第82話 美味しい料理 その4
こうして先生の指導の元、初歩のスパイス魔法の実践が始まる。ある程度完成した料理の仕上げにスパイス魔法を振りかけると言う簡単なものだ。
初めて料理魔法を経験する3人は全く勝手が分からず悪戦苦闘していた。
「ええいっ」
「うぐぐ……」
「ええっとぉ」
マールとファルアが苦戦するのは分かるにしても、教えたら何でもすぐにこなしてしまう天才肌のなおがここに来て2人と同じように失敗を繰り返しているのは少し意外な感じだった。つまり、彼女もまた向き不向きのある普通の女の子と言う事なのだろう。失敗を続ける内に疲れが溜まってきたのか、段々みんなの息が乱れてきた。
簡単なように見えても、その力の調整にはかなりの集中力と絶妙な力のコントロール技術が必要なものらしい。
「はぁ……はぁ……」
「くっ……」
中々うまくいかない作業は集中力を乱してしまう。特にマールとファルアは、今にも作業を投げ出してしまいそうなギリギリのラインの攻防を繰り広げていた。そんな5人の作業の様子をじっくりとやさしく見守りながら、先生はこの作業にを身に着けた時のメリットを説明する。
「この力の調整は時短魔法の基礎が出来るようなる事で身につくから、逆に言えば、これがうまく出来るなら時短魔法もうまく使える様になるの。流石にゆんは結構出来てるけど、みんなもそんなに悪くないわ。もしかしてみんなも魔法料理を?」
「えっと、しずるが魔法料理の経験者で、後は全員初心者です」
先生の質問に悪戦苦闘中のマールが答える。先生はその返答に意外そうな顔をする。
「そうなの?全員筋がいいわよ。しっかり修行したらどんどん実力を身につけられると思うわ」
「あ、有難うございます」
先生に褒められてみんなまんざらでもない顔になった。とは言え、大事なのはその完成度。初めての3人も、経験者の2人も、スパイス魔法に挑戦するのはこれが初めての経験で、全く感覚は掴めていない。
それは例えるなら素人がプロの作風に挑戦するようなもので、調整が難しいのもあって誰もが自分達の調理の出来に不安を覚えていた。
「んでも、これって美味しく出来ているのかな……」
「うう……全く感覚がつかめない」
「みんないきなりスパイスだもの、そりゃ無理があるよ」
マールとファルアが疑心暗鬼になる中、ゆんがそんな2人をさり気なくフォローする。なおも苦戦しながらずっと力の調整を続けていた。
「どの程度になれば完成か分からなくて、ずっと手を加えてしまいますよね」
「これは奥が深い……」
魔法料理経験者で優等生のしずるもこの作業に没頭している。彼女の魔法料理歴は時短料理の基礎のレベルで、ゆんと同じく料理アレンジ系の魔法は未習得だ。手間をかければかけるほど理想の完成度に近付くこの作業に、しずるは夢中になっていた。
先生は5人それぞれが悪戦苦闘する姿を眺めながら、自分の過去の姿と重ね合わせたのか、優しい眼差しで見守る。
「ふふ、最初はみんなそうなのよ、この加減は言葉では説明出来ないの。感覚は経験で身に着けないと。でもそこが魔法料理の面白さよね」
スパイス魔法に取り掛かって約15分後、何とか納得出来るものが仕上がってきたようで、みんなそれぞれに感想を口にする。
「出来たー」
「うぅん……うまく出来たのかな?」
「わ、私はいい感じに出来た気がするよ」
マールは料理の完成を喜び、ファルアはまだ納得がいっていない様子。また、ゆんはそれなりに手応えを得たようだ。
「ちょっと不安ですね」
「うまく出来た感じは……あったかな……」
なおはファルアと似たような感想で、しずるはゆんと同じような感想を抱いている。こうして全員の料理が出来上がったと言う事で、先生はそれぞれの料理の総仕上げの魔法をかけていく。
この一手間で初めて挑戦したスパイス料理は、まるでプロの作品のようにキラキラと美しい輝きを放ち始めた。
こうして、見た目だけなら立派な魔法料理が完成する。先生はみんなの苦労を労うように、ニッコリ笑うと優しく声をかけた。
「全員完成したみたいだし、じゃあみんなで実食と行きましょうか。美味しく出来ているといいわね」
「いただきまーす!」
みんなはそれぞれ自分の作った料理を口にする。最初は期待に胸を膨らませていたメンバーだけど、それを口に含んだ瞬間、その表情は一変した。
「ん……んんん……んんんんんん?」
「あ、味がしない……」
魔法料理にいきなりぶっつけ本番のマールとファルアは、お約束通りの想定内のリアクションをする。どうやら2人共魔法の調整に失敗したのか、全く味がしないらしい。スパイスが重要なのに味がしないと言うのは、全く魔法が効果を発揮しなかったと言う事だ。
味のしない料理を食べ続けるのは結構な苦行となる。やはり基礎をすっ飛ばしていきなり本番は無理があったと、2人共苦い顔のまま固まっていた。
では、魔法料理経験者で先生の指導を受けているゆんは成功したかと言えば、やはり技術不足もあって満足行くものは出来なかったようだ。流石に全く味がしないという訳でもなく、普通に食は進んでいたものの、料理を口に含む度に首をひねっていた。
「うーん、何かが足りない気がする。うまく説明出来ないけど」
「え、ゆんでもそうなの?」
彼女の言葉にマールは驚く。経験者ならうまく出来るものと思っていたからだ。その反応にゆんは苦笑いをする。
「私もまだ基礎を習ってる途中だからさ」
「簡単なスパイスアレンジでも難しいんですね。私もあんまり美味しくはなっていない気がします」
なおも自分の作った魔法料理を食べながらその感想を口にする。その口ぶりから言って、彼女の料理も完成度はそれほど高くはなさそうだった。
5人の内の4人が料理失敗と言う流れで、せめてメンバーの中でも一番の優等生だけでもいい感じに成功して欲しいと、そう言う希望を込めてマールが黙々と作った料理を口に運ぶ、まだ感想を口にしていない最後のひとりに声をかける。
「しずるは美味しく出来た?」
「……私も成功とは言い難いかな?前に食べたプロの魔法料理と比べたら……」
こうして全員の感想が出たところで、先生がみんなに魔法料理の奥深さを伝える。
「みんな実践した事で少しは分かったと思うけど、魔法料理もまた深い考察と高い技術が必要な専門職なの。どう?参考になった?」
「はい!これで研究が進むと思います!有難うございました」
「こちらこそお役に立てて嬉しいわ。頑張ってね」
みんなを代表してマールが先生に御礼を言って、こうしてプロからの取材は終わりを告げた。みんなを気に入ってくれたのか、先生は帰る5人を玄関先でずっと手を振って見送ってくれた。
夕日で空が赤く染まった帰り道、マールはみんなに向けて話しかける。
「いい経験だったね」
「私もまだまだだなぁ~」
ゆんは先生にいいところを見せようとしたのに、それが叶わなくて自分の未熟さを反省している。逆にマールは先生の言っていた言葉に自信を覗かせていた。
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