第52話 呪いの人形 その5

「私が連絡取ってみるよ。みんなはそれまで普通にしてて」


 こうして”泰葉を人形の洗脳から解いて普通の日常を取り戻す計画”略して『泰葉奪還計画』が発動します。今後の方針が決まったところで取り敢えず会は解散しました。


 昼休みに入って鈴香は泰葉に呼ばれます。そこで他のメンバーと同じように彼女もナリスを紹介されたようでした。他のメンバーと違って鈴香はこの特殊な人形の事をすんなりと受け入れたようです。


「ゆみ~ナリスちゃんかわいいね~」


「鈴香、あの人形に何かおかしいと感じる所はなかった?」


 同じようにナリスを見た鈴鹿にゆみは人形の印象を尋ねます。

 しかし彼女から戻って来た答えはゆみの想像とは違い、いかにも鈴香らしいものでした。


「ううん~?何で~?」


「ごめん、聞いた私が悪かった」


 鈴香の返事を聞いたゆみはため息を付いて頭を押さえます。


 放課後、ゆみは泰葉のおばあちゃんに連絡を取りました。電話口のおばあちゃんの声のトーンから言って、この問題はあまり深刻なものではないようです。


「何だい、やっぱり泰葉のところにあったのかい」


「あの人形って危険なものなんですか?」


 おばあちゃんなら詳しい事も知っていると思い、ゆみは突っ込んだ質問をします。おばあちゃんはすぐにその質問に答えました。


「危険って言うかねぇ、あの子は独占欲が強過ぎるんだよ。それで人形の持ち主も骨抜きにされてしまうのさ」


「それって……」


 話をここまで聞いた段階でゆみは言葉を失います。彼女の頭の中には今朝の泰葉の様子が再現されていました。


「しかもどれだけ人形と持ち主を離してもあの能力があるから無駄なんだ」


「じゃあ、物理的に……」


 ゆみが人形の破壊を匂わすと、電話口のおばあちゃんの声の雰囲気がガラッと変わります。


「……さて、今までそう言う事を試さなかったと思うかい?」


 そのおばあちゃんの声はどこか怪しげで、おまけに少し恐ろしさすら感じるものでした。ゆみはこの言葉を聞いて大体の事情を感じ取ります。


「あっ……。でも何とかしないと泰葉が……」


「そうだね。確かにまだ様子を見ないと分からないところはあるけど、あの子は意外とうまくやれる気がするんだ」


 何とかして泰葉を人形から遠ざけたいとの思いでおばあちゃんに話を打ち明けたのに、肝心のおばあちゃんの考えはゆみ達の願いとは反対に彼女の事を見守って欲しいと言うものでした。

 この言葉を聞いたゆみは思わず言葉をこぼします。


「そんな悠長な事……」


「何、いざとなったら奥の手は考えてあるよ。それより今は泰葉を信じてあげておくれ」


「わ、分かりました」


 おばあちゃんに優しく説得されて、ゆみもそれ以上は言葉を続けられなくなりました。


「ゆみちゃん、教えてくれて有難うね」


 おばあちゃんは最後にそう言って電話を切ります。こうしてゆみ発案の『泰葉奪還計画』は特に大きな成果を上げられないまま幕を下ろしました。

 次の日、これが一番信頼を寄せる人物からのメッセージだと言う事で、ゆみは電話の内容を包み隠さずみんなに伝えます。


「……と、言う話だったよ」


「おばあさんがそう言うなら仕方ないね」


 ゆみの話を腕組みをしながら聞いたセリナは苦笑いをしながらそう言うとため息を吐き出しました。それから彼女はみんなの方に顔をを向けて自分にも言い聞かせるように口を開きます。


「じゃあ、泰葉を信じるか」


「そうデスネ……」


「分かったっス!」


 こうして泰葉奪還チームは解散し、替わりに泰葉見守り隊が組織されました。いつまでも彼女をひとりにしていては淋しいだろうと、まずはゆみが泰葉の前に顔を出します。


「どう? ナリスは元気にしてる?」


「そりゃ人形だもん、元気だよ」


「そっか、そうだよね」


 出来るだけ会話を続けようと彼女の前に出たものの、早速ゆみは次の言葉が出なくて困ってしまいます。すると泰葉は彼女が困っているのを察して自分から話しかけて来ました。


「私さ、みんなが気味悪がるからこれからは極力ナリスの事は話さないようにするよ」


「え……?何か気を使わせちゃってごめん」


「ううん、こっちこそ気を使わせちゃったよね」


 この様子から泰葉は決してナリスに幻惑されている訳ではないとゆみは確信します。泰葉の態度が以前のように戻ったと言う事で次第に元のように彼女の周りにリンゴ仲間が集まるようになりました。

 こうしてまたいつものリンゴ仲間達の日常風景が戻ります。


 ナリスは泰葉の部屋でお留守番。お気に入りのベッドの縁でちょこんと座っています。彼女が部屋にいる時は泰葉とナリスはいい話し相手ですが、外ではもう必要以上に人形の話はしなくなりました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る