第108話 スカウト その6

「あ、あの……」


「何だい?」


 この問いかけに、部長が静かな微笑みを湛えながら質問者の顔を優しく見つめる。その雰囲気に安心したなおはここで思い切って質問した。


「この部室、本当に転移魔法でしか入れないんですか?」


「はは、そうだったね。大丈夫、ちゃんと行き来出来るよ。この部室は旧校舎にあるからちょっと遠いけどね」


 その言葉を受けて自分の説明不足を感じたサアラは、ここで改めて新入部員に部室の事を説明する。魔法を使わなくても通える事が分かって安心すると同時に、その返答からもうひとつの疑問が生じたなおは思わずその気になった言葉を聞き返していた。


「旧校舎?」


「ああ、この学校に来て日の浅い君達は知らないよね。ちょっと生徒手帳を出して」


 この指示になおがすぐに自分の生徒手帳を差し出すと、部長はパラパラとページをめくって学校の地図が載っている所を開いた。それを2人に見せながら早速さっきの言葉の説明を始める。


「ほら、この学園の見取り図のここ」


「え、これ、敷地外じゃなかったんですか?」


 指し示された場所を見てマールが声を上げる。そこは学校からかなり離れた場所で、初見では誰もが学校とは無関係な場所だと思いこんでしまうような所だったのだ。地図のページの端っこにあるその建物は、よく見ると確かに学校関係の建物と同じ色で表記されていた。


「そう、一見敷地外に見えるけど実は違うんだ。ここもこの学校の施設なんだよ。ま、ウチの部活以外で使われてはいないんだけどね。だから逆に隠密行動にはうってつけなんだ」


「こんな遠い所にあっただなんて。そりゃ転移魔法を使いたくなる気持ちも分かるよ」


 マールは部室の位置関係を知って、ひとりうんうんとうなずきながら納得していた。部長は部室の遠さに不安げな雰囲気になっている新入部員達に向けて、その問題を払拭させようと上級生らしく爽やかアドバイスをする。


「君達にやる気があるなら教えてあげるよ。今の部員全員僕が教えたんだ。僕も先輩方に教えてもらってね、言わば部の伝統かな」


 にこやかに話すサアラのその好意に、マールは目を輝かせながらすぐに飛びついた。


「ぜ、是非喜んで!」


「はは、じゃあ部に入って最初の仕事はそれで決まりかな」


 彼女の反応が嬉しかったのか、部長も楽しそうに返事を返す。転移魔法の存在を知ってからと言うもの、ずっとその魔法にマールが憧れていたのを知っていたなおはニッコリと彼女に笑いかけた。


「良かったですね、マールちゃん」


「うん、何だか運が向いてきたよ」


 彼女からの励ましの言葉を受けたマールは目を輝かせてその言葉に応える。そのやり取りを見ていたミームが、ここで警告代わりに少し厳し目の言葉を口にした。


「一応言っとくけど部長の指導はスパルタだからな。ついていけなくて泣くんじゃねーぞ。そもそも魔法検定C以下がそう簡単に習得出来る魔法じゃ……」


「ミーム!やる前から決めつけない!」


「は、はい……」


 偉そうに上から目線で高説を垂れていたミームは部長から怒られてシュンと小さくなる。その様子を見たマールはザマァと溜飲を下げていた。

 けれど、先輩の話を真に受けたなおは心配そうに友達の顔を覗き込む。


「マールちゃん……」


「だ、大丈夫!私気合で覚えるから!絶対マスターするから!」


 いつも気合だけは一人前のマールは両手の拳を胸の前で握って強がった。その意気込みを目にした部長は目を細めると、彼女のその心意気を褒め称える。


「その気合があればきっと習得出来るよ。期待してる」


 サアラからの心強い言葉に感極まったマールはペコリと頭を下げた。


「は、はい!よろしくお願いします!」


「わ、私もよろしくです!」


 彼女が挨拶するのを見て、慌ててなおもワンテンポ遅れて頭を下げる。こうして今日は説明だけで終わり、マール達は取り敢えず一旦学校に戻る事になった。不思議な事に旧校舎内のアレコレでかなり時間が過ぎていたはずなのに、先輩の転移魔法で戻った時、時間はほとんど経っていなかった。


 後で聞いた所によると、召喚魔法部の部室は特別な魔法処理がなされていて、時間の流れがかなり遅くなっているらしい。時間を操るとかどれだけ高度な魔法だよとマールはそのスケールの大きさにただただ言葉を失ったのだった。



 召喚魔法部の活動は極秘裏に行われなければならないため、部員と生徒会の幹部以外には活動自体が秘密となっている。そのためにマール達は同じ留学生組にもこの事を秘密にしなければならない。

 けれどそれがマールには秘密を持っていると言う優越感に繋がり、結構この状況を楽しんでいるみたいだった。ちなみに使い魔に話すのはOKなのだそうだ。


 僕は彼女が自慢気にその話をするのを、つまらない顔をしながら渋々付き合っていた。

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