第38話 妖精を探して その4
そんな彼女を見てマールは手を差し伸べる。
「なおちゃんも一緒に行こ?」
「……分かりました。でも何かおかしいと感じたらすぐに止めますからね」
この様子を見て彼女をひとりにしてはいけないと悟ったなおは意を決して彼女と共に歩いていく事にする。そう、何かあった時に止めるために。
2人がずんずんと導かれる声に従って森の奥へと歩いていくと周りに霧が立ち込め始め、その濃度は歩みを進める度にどんどん濃くなっていった。
「こんなに霧が濃くなって、行き先が分かるんですか?」
「って言うか、なんでなおちゃんにはこの声が聞こえないんだろうね?こんなにはっきり聞こえるのに」
「そんな事言われてもこっちが困りますよう」
「あはは、ごめんね」
マールは自分がなおを困らせていると感じ苦笑いをする。対する彼女は自分には聞こえないその謎の声に興味を持っていた。
「何て言って呼ばれてるんですか?」
「うん、ハッキリとはしないんだけど、おいで、おいでーって。気のせいかも知れないけどね」
この彼女の返事にピンと来たなおはひとつの仮説を口にする。
「もしかして、妖精が呼んでいる……とか?」
「確実な事は言えないけど……その可能性は高いかなーって思ってる。この森に来たのは初めてじゃないけど、こんなのは初めてだよ」
なおの話を聞いたマールはうんうんとうなずいてその説を受け入れる。このコンロンの森は開発が進んで人の手が関わっていない場所はない程なんだけど、それでもこの広大な森の奥にはまだ人の知らない神秘的な何かが眠っているのかも知れない、そう思わせる雰囲気が残っていた。
「マールー!」
「なおちゃーん!」
その頃、ようやく後ろについて来ているはずの2人がいない事に気付いたゆんとファルアは必死でマール達を捜していた。それでも休日の妖精ブームに沸く観光客ごった返しの山道での捜索は簡単な事ではなかった。
口を手に当てて叫んでいたファルアがゆんに話しかける。
「どうしよう?はぐれるなんて思ってなかったから……」
「とにかく探そう。絶対何処かにいるはずだよ」
コンロンの森はしっかり管理が行き届いていて、見回りの人もそれなりに配備されているものの、今日はあまりにも人が多くてファルア達の行動に気が付く人はいなかった。
気が動転していなければそう言う人を頼るなり森の管理人に連絡すればいいとすぐに気付くはずなんだけど、この想定外の出来事に2人はそんな基本的な事にさえ頭が回っていなかった。
ずっと呼びかけるしか出来ないのがもどかしくなったファルアが口を開く。
「連絡が取れないのがキツイよね。携帯の電波が通じないのか、電源を切っているのか、充電が切れたのか……」
「マールなら充電が切れた説を推すかな」
「だよねぇ~」
捜索組の2人もまずは連絡を取ろうと携帯で連絡を取ろうとしたものの、すぐに連絡が取れない事が分かってそこで初めて事の重大さに気付いたのだ。
それはマール達が道から滑り落ちて20分ほどたった後だった。滑り落ちた時に大声のひとつも上げなかったせいで後ろにいたなお以外に気付く人はいなかった。
妖精は空を飛んでいる事が多く、今日森に入った人はみんな上の方ばかり見ていたと言うのも発覚が遅れた原因だった。
「マールはともかく、なおちゃんとも連絡が取れないのがね」
「せめて2人一緒に行動していて欲しいな。なおちゃんは優秀だから彼女が先導していたら大丈夫かも」
ファルアとゆんはそう言ってマールよりなおの方を信頼していた。幼馴染なのにポンコツ扱いされるマールって一体……。
「ぶえっくしょい」
「風邪ですか?」
「いや、これはあの2人が私の事を話してるわ」
突然の鼻のかゆみに思いっきりマールはくしゃみをする。なおに心配された彼女は物語のお約束の台詞を口にした。実際そうだから仕方ないね。
マールの言葉になおは先行していた2人を思い出して何も言わずにマールの後を追った事を後悔していた。
「そう言えば彼女達、きっと心配してるでしょうね」
「大丈夫、すぐに戻ればいいだけの話だよ」
まともな反応のなおに対してマールはあくまでも楽天的に答えていた。その彼女の答えと今の行動が違う為、なおは少し皮肉っぽくマールに声をかける。
「すぐに戻る気はないんでしょう?」
「いやいや、この声の正体を確認したらすぐに戻るって」
「はぁ……」
これは何を言っても暖簾に腕押しだなと悟ったなおは、それ以上マールの追求するのは止める事にする。ずんずんと歩いて行く彼女はついに何かを発見したらしく、後ろを歩くなおに手招きしながら興奮気味に声をかける。
「ねぇ、ちょっとアレ!」
声をかけられたなおがマールに勧められるままにその先の景色を眺めると、濃い霧の先に何かが蠢いているのを確認する。よく見るとそこには小さな羽の生えた生き物がみんなで楽しそうに生活している風景があった。
生き物は大体30cm位のものが多くて、その多くは歌ったり踊ったりしている様に見えた。ここから見えるだけでもその総数は大体20~30人位、森の木々を上手に加工して生活している姿は何ともメルヘンなものに映った。
「まるで別の世界の景色みたい……」
初めて見るその景色になおは素直な感想をこぼした。それから隣で興奮しながら同じ景色を眺めているマールに声をかける。
「あれが妖精さんなんですね」
「うん、多分。私も生で見るのは初めてだから……」
マール達が興奮気味に妖精達の様子を眺めていると、眺められてる側の妖精のひとりが2人の熱い視線に気付いたようだった。
「あっ!」
その妖精がこちらに近付いて来てマールはびっくりして声を上げてしまう。その声を聞いた妖精達全員が声のした方向に顔を向ける。覗いている事がバレた2人は一気に妖精達の注目を浴びる事になってしまった。
その中で至近距離まで近付いて来た妖精にマールは何か話さなくちゃと思い、焦りながらも取り敢えず自己紹介を試みる。
「は、初めまして。私はマール、それでこっちが……」
一生懸命話すマールに対して妖精は何か腑に落ちないのかキョトンとした表情を浮かべる。その様子を見ていたなおは彼女に声をかけた。
「言葉、通じてないみたいですよ?」
なおの指摘を受けてマールは途中で自己紹介をやめる。言葉が通じていないなら喋るだけ無駄だと感じたんだろう。彼女が喋るのを止めた事で今度は自分の番だと思ったのか妖精が何か喋り始めた。
しかし、その妖精の言葉は初めて聞くもので、かろうじてそれが言葉だと分かるものの、それ以上の認識は出来なかった。
「本当だ、妖精の言葉も何言ってるのか分からない……」
「分からないけど……歓迎はされてないみたいですね」
言葉は分からなくても、その表情や仕草などの態度で相手がどう思っているのかはおおよその想像はつく訳で。どうやら妖精達はこの招かざる客の来訪に機嫌を悪くしているのは間違いなさそうだった。
この困った状況に対してマールはなおに相談を持ちかける。
「ど、どうしよっか」
「私に聞かれても……」
話を持ちかけられたなおだってこんな時どうしていいのか分からない。
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