第112話 なおの秘密 その4

 椅子自体に仕掛けがあるのかそうでないのかは見ただけでは分からない。ただ、そのフカフカの椅子の座り心地は中々いいものだった。

 椅子に座ったのを見届けた部長が早速今回の実験のための機材の調整を始める。まずは各種の魔法装置を起動させて、そこから表示される数値等を見ながらコントロールスイッチなどを動かし始めた。


 コントロールパネルの中央にあるトラックボールのような水晶玉に右手を乗せ、自身の魔力で繊細なエネルギーの微調整を重ねていく。

 諸作業を初めて数分後、全ての準備が整うと改めて部長は椅子に座った被験者に声をかけた。


「さて、それでは……」


「あの!」


 なおからの突然の言葉に計器類を動かす手の動きは止まる。今ならまだキャンセルも間に合うため、部長はそうなった時の想定も頭に残しながら彼女からの質問に耳を傾けた。


「何だい?やっぱり止めるかい?」


「いえあの……まぶたは閉じた方がいいんでしょうか?」


 実験の中止も想定に入れていた部長はこの可愛らしい質問に軽い笑みを浮かべると、すぐに安心させるように優しい声でなおに話しかける。


「ああ、そうだね。閉じたいと思ったら閉じていいよ。こっちとしてはどちらでも作業に影響はしないんだ」


「じゃあ、まぶたを閉じますね」


「うん、何なら眠っても構わないからね」


「あは、分かりました」


 こうしてなおの記憶を呼び覚ます実験は始まった。椅子に座ったなおの頭に大きなヘルメットのような装置が上から降りてくる。そこからラボの機材によって調整された特殊な魔導エネルギーが照射されていく。それ自体は全く物理的な刺激を発生させはしなかったものの、徐々に被験者の意識を過去へと導いていった。


 なおは実験を受けながら心地よい心理状態に導かれ、やがて深い眠りの状態へと落ちていく。部長はそんな彼女の状態を慎重に観察しながら右手で装置の水晶に与える魔力を調整し続けていた。



 こうして召喚魔法部で壮大な実験の始まった頃、転移魔法の習得に精を出すマールは、度重なる挑戦とその度に返ってくる先輩からのダメ出しによって疲労がピークに達していた。


「だあーっ」


「お、音を上げたか」


「休憩くらい下さいよ先輩。もう頭がフットーしそう……」


 そう、今回は休憩なしで3時間ぶっ続けで習得のためのトレーニングを続けていたのだ。今までこんなに精神を集中させた事のないマールにとって、もう何も考えられないほどに心身が疲弊し尽くされていた。

 今にも倒れそうな彼女を見て、流石の先輩もその訴えを受け入れる。


「ったく、だらしねーな。ま、実力がEじゃしょーがねーか」


「なおちゃん、本当どこに行ったんだろう。ただ見てくれているだけでも違うんだけどな」


 力なく地面に座り込みながら、マールは今この場所にいない優等生の友達の事を考えるのだった……。



 その優等生はと言うと、召喚魔法部のラボで実験の真っ最中。まぶたを閉じた彼女の脳内イメージに映ったのは最初こそ壮大な宇宙のイメージとか、自由自在に動く無数の光点だとかの謎のリラクゼーションイメージだったものの、時間が経つに連れて徐々にパーソナルなものに姿を変えていく。

 ある程度それが認識出来るようになってくると、ぼんやりと景色のようなものが彼女の意識に迫ってきた。


「な、何これ……」


「何か見えてきたかい?」


「は、はい……まだ具体的なものは見えてきてはいないんですけど……」


「うん、いい兆候だ。続けるよ」


 なおの言葉から手応えを掴んだ部長は更に注入するエネルギーの濃度を上げていく。彼女の記憶を塞いでいる障壁を取り除くためだ。計器の数値がある一定のレベルを超えたところで、なおの意識が更にバーストした。


「うわーっ!」


 こうして彼女の自我は意識の深いところへと沈んでいく。浮かび上がってきたのはずうっと忘れていた彼女の深い記憶の底に沈んでいた、幼い頃に目にしていた景色。島の景色とも本島の景色とも違う全く別の世界の景色。多分それは魔法壁の向こうの――。


(これ、私の記憶……?見た事のない景色……)


 なおはその懐かしい景色を俯瞰で眺めていた。空を飛ぶ鳥の視点。やがて彼女はある家の庭の景色に注目していく。気が付くとその家をすごく間近に目にしていた。そこには楽しく庭で遊ぶ双子の女の子と、彼女達が遊ぶ様子を優しい眼差しで見つめる両親の姿。

 やがて深刻そうな顔になった父親は、双子を目で追っている母親に話しかける。


「では、いいんだな」


「ええ、この子達にしるしが現れた以上、私達の進む道はひとつです」


「分かった」


 何故自分がこの光景を見せられているのか、その理由を考えたなおは当然のようにひとつの結論に辿り着いた。


(あれが……私の両親?)


 そう思うと、この映像に出てくる父親と母親がとても愛しく感じられた。父親の威厳のある顔、母親の優しい顔。今すぐにでも駆け出して2人に抱きつきたい思いに駆られたものの、当然それは叶わない。この景色は自らの記憶の奥にあるもの……記憶を機械によって再生させているだけ。見ている事しか出来ないのだ。

 そこから導き出されるもうひとつの結論、それは両親が見つめる先の遊ぶ双子のどちらかが幼いなお自身だと言う事だった。


 彼女が記憶の景色から両親を認識したところで、すぐに場面は転換する。次に映ったのは双子の別れの光景だった。父親に連れられて双子の1人がどこかに向かうようだ。この時、おめかしして玄関で佇む女の子を見送るもう1人の視点となおの視点がシンクロしていた。


「お姉ちゃん……」


「私は大丈夫。大丈夫だから」


 出ていく姉と見送る妹。姉妹はまるでそれが今生の別れでもあるかのようにしばらくの間強く抱き合った。そうして姉は父親に連れられて家を出ていく。

 独りぼっちになった妹の前に母親が現れ、彼女に優しく声をかけた。


「さあ、ミルにはミルの役割があるのよ」


(ミル……それが私の?)


 妹の視点にシンクロしている事から、なおは自分がこの妹そのものだと自覚する。そうして忘れてしまった本当の自分の名前を失った記憶から思い出していた。自分の名前が思い出せたと思った途端にまた場面は転換する。


 次に映った景色はどこか古いまるで遺跡のような部屋の中。部屋中に不思議な文様がデザインされていて、その模様からは不思議な力を感じる事が出来た。その部屋の知識が何もない幼いなお――ミル――はこの部屋に連れてきた母親に質問する。


「ここどこ?」


「あなたは引き継がなくてはならないの。魔法の記憶を」


「魔法?」


「そう、あなたひとりがだけ継承出来るの……」


 どうやら彼女はここで何らかの力を継承する役割があるようだった。母親はその事を強要するかのように強い言葉を投げかける。

 けれど、ミルはその言葉を素直には受け入れない。何故なら彼女は双子だったから。


「嘘!だってお姉ちゃんも!」


「お姉ちゃんはお姉ちゃんで別の役割があるの」


「私お姉ちゃんと一緒がいい!」


「どうか聞き分けて!あなたの命を無駄にしたくない!」


 ひとりじゃ嫌だとわがままを言うミルに、母親は衝撃的な一言を告げる。それまでずっと声を張り上げていた彼女も、母親のこの言葉で勢いが止まった。


「えっ?」


「いい、あなたは絶対利用されちゃいけないの!」


「何それ?」

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