第115話 天狗の里へ その4

 光に包まれて一瞬意識を失った私達が気が付くと、そこは全く違う景色だった。スピードに酔っていたはずなのにそれも終わって、私達は空中にぼんやりと浮かんでいる。

 一体何がどうなってしまったのか、何とか状況を理解しようと、私は空中に浮かんだ状態でキョロキョロと周りを見渡した。


「ここは……?」


「ここがお主らの求めていた場所じゃよ」


 追い抜いたはずの案内役の天狗がいつの間にか私達の側まで来ていて、私の疑問に答えてくれた。その言葉が事実なら、ここが天狗の里……。ついに目的の地に辿り着いたと言う事で、私は思わず目の前の天狗に声をかける。


「天狗のおっちゃん……」


「すっかりおっちゃん呼ばわりだのう……儂の名はハルだぞ」


 私はすっかり最初の自己紹介で聞いた天狗の名前を忘れてしまっていた。呆れ顔のハルの顔を見て私は慌ててお礼の言葉を口にする。


「あ、そっか、ハルさん、案内有難う」


「ま、これも仕事だからな」


 名前を呼ばれた天狗はまんざらでもないようで少し恥ずかしげに頭を掻いている。もう試練も案内も終わって態度も通常モードに戻ったって事でいいのかな?

 話しやすい雰囲気になったので私は更に質問を続けた。


「あの、ここ、天狗の里でいいんですよね?」


「如何にもじゃ」


「やったね!」


 目的地に無事に着いたと言う事で私は嬉しくなって、隣で浮遊するキリトと両手でハイタッチをする。彼も嬉しそうな顔をしながら私に付き合ってくれた。

 緊張感が解けたのか、キリトの状態もさっきまでのちょっと頼りがいのある必死モードから、通常のやる気のないクールモードに戻っている。


 天狗の里に着いたと言う事で、これで目的は半分以上達成した事になる。残りの目的を達成するために私は早速行動を開始した。

 えっと、まずはハルに一番大事な事を聞かなくちゃ。


「で、あの、大天狗にはどうやったら会え……会えますか?」


「大天狗様に?何故?」


 ハルは私の質問をはぐらかした。あれ?お宝を集めたら大天狗に会えるんじゃなかったの?天狗文書の記述が間違っていた?

 この反応に私はキリトの顔をマジマジと見つめるものの、彼も釈然としない感じで戸惑っている。予想外の状況に混乱したまま、私は念のために言葉を続けた。


「だって……お宝を集めたし」


 その言葉を聞いたハルはしばらくの間沈黙し、腕を組んで考え込む素振りを見せる。もし大天狗に会えないのだとしたら、ここでこの計画は終了だよ。

 このまま体が天狗化してしまうのを止められない。私達は何も出来ずに妖怪になっちゃう!頑張ってここまで来た事が全部無駄になっちゃう!


 私が焦って冷や汗をかいていると、考え込んでいた天狗はいきなり笑いだした。


「あっはっはっは、冗談じゃ。案内しよう、着いてまいれ」


「今度は試練なしでお願いしますー」


「大丈夫、もう試練は済んだぞ」


 すっかり緊張感のなくなったハルはさっきまでの油断したら置いていかれそうなスピードではなく、ちょうどいいスピードで私達を先導する。

 落ち着いたスピードで飛びながら、嬉しさで一杯になった私は隣で同じ速さで飛んでいるキリトに話しかけた。


「今度こそ大天狗に会えるね」


「失礼な事は言うなよ」


「分かってるってば」


 彼は私の失言を心配している。失礼しちゃうよね。私だって常識とか礼儀とか、そう言うのはそれなりには弁えてるっつーの。偉い人相手にタメ口とかで話しかけたりとかはしないんだから。


 天狗の里の上空を飛びながら、私はこの世界の雰囲気についての感想を口にする。


「この世界と桃源郷は繋がってるんだよね?」


「確かあの時はそんな話だったな」


 キリトもそう言ってうなずいた。桃源郷は私達の世界とは別次元にあって、この間は遺跡の力を使って転移したんだけど、この里が同じ世界にあるとしたら、今回も通常とは違う何らかの方法を使って転移した事になっているはず。

 私はその方法が何だったのか全く心当たりがなかったために、その疑問をポツリとつぶやいた。


「私達、どうやって次元の壁を超えたんだろ?」


「そりゃあれだろ、さっきの超スピードの時だろ」


「無我夢中で分からんかった」


「俺も」


 キリトは最後の夢中になって飛んでいた時に転移したって主張するけど、私、全然実感ないんだよね。彼の言う通りなのかも知れないけど、もしかしたら全然違うのかも知れない。結局結論は有耶無耶になって、この話題はフェードアウトしていく。


 それからは興味本位で真下を見下ろして天狗の里に住む妖怪達の暮らしぶりを眺めていたんだけど、空高く飛びすぎたのではっきりした事は分からない。

 分からないけれど、どこを見ても争っている様子がない事だけは確認出来ていた。


「ここが妖怪達の楽園って分かる気がするね」


「平和そのものみたいだよな」


 同じ景色を眺めていたキリトも私の意見に同意する。私達が今までに出会った妖怪達もいい妖怪ばかりだったけれど、きっとここに住む妖怪達の方が幸せなのだろうと、何となくそんな事を考えた。


「上空だからよくは見えないけど、きっと地上で動き回っているのってみんな妖怪なんだろうねー」


「だろうな」


 空を飛んでいる内に眼下の集落もかなり規模が大きいものに変わっていく。大天狗のいるところは里の中心だろうから、田舎から都会に景色が変わっていくのも当然の話だ。

 集落がかなり大きくなっていく景色を見て思う事があった私は、ここで素直な感想を口にする。


「妖怪ばかりが住む街かぁ」


「街って言うか国だろうな」


「じゃあ大天狗は王様だ」


 キリトの話に私が乗っかったたところで、彼は突然私の顔をマジマジと見つめた。


「王様には失礼のないように」


「分かってるよ、しつこいなあもう」


 信用されていないと感じた私は手を伸ばして彼の体を軽くグーで小突く。前を飛んでいたハルはいつの間にか私達の隣を飛んでいて、そんなやり取りを微笑ましく眺めていた。


「お主ら、仲がいいのだのう。幼き頃からの知り合いか?」


「いや、4月に入ってからの知り合い」


「ほう、それであの試練を越えるとはのう」


 先導する天狗は私達の付き合いの浅さに感心している。やっぱり仲が良くないと乗り越えられない試練だったんだ。お宝を集める内にチームプレイが出来るようになって良かったよ。

 ただ、今でもすっごい仲良しとは言えない気もしないでもないんだけど――。


 折角隣を飛んでいるのだからと、私は色々と話を聞こうとハルの方に顔を向ける。


「あの、ハルさん」


「ん?」


「人間でここに来たのは私達が初めてですか?」


 お宝を集めている時、ある程度集まり始めたところから全部集める事が出来たのは私達が初めてだって言う感覚を覚えてきた。改めて聞いたのはその確認をしたかったから。

 期待していた答えが戻ってくると思って耳を澄ませていると、ここで意外な言葉が返ってきた。


「そんな事もないぞ」


「えっ?」


「じゃが、ここまで来れたのはまだ二組目じゃ」


 ハルは明るい声でさり気なくフォローするものの、私はこの事実を前にかなり精神的なダメージを受けていた。


「私達、初めてじゃなかった……」


「別にいいだろそんな事」


 隣を飛ぶ相棒は私と違ってこだわりは特にないようだ。だから私達が初めて里に来た人間じゃなかった事にショックを受けているのが理解出来ないらしい。

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