第122話 竜の爪 その2

「りゅ、竜?竜ってあの竜?」


「竜は竜しかおらんじゃろう?他に竜がいるのか?」


 竜の種類を聞かれてしまった私は頭の中が真っ白になってしまって、思わずゲームで得た知識を口走る。


「へ、蛇みたいなタイプとか、ドラゴンみたいなの……とか?」


「西洋の竜は天狗の里にはおらん。安心せい。天狗の里におるのは穏やかな胴の長い竜じゃ」


 混乱した私の質問にも大天狗は優しく答えてくれた。その話が正しいならば、これはバトルイベントではなくお使いイベントなのだろう。それならば確かに楽な仕事と言うのも間違いではなさそうだ。

 安心した私は次に仕事内容についてもう少し詳しく質問する。


「爪を持って来いって言うのは、どこかに爪が落ちているんですか?それとも」


「落ちた爪は使い物にはならん、竜から直接爪を切ってそれを持ち帰って欲しいのじゃ。簡単じゃろう?」


 天狗の長はそう言って私達の顔をじっと見つめた。いやいやいや……ちょっとそれ簡単じゃないです。私はそう思ったものの、うまく言葉に出来なかった。

 私がぎこちない表情を浮かべていると、隣のキリトが慎重真面目マンの本領を発揮する。


「いやむっちゃ難易度高いですよ」


 私の心の内を代弁してくれた彼はすごく真剣な顔をしていた。大天狗に意見するのってちょっと怖いんで表立って応援は出来ないけど、心の中ではエールを送っちゃうぞ。ファイトだキリト、おー!


 彼の言葉を聞いた大天狗は、途端に困り顔になって説得にかかり始めた。


「そなたらは竜を勘違いしておるだろう。ヤツは穏やかな性分なんじゃぞ。楽な仕事だ。初めての仕事としては最適だと思うがのう」


 天狗の長にそこまで言われたら私も段々その言葉を信じたくなってきて、改めてもう一度念を押すように言葉を続ける。


「き、危険はないんですよね?」


「当然だ、この儂が保証する」


 大天狗は自分の胸を豪快に叩いて自信の程をアピールする。そこまで言われたら私もその言葉を信じるしかないよね。

 と、言う訳で、早速相棒に声をかける。


「じゃ、行こっか」


「や、決断早くね?」


 キリトは当然のように私の態度にケチをつける。流石は慎重真面目マンだよ。ただ、ここでグダグダ話し合う無意味さを考えたらそんな時間はないに越した事はない。

 私は一計を案じて、逆に彼に質問を返した。


「そうは言っても……じゃあキリトは断れる?」


「……分かった」


 マジ顔で喋ったのも良かったのかも知れない。選択肢がない事を悟ったキリトは渋々この話を受け入れる。これで同意が得られたと言う事で、私は改めて仕事の依頼主に話の続きを求めた。


「そう言う事なのであの、詳しい事を教えてもらえませんか」


「引き受けてくれるのだな、有り難い。後の事はハルに任せておる。ヤツから聞くがいい」


 と言う流れでここからの話の続きは付添の天狗から聞く事になった。正直ずっと天狗の長と話すのはプレッシャーが大きかったから良かったよ。ハルなら身体の大きさも私達とそんなに変わらないしね。

 こうして私達2人の熱い視線を一斉に浴びた彼は、コホンと軽く咳払いをする。


「うむ、それでは詳しい話は儂からしよう。だがその前に部屋を変えようか……。2人共ついて参れ」


 流石に自分達のボスのいる場所で仕事の話をするのは彼にとってもプレッシャーになるのか、場所を移動する事になった。私達は大天狗の間から離れ、そのままハルについていく。すると、やがてどこかの秘密基地みたいな作戦司令室っぽい雰囲気の部屋に辿り着いた。

 部屋の中には資料とか図面とか、モニターっぽい装置みたいなのまでがある。初めて見るその部屋の設備に私達は目を輝かせた。


「へぇ、こんな部屋があったんだ」


「何だかまるで秘密基地みたいだな」


 私達が目を輝かせながら部屋の中をキョロキョロと見渡して設備を見たり触ったりしていると、部屋に着いてから何かの作業をしていたハルが突然大声を上げる。


「はいちゅーもく、今回爪を回収する竜はここにおる」


 その声がした方向に目を向けると、モニターっぽい装置が可動していて、そこには地図らしき映像が表示されていた。縮尺は分からなかったものの、私達が現在いる天狗城と、多分私達がこの世界に入って来たであろう異界の出入り口、それと、今回私達が目指す竜の生息場所が単純な記号で表示されていた。


 異界の出入り口がモニターの右下の端っこで天狗城が左下の端っこ、竜の生息場所は画面真ん中の一番上の辺りに表示されている。この位置関係を見た私は今回の目的地の遠さに驚いた。天狗城から結構離れているからだ。


「え、ちょ、マジで?」


「何、飛んでいけば何の問題もないぞ」


 ハルは私の反応にしれっと言葉を返す。天狗にとってこのくらいの距離は朝の散歩レベルなのだろう。彼の言葉ははっと気付いた私はぽんと手を叩く。


「あそっか、ここならいつでもどこでも飛んでいいんだ」


 ここは現実世界じゃない。どれだけ飛んでも話題になる事もなければ世間を騒がせたとして非難される事もない。いつでも自由に飛べるんだ。飛べたならその場所が山奥だろうと離島だろうと関係ない。最短距離で進む事が出来る。

 それらが実感出来ると、心の負担がどんどん軽くなっていった。


「でだ。爪を切るのはこの爪切りを使う」


 ハルはそう言うと部屋の何処かから運んできた爪切りを私達に見せた。その大きさは流石竜の爪を切るだけあって、全長1メートル以上はあるだろう。


「うおっおっき!」


 その大きさを見た私は今回の仕事の大変さが言葉ではなく感覚で理解出来るような気がした。とは言え、この役目は私向きじゃないよねやっぱり。

 と言う訳で、すぐに一緒に仕事に向かう相棒にこの仕事をしれっと丸投げする。


「これはキリトが持っててよ」


「な、なんで……」


 突然話を振られたキリトは動揺している。すぐに話が理解出来ない彼に私は軽くため息を吐き出した。


「当たり前じゃない。私は女の子だよ?」


「わ、分かったよ。仕方ないなぁ」


 ポツリとつぶやいたその一言で何かをあきらめたような顔をしたキリトは渋々ハルから巨大爪切りを手渡される。こうして物理的な準備が済んだところで、次はこの仕事をするに当たっての注意事項が語られた。


「竜はこの場所の洞窟にいるはずだが、必ずとは断言出来ん。いなかったら周辺のそれらしい洞窟を当たってみてくれ」


「どこかには必ずいるんですね」


「うむ、そのはずじゃ」


 こうして連絡事項は伝わり終わり、早速出発準備へと入る。何かあった時のために部屋の中にある様々な装備品から今回の仕事に必要なものを物色しながら、私は気になった事を質問した。

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