力再発見だよ」


 野菜の天ぷらを頬張りながら泰葉が返事を返します。


「地元住人が地元の名所を知らないのも残念な話だし、もっと地元の事をよく知らなきゃだね」


「このお店もそんな名所のひとつっスね」


「確かに」


 泰葉とセリナの会話にルルが参入し、楽しい食事の時間はあっと言う間に過ぎていきました。食べ終わった食器をカウンターに戻して、みんな満ち足りた表情で店を出ます。

 店を出てすぐに泰葉は両手を広げて背伸びをしながら口を開きました。


「ふー、まんぷくぷー」


「最後は市民の森だ!」


 うどん屋さんの駐輪場で出発の準備をしながらゆみは改めて目的地を口にします。この言葉を聞いた鈴香は少し心配そうな顔をしながら問いかけます。


「また遠いのぉ~?」


「大丈夫、ここからだと自転車で10分ぐらいだよ」


「じゃあ頑張る~」


 ゆみから答えを聞いた鈴香は安心して笑顔になりました。こうして5人は改めて市民の森へと出発します。

 自転車を漕ぎながら泰葉は並走するセリナに話しかけました。


「市民の森って今何か見頃の花とかあったっけ?」


「え~?私詳しくないし」


「行けば分かるよ」


 2人の会話に後ろを走っていたゆみが口を挟みます。確かにそりゃそうなんですけどね。うどん屋さんから市民の森までは自転車で10分なので5人はすぐに目的地に到着しました。鈴香が電池切れになる前に到着する程の近さです。


 市民の森が見えて来た所でその様子を見たルルが声を上げます。


「あれ?結構賑やかっぽいっスね」


「本当だ、意外にこれは当たりかも!」


 予想より賑やかな市民の森の光景に泰葉は興奮します。5人は駐輪所がかなり埋まっていたのでそれぞれ開いているスペースにバラバラで自転車を停めました。それでもう駐輪場のスペースは全部埋まってしまいます。自転車を停めた後にみんなで合流して早速市民の森観光が始まりました。


「市民の森って春の方が咲いている花が多くて賑やかだけど、秋も華やかだね」


「これからの時期はコスモスっスね」


 市民の森はいつ来ても自然の景色が楽しめるように季節の草花が見事に育てられています。今日はいい行楽日和だったので、その風景を楽しむお客さんが大勢訪れていたようでした。みんなこの景色の写真を撮ったり話をしたりとそれぞれの楽しみ方をしています。


 泰葉とルルが周りの景色を眺めながら会話をしていると、周りの観光客メインで景色を眺めていたセリナが急に泰葉に話しかけてきました。


「あ!ほら、海外の人っぽいよ、きっと観光客だよ!」


「おお~」


 セリナが指差したその方向を眺めると、確かにそこにはひと目でバッチリ分かる程の海外観光客の人がいました。彼は長身の北欧系イケメンで日本の自然の風景を楽しんでいる様子。この待ちに待っていた状況を前に泰葉は興奮を隠しきれませんでした。

 隣でその様子を目にしていたルルも思わず彼女に声をかけます。


「話とか聞きに行かないっスか?」


「えっ?」


 この唐突な問いかけに泰葉は動揺しました。焦る泰葉を目にしたセリナは悪戯っぽく言葉を続けます。


「ほら、YOUは何しに?ってさ」


「い、行かないよ!やめてよ!」


 両脇から急かされた感じになって泰葉は困惑します。そもそも海外の観光客を見た事がないと言う事で始まったこの話、別に泰葉はその人と交流したいとかそんな気持ちまでは全くありません。目に出来た時点で目的は達成されたのです。それで更にもしつこく催促されて、流石の彼女も堪忍袋の緒が切れました。


「そんなならセリナが言ったらどうなの!言葉分かるでしょ!」


「こ、言葉が分かるのと話すのは違うんだってば!」


 そう、セリナの能力は海外の人の言う言葉が脳内で直接日本語変換されると言うものであり、それ以上のオプションはありません。こちらから話しかけるにはそれ相応の会話能力、語学力が必要なのです。

 彼女もそれなりに英語の勉強していましたが、本場の人とスムーズに会話が出来ると言う程自分の語学力に自信を持ってはいませんでした。必死に弁解するセリナを見て泰葉はキョトンとした顔になります。


「そうだっけ?」


「私は言葉が理解出来るだけなんだよ!話すのは地の語学力が必要なんだって!」


「ちゅーとはんぱだな~」


 セリナが話す能力の説明に泰葉はつい素直な感想を漏らしてしまいます。この言葉に彼女は気を悪くしました。


「泰葉がそれ言う?」


「ごめんってば」


 すぐに言ってはいけない事を言ってしまったと気付いた泰葉はセリナに謝りました。


 そんな訳で目的も達成したと言う事でここからはみんな純粋に秋の市民の森を堪能します。気持ちのいい季節の風を胸いっぱいに吸い込みながら鈴香が背伸びをしながら口を開きました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る