第111話 なおの記憶 その3
「普通の記憶喪失へのアプローチなら無理かも知れない。だから視点を変えるんだよ」
「え……っ?」
なおはこの部長の言葉に目を丸くする。島で散々試して解決出来なかった問題が、もしかしたらうまくいくかも知れない?
俄然この話に興味が出てきた彼女は、身を乗り出し気味に部長の話に耳を傾けた。
「君の記憶障害はきっと魔法が影響している。ならその魔法にプローチするんだ」
「そんな事が?」
「出来る、と、断言までは出来ないけど、方法が全くない訳じゃない、試す価値はあると思うよ。どう?嫌なら強制はしないけど」
「やってみます!」
可能性があるなら記憶を取り戻したい!常々そう思っていたなおはこの話に目を輝かせる。今までは一旦は遠慮していた彼女も、今度はすぐに飛びついた。
軽い世間話をしていたはずが、物語は大きく動いていく。こうして次にする事が決まった2人は椅子から立ち上がり、部長の先導の元、部室から別の部屋へ移動する。どうやらその場所になおの記憶を取り戻す何らかの仕組みがあるらしい。
期待に胸を膨らませながら、なおは部長の後についていくのだった。
その頃、滅多に人のこない魔法用具小屋の裏手で転移魔法を習得に精を出していたマールはミーム先輩からお褒めの言葉を頂いていた。
「おっ、すごいじゃないか、第2段階クリアだぞ」
「えへへ……。見直しましたか先輩!」
「いや、この程度じゃあまだまだだな。完全マスターしたなら認めてやんよ」
第2段階のクリアでは少し褒めたものの、先輩の態度はまたすぐにツンに戻る。どれだけ成果を出しても簡単には認めてくれないこのスパルタ先輩にカチンと来た彼女は、目の前の指導者の実力が気になってすぐにそれを口に出した。
「ちなみに先輩の魔法レベルは?」
「ふふん、勿論Aだ!……って言いたいところだけどB-だよ」
「おお……」
流石大口を叩くだけあって、先輩もそれなりの実力を有していた事にマールは感心する。この反応にいまいち現状認識出来ていないと察した先輩は、自らが所属する部活の内情を改めて自慢げに説明した。
「魔法召喚部は全員転移魔法をマスターしているって言っただろ。だからC以下の部員はひとりもいない。全員が精鋭なんだよ」
「じゃあCの部員はいるんだ?」
この言葉からマールはすぐに揚げ足を取る。魔法検定のCなら彼女も頑張れば届くかも知れない。そう言う皮算用も含めた反応のようだ。ただし、E+とCには本来かなりの実力の差がある。
本来、魔法検定Cと言うのは大人の魔法使いの標準技術レベル。中学生が会得出来るのは平均でそのワンランク下のDくらいまでなのだ。大体、マールのE+も年齢を考えればそこまで悪い結果と言う訳じゃない。
そう言う中でB-の先輩やAのなおが桁違いに優秀だと言うのは分かってもらえると思う。
「言ってもC+だからな。ほとんどBみたいなもんだ」
「なるほどぉ」
「だからウチはE+のお前が本来いていい場所じゃないんだよ!」
検定の話からまたしても先輩がマールをディスった。その物言いに気を悪くした彼女は、挑戦的な顔で先輩の顔をじいっと見つめる。
「でも検定の結果は不変じゃないですよね?」
「ああ?」
不敵な顔で煽るようなその話し方に先輩もまた不機嫌になった。マールは自分で考えた独自理論をここでキレ気味の先輩にドヤ顔で披露する。
「この転移魔法はマスターするのにCの実力が必要なんでしょ?」
「それが何?」
「じゃあ私がマスター出来たらその時点で私の実力はCって事になる訳じゃないですか。おお!私って天才!」
短絡的と言えば短絡的だけど、言われてみれば納得せざるを得ないその話を、彼女は世紀の発見をした科学者のように自画自賛した。
けれどこのマール自慢の説を先輩は特に感心するでもなく、かなり冷めた目で半ば呆れ気味に正論で抑え込んでくる。
「ばーか、そう言うのはマスター出来てから言う台詞だ」
「ぐぬぬ……」
先輩の正論に、彼女はまたしても唇を噛んで言葉を飲み込むしか出来なかった。逆に先輩は勝ち誇ったみたいに魔法習得の再開を急かす。
「馬鹿な事言ってないで続きだ続き。転移魔法をマスター出来ない限り入部は絶対認めないからな!」
「絶対に認めさせてみせるから!」
こうしてお互いの意地がバチバチと火花を散らす中、マンツーマンの指導は続いていく。結局何だかんだ言って先輩は面倒見がいいのだった。
その頃、部長なお組は部室の建物から少し離れた部屋に入室していた。この施設は学校の施設ではあるものの、もう召喚魔法部しか利用していない。なので実質、施設全体が召喚魔法部の所有物となっているらしい。
2人が入った部屋は機材が散らかった実験室のような部屋だった。初めて目にしたその部屋を見てなおが素直な疑問を口にする。
「ここは?」
「ここは召喚魔法部のラボだよ。かつては色んな魔物を召喚する研究もしていたんだ」
部長の話によると、ここは召喚魔法部のラボと言う事なのだそうだ。部活創立時からラボはあって、様々な研究ときっちりとした成果も出していたのだとか。
学校の部活で扱う研究室と言うには規模もかなり本格的で、自身も島の研究室で検査を受けた事もあるなおは、そこと勝るとも劣らないこの研究室の設備に目をキラキラと輝かせる。
「今でも動いてるんですか?」
「流石に今はもう何も召喚はしていないけど、魔法の研究自体はしているよ。いい機材も揃っているしね」
「すごいですね」
部長の話を好奇心の塊の彼女はうんうんとうなずきながら聞き入っていた。聞き上手のなおの反応に気を良くしながら部長は話を続ける。
「ウチの部のOBで名を上げた魔法研究者も数多くいるんだ。それでその研究もまた私達は引き継いでいる」
「もしかして、その中に?」
「そう、君の記憶を蘇らせるのに有効な研究がある。多分君の記憶障害は呪いじみたものだと思うんだ。それが除去出来れば……」
「出来ますか!」
ついに話が核心に辿り着き、なおは珍しく大声を上げる。それだけ感情が揺さぶられたのだろう。最大級の期待を背負わされた部長は、少しその圧に当てられながら、変に希望をもたせ過ぎないようにと冷静に言葉を選ぶ。
「確信はない、ただ、可能性はある。やってみるかい?」
「すみません、あの……リスクのようなものは?」
「確かに記憶をいじる事になるのだから、何らかのリスクの生じる可能性はある。失敗した時の影響は想定出来ない。だから確実な事は言えない」
部長は彼女の質問に正直に答えた。その誠実な雰囲気に、なおは失敗のリスクより成功した時のメリットの方に目を向ける。
「でも、うまく行けば記憶が戻るんですよね」
「ああ、飽くまでも可能性の話だけど……」
「じゃあ、お願いします」
少しでも可能性があるならと、彼女は部長に全てを任せた。この言葉を受けて部長は静かにうなずく。
「うん、分かった。覚悟は良いね。そうしたらあの実験用の椅子に座って。後は全部こっちでするから、なお君はリラックスして座っているだけでいい」
「分かりました」
指示通りに彼女はラボの中央にこれ見よがしに設置されている椅子に深く腰かける。この椅子はSF映画でよく見られるような立派な椅子で、立派な肘掛けも両脇についていた。
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