第147話 星祭り その5
何も知らない留学生組に、地元民のミチカが前方に向かって指を指した。
「ほら、見えてきた」
「あ、ここって……」
見えてきた祭壇を見てマールは目を丸くする。それは普段は何もない川の側の広場の中にあった。どうやら儀式は宗教的な施設で行われる訳ではなさそうだ。この場所でそれを行う事自体にも意味があるのだろうけど、このお祭りの日以外はそう言う役目はないのだろう。
同じ景色を見たなおも感心してつぶやく。
「祭壇って、このお祭りのために特別に作るんですね」
「そ。それで一晩明けたらすぐに片付けるんだ」
「何か勿体ないね」
「祭壇の撤去までがお祭りだからね」
留学生組2人の感想を聞いて、ミチカはドヤ顔でふんぞり返る。お祭りのために祭壇を作って、お祭りが終わればそれを撤去する。その手間が逆に神秘性をより高める結果にもなっていた。
祭壇の事はそれで大体分かったと言う事で、マールは今度は視線をもう少し足元に戻した。
「いっぱい人が集まってるなぁ」
「そりゃ当然だよ、この辺りの人みんな来てるんだから」
星祭りには既に多くの人が集まっている。その理由をまたしても地元民観光ガイドがドヤ顔で説明した。近隣住人が全員集まるならその混雑も納得だ。
マール達が祭壇に近付こうとしたところで、既に人の数が学校の全校集会の数倍の規模になっていた。どこを見ても人のカタマリ。
この状況に、なおが顔色を悪くする。
「私、人酔いしそうです……」
「気をつけてね。無理だったら祭壇まで行かなくてもいいから」
「有難うございます。でも大丈夫です、多分」
エーラに背中を抱かれて、なおは力ない笑顔を見せた。残りメンバー3人は、彼女を気遣うようにパーソナルスペースを作ってしっかりとフォローする。
人の列がゆっくりと進む中、マールはこの後の予定について話しかけた。
「祭壇で祈って、それから屋台?」
「まぁそうなるかな。役目のある人は祭壇のある部屋の中で踊ったりとかね、そう言う仕事もあるんだけど」
「その踊りは見られるの?」
エーラの説明にマールの好奇心が爆発する。
「見たい人はね」
「見た事ある?」
「子供の頃はね。親に連れられて……もしかして行きたいの?」
「うん、折角だし」
マールは両手を握って目を輝かせる。その前のめり気味な勢いを見てミチカが呆れ顔になった。
「言っとくけど、あんまり面白くはないよ。踊りは単調だし、スローテンポだし、後、踊りの時に流れる歌はまるで暗号だし」
「じゃあ、飽きるまでは見ててもいいじゃん」
そんな彼女の気持ちを萎えさせようとした目論見も、それを未体験なマールには通用しなかった。説得は難しそうだなと言う雰囲気を前にミチカは自力での交渉を早々にあきらめ、友達に丸投げする。
「どうする?」
「いいんじゃない?私は大丈夫だけど」
踊りの観劇に消極的な彼女に反して、エーラはそれほどでもないようだ。頼りにしていた味方に裏切られたような感じになって、ミチカはあてが外れた不満を顔に出していた。
その流れに乗るように、なおも好奇心を表に出す。
「わ、私も見てみたいです」
「じゃあ、行ってみっか」
こうして多数決によってミチカも渋々折れ、4人は祭壇に向かって歩き出した。行動は決まったものの、芋洗い状態の人混みは中々前に進めず、もみくちゃにされながら全員が離れ離れにならないようにするのだけでかなりの精神力を消耗させてしまう。
とは言え、祭壇を目指す多くの人は用意されている賽銭箱にお金を入れて願いを祈ってすぐに離脱する人ばかりで、列の進み具合は意外と早かった。そうしてマール達が祭壇の前に辿り着いた時、まだ本格的な儀式は何も始まってはいないようだった。
無理やり覗き込んで、人気のない祭壇を見たマールは拍子抜けしてしまう。
「ここでやるの?」
「あ。まだ早かったか……。先、屋台に行く?」
「だねー」
後ろからどんどん押される形になってちっとも落ち着かなかったのもあって、4人はとりあえずこの人混みの中から脱出する。一応願い事自体は済ます事が出来たので、次の目的地である屋台の方へ向かう事となった。
屋台もまた魅力的なお店がずらりと並んでおり、かなりの盛況ぶりを誇っている。食べ物やくじ、ゲームなどの屋台にマール達は誘惑されっぱなしだった。
「やっぱお祭りは屋台だね!」
「文化祭のお祭りの生徒で作る屋台も良かったですけど、プロの人の仕事はやっぱレベルが違いますね」
「本当本当」
留学生2人組はそう言いながら、ずらりと並ぶ屋台を見比べる。美味しそうな匂いにつられそうになるものの、手当たり次第に手を出す訳にはいかない。何故なら予算は限られているからだ。
最近大きなイベント続きで、マール達全員あんまり贅沢は出来ない状況になっていた。
学校の文化祭は生徒達の手作りと、場所が学校と言う好条件が重なってお値段も懐に優しかった事が、この一般の屋台を見て改めて実感させられる。
人混みの中を歩きながら、マールは屋台の値段表を見てため息をついた。
「ちょっと高いのがたまに傷だけど」
「そこは困っちゃいますよね」
「文化祭の値段なら何も考えすに食べられたんだけどな……」
留学生組が屋台の値段を見て指を咥えていると、ミチカが得意げな顔をする。
「そりゃ、学生価格とホンモノ価格は違うよ」
「無駄遣い厳禁ですね」
「とほほ」
そう言う訳で、食べたいモノを迂闊に食べられないジレンマに悶々としていると、本島らしい珍しい屋台が目についた。
それに最初に気付いたミチカが、少しわざとらしく指をさす。
「あ、あそこに魔法料理の屋台があるよ」
「どうせお高いんでしょ?」
普通の屋台メニュー、焼きそばとかりんご飴とかでも市場の倍はする価格設定だったのもあって、こんな場所に出店する魔法料理の屋台はさぞや高額なものだろうとマールはあきらめ気味にため息を吐き出す。
全く期待しないままにそのメニューに目をやると、目に入ってきたのは意外な値段設定だった。
「……あれ?あんまりそうでもない」
「そりゃそうだよ。お店出してるの、おじさんだもん」
「あ、あの時の」
そう、その屋台を出していたのは収穫祭の時にお世話になったあのお手頃魔法料理のお店。レストランでもお手頃だったのだけれど、屋台でもそのポリシーは貫かれていた。身内だからミチカもわざとらしく誘導したのだろう。
お値段がお手軽なのもあって、屋台はかなり繁盛しているようで、かなりの人だかりが出来ていた。
「やあ、みんな。どう?食べるかい?」
一行に気付いた主人が声をかける。既に様々な屋台を見て回ってお腹もギュルギュルと活発になっていたのもあって、マール達は砂鉄が磁石につくように吸い寄せられていった。
元々が本格的なレストランでも、そこは屋台、出せるメニューはすぐに提供出来る屋台モノに限定されている。それでもしっかり魔法は付与されており、他では味わえない色合いと味が自慢の一品になっていた。お値段が手頃な上に特別な料理、人気にならない訳がない。
マール達は行列に30分は並んで、その屋台魔法料理を見事にゲットする。
「はい、お待ちどう様。星祭り、楽しんでね」
小銭と引き換えに手にしたパックのオムソバを、マールはその場ですぐに食べ始めた。
「うんまうんま」
「ここだけで満腹になる勢いですね」
同じものを買ったなおも、そのボリュームに感動する。
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