戻ってきた魔法使い達の日常

プロのお仕事

第56話 プロのお仕事 その1

 マールが眠り病から復帰してわずか数日後。自室でリラックスして好きな雑誌を読んでいた彼女が突然くしゃみをした。


「へっくち!」


「風邪?薬飲む?」


 僕はこのくしゃみがただの生理現象とは思えなくて念の為マールに質問した。彼女は鼻をこすりながら少し具合の悪そうな顔で答える。


「ああ、うん」


「ちょっと待ってて、薬取ってくる」


 このやり取りでやっぱり調子が悪いみいだと察した僕はすぐに部屋を出て風邪薬と水を用意する。それにしても薬嫌いのマールが即答するくらいだから本当に調子が悪いんだろうな。眠り病から復帰したばかりなのに病気が続いてるけど大丈夫かなあ。


 僕が部屋に戻って薬と水を渡すと、マールは何も言わずにそれを飲み込んだ。持ってきたのが粉薬だったので早速マールがその感想を口にする。


「う~にがーい」


「良薬口に苦しだよ」


 この僕の言葉に彼女からの返事は返って来なかった。納得したのかな。いつもなら後二言三言言葉が返るから、ここで会話が途切れるのは何だか少し淋しい気もする。それとも思ったより症状が重いのかも知れない。だとしたなちょっと心配だ。薬で治るレベルだといいんだけど。


「じゃあおやふみ~」


 薬を飲んだ後、マールはすぐに寝てしまった。寝付きがいいのはいいけど、次の日の朝、彼女は元気になっているだろうか。僕はそれが心配になりつつ部屋の照明を落とす。次に目が覚めたらきっといつもの朝がやってくると信じて。


 次の朝、僕が起こそう布団の上から猫マッサージの体勢を取るとそこから見えるマールの表情がどうにも熱っぽかった。気になっておでこで熱を測ると間違いなく病気の熱を感じ取る。これはまずいと僕は布団から飛び降りてマールのお母さんにこの事を報告する事にした。


「今度は風邪なの?」


「でも薬が効いてないみたいだから、もしかしたら風邪じゃないのかも」


 僕の報告を聞いてお母さんは病院に行く準備を始める。この事を伝えてと言付かった僕はまたマールの部屋に戻った。すると彼女は目を覚ましていて、体調が悪いので学校が休めると睨んで早速自堕落モードを発揮して布団の中で雑誌を読み始めていた。


 だらけているその姿を見た僕はすぐにさっき話し合った事を立ち上がってジェスチャーを加えながら彼女に訴える。


「おはよ。調子悪いんでしょ?病院に行こうよ。きっと注射で一発だよ」


「注射やだ!痛いの禁止~!」


「ワガママだなぁ……」


 僕はマールを病院に連れていく為にあの手この手で布団から引き剥がそうとするものの、嫌がる彼女は必死にしがみついて抵抗する。いつまでもマールをその場から剥がせないまま時間は過ぎていき、やがて彼女を呼ぶ声が家に聞こえてくる。一緒に登校しようと友達がやって来たのだ。


 マールのお母さんは彼女の体調が悪い事を説明する。その時、話のついでにマールが部屋から出たがらない事も愚痴のように口にしていた。今回はいつものメンバーに加えなおも同行していたらしく、不調の話と部屋を出たがらない話を聞いてすぐに何処かに連絡を取っているようだった。


 僕との攻防戦に勝利したマールはシメシメといやらしい笑顔を浮かべながら惰眠を貪ろうと布団に潜り込む。それから数十分後、廊下を歩く足音が彼女の部屋に近付いてくる。危険を察知したマールは眠ろうにも眠れず、緊張感で心拍数を上げていた。


 次の瞬間、無情にもドアは開き、白衣の女の人を連れて僕は部屋に入る。


「と、言う訳でお医者さんを連れて来たよ」


「な、なんでぇ~っ!」


 僕がお医者さんを連れて来た事でマールは飛び起きる程驚いていた。実は彼女はなおの保護者をしている医師であり、マールの不調を聞いたなおが彼女に連絡を取って今回特別に来てもらったと言う訳だった。


「なおの友達が病気と聞いてね。それにあなたは更に眠り病にも罹っていたんでしょう?純粋に興味があるの」


「い、痛くしませんよね?」


 初対面の先生を前にマールは顔を引くつかせながら質問する。この手の質問に慣れているのか、彼女はニッコリ笑うと口を開いた。


「症状次第ね。まずは体を見せてくれる?」


「ぬ、脱ぐんですか?」


「オーラで見るから脱ぐ必要はないわよ」


「ほ、良かったあ」


 脱ぐ必要ながないと分かるとマールは言われるままに医師に体を委ねる。彼女は手をかざしながらオーラを確認し、持ってきた機械の数値を読み取りながらカルテにその情報を記載していく。ある程度情報が揃った所でその結果から導き出された答えを医師はうなずきながら何度も確認していた。


「うんうん、なるほど」


「ど、どうですか?」


 この彼女の雰囲気に不安を覚えたマールは心配そうに質問する。すると医師はマールの顔を見て軽く質問を返した。


「あなたは継承の義で力を授かってまだその力を活用していない。そうでしょう?」


「え、はい」


 この質問に素直に答えると、医師は彼女の不調の原因をきっぱりと答える。


「それで、その力とあなた本来の体に眠る魔導力がうまく馴染んでいないのね」


「それが、原因ですか?」


「少なくとも原因のひとつでしょうね。力を使うなら今すぐにでもこの不調は治ります」


 医師の話によれば、継承の義で受け渡された力が今の体の不調の原因と言う事らしい。彼女によると不調を治す一番の手段は今すぐにこの力を活用する事。

 けれど、この力をそんな安易に使いたくないマールは医師の言葉を強く拒否する。


「え?そんなの無理です!」


「なら、私が調整するわ。ただし、飽くまでもこれは応急処置ね」


 マールの意思を確認した医師はすぐに別の方法を提示する。ただし、それは効果が長く続くものではないらしい。マールはその言葉に不安を覚え、質問する。


「それで、どのくらい持つんですか?」


「まぁ、1年は持つと思うけど。出来ればそれまでに力の使い方を決めた方がいいわね」


「わかりました。それでお願いします」


 問題を先延ばしにする事でお互いの意見は決着する。処置方法が決まったので医師は早速マールを改めてベッドに寝かせて彼女の体の中の魔動力の力の調整を開始した。

 マッサージのように力の眠る腹部を中心に体を撫でられるとマールの体調はみるみる回復していく。

 その余りの気持ち良さに彼女は施術をしてもらいながら自然にその感想を口から出していた。


「ああ~体が楽になってくるよ~」


「これで良し。もしこれでまだ調子が戻らないなら、ちゃんと病院で診て貰ってね」


 この力の調整ですっかり体の調子が戻ったマールはその後、ぐっすりと眠ってしまう。丸一日眠って完全復活した彼女は次の日、ちゃんと学校に登校した。教室に入ってなおを見かけたマールは早速昨日のお礼を口にする。


「なおちゃん有難う!助かったよ」


「お役に立てて良かった」


「先生にも有難うって言っておいてね」


「うん、きっと喜んでくれると思う」


 なおとマールが楽しく会話しているとファルアとゆんもマールの所に集まって来た。2人共それぞれマールに挨拶をする。


「おはよ~」


「お、復活したね」


 元気そうなマールを見てファルアが心配そうに尋ねて来た。


「大丈夫だった?」

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