第77話 グループ研究 中編

「ダメ、でしょうか?」


 彼女を傷つけた風な雰囲気になって、焦ったマールはすぐに両手を左右に激しく振りながらその場を取り繕う。


「い、いやいや、ダメじゃないよダメじゃ。ただ、魔法現象の研究は小学生の時にみんなでやるんだよね」


「そうそう、私達もつい一年前にね。だからあんまり新鮮味がないって言うか……なおちゃんのせいじゃないんだけど」


 マールの説明に加えて、ゆんが割り込んでその話に補足説明をする。2人の説明を聞いたなおは大体の事情を理解して軽く落ち込んだ。


「そうなんですね……すみません」


「いやいや、だからなおちゃんのせいじゃないって。知らなかっただけなんだからさ」


 凹んだ彼女の姿が見ていられないとマールは何とか彼女を元気付けようと、とにかく明るく振る舞う。こうして話が全然進まない中、何か閃いたらしいファルアが明るい声でみんなに向かって提案する。


「お、そうだ。眠り病について調べるって言うのは?」


「調べるって……分からない事だらけだよ?どうやって調べるつもり?」


 ファルアのこのアイディアに対し、マールがそのテーマを選んだ時のハードルの高さを訴える。その質問はファルアにとっても想定内だったみたいで、少しも動じる事なく、その問題点についての打開策を提示する。


「専門家が身内にいるじゃない」


「先生ですか?そうですね、話は聞いてみます」


 なおはすぐにファルアの言いたい事を理解して即答する。望み通りの答えが返ってきて彼女はほくそ笑んだ。そうして研究テーマがこの話題に決まりそうな雰囲気になりかけたところで、しずるがこのやり取りに不満を訴えた。


「あんまり私達の都合に付き合わせるべきじゃないのかもだよ。先生は忙しいんだから」


 なおの保護者の先生は飽くまでも警備部の優秀なスタッフであり、彼女を余計な仕事に携わせるのは警備部の人間として許し難いところがあるらしい。

 しずるの静かな圧に圧倒されてファルアは軽く方針転換をする。


「ま、まぁ、夢の中に入った経験だけでも十分に面白い研究は出来るかな……」


 こうしてファルアのアイディアも頓挫しかけて、また別のアイディアが必要とされる中、何か閃いたらしいゆんが今度は自分の番とばかりに発言する。


「あ、精霊石について調べるのもいいかも」


「おお、精霊石!いいね!」


 彼女のこのアイディアにマールは即賛成する。精霊石をテーマにしたなら他のグループとは絶対に被らないだろうと言う、その確信があったからだ。

 ただ、この独創的なアイディアにもすぐにケチがついた。この件に口を出したのはファルアだ。


「でも、精霊石についてはさらに資料がないよね」


「謎が多いから調べる価値があるんじゃない!」


 精霊石を調べる事の難度の高さを突っ込まれたゆんは適切な言葉を返せなくてつい逆ギレで誤魔化した。

 しかし出来れば詳しい人がこの研究をサポートしてくれた方が助かるのは間違いない訳で、マールはダメ元でみんなに助力を求める。


「誰かみんなの中に精霊石の専門家の知り合いとかいない?」


「う、そう言うツテは……」


「えーと……」


「知らない……ですね」


「私もちょっと……」


 流石に謎に包まれた精霊石について詳しい人を知っていると言うメンバーはひとりもいなかった。専門家がいないとなると、もう自分達で1から調べ上げるしかない。仕方がないのでその線でマールが話を進めようとすると、言い出しっぺのゆんから厳しい言葉が飛んできた。


「噂だけ集めても研究としての完成度は低い気がする」


「もう、厳しいなあ、ゆんは。優秀賞取ったって別に賞金が出る訳じゃないんだから適当だっていいんだよ」


「私が関わって適当な出来は許されないよ?」


 マールの放った適当と言う言葉に完璧主義者のしずるが敏感に反応する。その醸し出される威圧感にマールは普通にビビった。


「あ……えっと……うん、そうだね。やっぱり、やるからには本気でやらないとね……」


 あんまりにも彼女が萎縮してしまったので、しずるは怯えさせ過ぎた事に対して身振り手振りを加えながら弁明をする。


「や、冗談だって。まぁ、あんまり手抜きなのは好きじゃないけどね」


「楽しようとは思ってないよ。……そりゃあ、楽に済めばいいかなとは思うけど」


 最後に本音が出てきて、それを聞いたみんなはその言葉がマールらしいとおかしくなって笑う。


「あはは」


 みんなでひとしきり笑ったところで、ゆんが改めて自分達が今までに遭遇した出来事について回想する。


「考えたら私達、結構色んな経験してるよね。外道生物と戦ったりとかさ」


「確かに他のみんなよりネタになるような事をしてるよね」


 ファルアもゆんの話に同調する。確かにマール達は周りの同世代の子供達よりも豊かな経験をしている。グループ研究においてこれが大きな武器になるのは間違いなかった。だからこそ、しっかりそれを活かせるテーマを選ばなければいけないんだけど。


 マールは様々なアイディアが出た事をまずは喜び、そうして次のステップに進めようとみんなに声をかける。


「じゃあ、そう言うのから研究のテーマを決めようか」


「そうだね、全然経験していない事よりしっかりした記事も書けそうだし」


 ファルアはマールのこの意見に賛同する。結局、マール班は授業時間内に研究するテーマを絞りきれず、この件は持ち帰りとなった。ただ、クラス内でも同じ状況のグループは多く、クラスに出来た7つの班の中で研究テーマを決める事が出来たのはわずかに2組だけだった。


 マールは家に帰ってすぐに僕に向かってこのグループ研究についての事の顛末を、身振り手振りを加えて大げさに口にする。


「ほえ~大変だねえ」


「でもみんなでわいわい話し合って何かを決めるって結構楽しいよ。……ネタがポンポン出る内は」


 そう話すマールがなんだかんだ言って結構楽しそうだったので、僕は適当に返事を返した。


「楽しいなら結構結構」


「ねぇ?とんちゃんなら何を研究する?」


 いきなり話を振られて僕は困惑する。腕を組んでしばらく思案するものの、そんな簡単にマールが望むような答えが見つかるはずもなく、沈黙の時間だけが流れていく。それでも彼女が目をキラキラさせて答えを求めるので、僕は何か概念的な事を言ってけむにまく事にした。


「うーん、何だろ?何を調べるにしてもやっぱ好きな事を調べたいよね。嫌な事を調べるとなったらモチベも上がらないし、いい結果は出ないと思う」


「おお!いい事言うね!」


「マールの場合なら好きなアニメの研究とかでいいじゃない?アニメ好きでしょ」


 話が乗ってきた僕はマールの好みから自分なりに考えた研究テーマを口にする。

 でもそれだと遊びになってしまいかねないと、彼女はすぐに僕のこのナイスアイディアをボツにした。


「ちょ、真面目に考えてる?まぁ確かにアニメの研究もいいかもだけど」


「ほら、まんざらでもなさそうじゃん」


「も~、とんちゃんに相談したのが間違ってたよ!」


 からかわれているのが分かってマールは僕を追いかけ回した。僕の俊敏さに彼女が敵う訳もなく、さんざんドッタンバッタンいい運動をする。

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