竜の爪

第121話 竜の爪 その1

 天狗の里に来て二日目、私達はお互いに目覚めた時から襲ってくる頭痛に悩まされていた。うえ~。一体私が何をしたって言うの~。布団から上半身は起こしたものの、頭痛がひどくてそこから起き上がる事が出来ない。私は頭を押さえてしばらくじいっとしていた。


「あいたたた、まだ頭が痛いよ……」


「昨日の記憶が途中から全然ないんだけど……俺は一体何をやらかしたんだ……」


「私も知らないよぅ~」


 隣で寝ていたキリトもどうやら私と同じ症状らしい。記憶がないと言っても宴会で大天狗と何か話したところまでは覚えている。あの後何をやったんだっけ?

 私が回らない頭で記憶の糸を手繰り寄せているとスパーンと景気よく部屋のふすまが開いた。そんな大胆な行動をしたのは昨日私達を導いた天狗のハルだ。


「おお、お主ら、起きておったか。早速大天狗様のところに向かうぞ」


 彼は私達が苦しんでいる様子をひと目見て何にも感じないようなテンションで声をかけてくる。その態度に私は抗議のひとつでもしたかったものの、頭痛がひどくてそれどころじゃない。

 それでも自分たちの状況を知ってもらおうと、何とか頑張って声を絞り出す。


「や、ちょ、今頭が痛いんだって」


「すぐには動けそうもないんで……」


 私の言葉の後にキリトも続ける。その有様を見たハルは額に手を当てて分かりやすく落胆した。


「何じゃ何じゃ、茶を飲んだくらいで情けない。天狗なら5歳の子でもごくごく飲めると言うのに」


 彼によると、やはりこの頭痛の原因はあのお茶らしい。天狗なら平気と言うその意見に私は痛む頭を押さえながら反論する。


「いやあの……。私達人間だからね?」


「何を言うか!あの茶は人にとっては毒ぞ、猛毒ぞ!」


「え?」


「そなたらが妖怪の体質じゃからこそ飲めたのじゃ」


 妖怪の食べ物は人が食べても平気なものばかりだと思っていた私はこのハルの話す事実に言葉を失った。あのお茶がそんな危険なものだったなんて――。

 ちょっと怖くなった私は、その毒の威力についてもう少し詳しい情報を求める。


「ちなみに人が飲んだらその……死ぬくらいの毒?」


「ああ、ふぐの毒すら可愛く感じる程ぞ」


 天狗の彼はそれが当然のように言い放つ。この事実に私達はショックを受けてお互いに顔を見合わせた。


「よく飲めたな俺達」


「う、うん……」


 それからしばらくは沈黙の時間が流れたものの、定期的に襲ってきた痛みは少しずつ収まっていき、何とか起き上がれるくらいにはなってくる。

 この時、ハルは文句を言いながらもしばらくその様子を見守っていたものの、やがて痺れを切らしたのか腕を組んだまま催促をし始めた。


「まだ気分が悪いか?」


「いや、何だかお茶の話を聞いたらスーッと痛みが消えていった気がするよ、不思議」


「俺もだ、何だこれ」


 もしかしたら痛みの原因が確定して安心したからそれで頭痛も治まったのかも知れない。私達はほぼ同時に調子を取り戻し、布団から起き上がった。折角元気になったと言うのに、ハルはそれをちっとも喜ぼうとはしていないようだ。

 どうやらここまでのやり取りで大幅な時間ロスをしてしまっている事に腹を立てているらしい。


「理由などはどうでもいい、体調が戻ったらさっさと身支度を整えるのだ。大天狗様を待たす訳にはいかん」


 全く、この天狗は自分の事しか考えてないね。私達は心に不満の種を育てながら、取り敢えずその言葉に従う事にした。布団を畳んで着替えはお宝の天狗の服。お宝の不思議パワーで魔法少女が変身するように一瞬で着替えは完了する。結構便利だなこれ。


 朝の身支度のお約束の洗顔やら歯磨きやらを別室で済ませると、先にそれらを済ませていたキリトと合流する。私達はお互いの顔を見合わせてうなずき合うとハルの案内のもと、大天狗の待つ天守閣に向かう。

 確か今日から何か仕事を手伝うんだよね。昨日は勢いで了承しちゃったけど一体何をする事になるんだろう……。私はこの想いを前を飛ぶ案内天狗にぶつける。


「んで、今日から何かするんだっけ?」


「ああ、仕事の事か?それは直接大天狗様から聞くが良い」


 どうやらその仕事の内容をハルから直接聞く事は出来ないらしい。私はこの非日常感に興奮し始め、思わず隣のキリトに話しかけた。


「楽しみだね」


「俺は不安しかないよ」


「だーいじょうぶだって!私達に出来る仕事を回してくれるって言ってたじゃん」


「だといいけどな」


 心配性な慎重マンは今日も今まで変わらないテンションで話が噛み合わない。ここまで来たんだからもっと楽しまなくちゃって思うんだけど、私の方が変なのかなぁ。

 この件のせいで何か話し辛い雰囲気になってしまい、最上階の大天狗の間に着くまで特に会話らしい会話は出来なかった。


 目的の場所に着くと、お付きの天狗達に囲まれてニコニコ顔の大天狗が私達を待っていた。私達はハルに促されるままにある程度前に進むと、そのままその場に正座する。正座は苦手だけど、仕方ないよね。


「おお、来たか。昨日は楽しめたかのう?」


「えっと……」


 いきなり昨日の宴会の感想を聞かれて私は言葉に詰まってしまう。記憶がないのだから当然だ。私がうまく喋れないでいると、代わりにハルが口を開く。


「この2人、茶に酔っておりました」


「ほほう?面白いのう」


 大天狗はハルの言葉に興味深そうな顔をする。私達は何だか恥ずかしい秘密をばらされた雰囲気になって、お互いに顔を真っ赤に染めながらうつむいた。

 今後の事を考えた私は、目を輝かせている大天狗に少し遠慮気味に提案する。


「すみません、次からあのお茶は遠慮します」


「はっはっは、まあ良かろう」


 天狗の長はそう言うと豪快に笑い声を上げる。まぁ、受けたのなら良かったかな。このまま世間話が続くと正座がきつくなるので、それを回避しようと今度は私から話を切り出す作戦に打って出た。


「あの、それで……」


「ああ、仕事の話じゃったな。そなたらに早速やってもらいたい事が出来たのじゃ」


「そ、それは?」


 どんな仕事を振ってくるのか好奇心が最高潮に達した私はつい身を乗り出し気味になってしまう。興奮が態度にも現れていたのか、大天狗は私を座らせるジェスチャーをした。そこで我に返った私が座り直すと天狗の長は語り始める。


「何、そんなに構えんで良い、楽な仕事だ」


「ほ、本当に楽なんです……よね?」


「ああ、ちょこっと竜の爪を回収してくれるだけでいい」


 私達に課せられた最初の試練、いや、仕事は竜の爪の回収。いきなりの大仕事を仰せ付けられた私は、その内容がすぐには理解出来なかった。

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