第114話 天狗の里へ その4

「いやだって私何も出来ないじゃん。足手まといじゃん」


「そんな事ない!」


「えっ……」


 足手まといと言う言葉を強く否定した彼の態度に私は戸惑う。その真意を聞こうかと思うものの、何となく聞き辛い中で、キリトは強い口調で私に向かって声をかけた。


「とにかく、手を離すなよ!」


「う、うん……」


 何だかいつもと違うので調子が狂う。意識したら変なゾーンに突入しそうで、私は何も考えないように考えないようにと思考を巡らせた。

 私達がベタなラブコメもどきに落ち入りそうになった時、この展開を快く思っていないのか、分身した天狗達が揃って挑発し始める。


「そらそら、段々距離が離れておるぞ」


「待てーっ!」


 この挑発にキリトが動いた。私達は手を握ったまま、本物の天狗めがけてスピードを上げる。そうだ、私達は今ラブなんて演じている場合じゃないんだ。


 目の前の天狗は翻弄する様に入れ代わり立ち代わり、まるでコインマジックのように立ち位置を目まぐるしく変える。目だけで追っていると混乱して訳が分からくなりそうだ。客観的に見た私でそうなんだから必死に追いかける彼は更にパニックになっていてもおかしくない。

 ここはひとつアドバイスでもしようと私は声をかける。


「焦らすの、あれきっと作戦だよ!」


「分かってる。これでも落ち着いてる」


 流石に普段からクールマンしてるだけあって、指輪を装着したキリトは少しも迷わずに本物の天狗の位置を見極め、追いかけていく。天狗の方も迷わない彼に小細工は効かないと観念したのか、偽物を多用した曲芸飛行に見切りをつけ、純粋なスピード勝負に戻っていた。


「早う着いてまいれ!」


 こうしていつの間にか周りの偽者達は消え、また天狗と私達の純粋な追いかけっこの形になる。ただ、試練がさっきので終わったとは思えなかった。

 すぐに別の何かを仕掛けてくると警戒しながら飛んでいたところで、私達はまたしても不思議な気配に包まれる。


「う……あれ?」


 その違和感の正体はすぐには分からなかった。見た目は何も変わらなかったし……。と、ここで指輪で勘の鋭くなったキリトが叫ぶ。


「この音色!笛だ!」


「え、もしかして……」


 違和感の正体は音だった。私達は今超高速で飛んでいるから風をきる音ばかりが耳に届いていて、そこに交じる他の音はほぼ聞き取れない。その状態で笛の音色に気付くなんて流石だよ。私もあの指輪を装着したら気付けるのかな。

 からくりを見破られた天狗は開き直ったかのように強気に笑うと、また上から目線で試練の開始を告げる。


「そうだ、お宝の試練じゃ。見事超えてみせよ!」


「ならばっ!」


 次の試練が確定したと同時にキリトは天狗の袋から服を取り出し、私に渡す。天狗の服は天狗文書によると妖怪の攻撃を防ぐ便利な効果があるらしい。多分この笛に対しても効果はあるのだろう。

 ただし、服は1人分しかない。渡されたはいいものの、一応私はすぐに確認をとった。


「ちょ、いいの?」


「俺はこの指輪がある」


 そう言って彼は指ををハメた右手を見せて強がりを言う。

 けれど私はこの時、笛をゲットした時のエピソードを思い出して不安を訴えた。


「だってキリト、前に笛の音で速攻で寝たじゃん」


「今度は耐える!」


「え?根性論?」


 勘が良くなったはずなのに、脳筋な反応が戻ってきて私は困惑する。その困惑が整理出来ない内にキリトは更に言葉を続けた。


「俺が寝てしまいそうになったら起こしてくれ!」


「んな無茶な……」


 その無茶ぶりに私はつい溜息をこぼした。このやり取りの間も笛の音はどこからかずっと聞こえてくる。

 私は一瞬だけ手を離して渡された天狗の服に袖を通した。服はその瞬間に一瞬で着込めてしまう、不思議。


 確かに天狗の服を着た事で私の方はその効果が綺麗サッパリ消えてしまっていた。その代わり、根性で耐えている相棒の顔はすごく……眠そうになってる。どうにかしてこの音を止めないと。

 でも一体どうすれば――。


 私が見えない敵の存在に頭を悩ませていると、キリトは袋から笛を取り出した。


「じゃあ、ちひろが攻撃担当だ!」


「ええ~っ。さっきは攻撃するなって……」


「判断は任せる!」


 そもそも、この笛を吹いたらキリト自身に睡眠の効果が現れてしまうような……。確か天狗文書によると、使いこなせれば相手を選んで効果を発揮出来るって書いていたけど、そんな練習してないし。じゃあ、ここはぶっつけ本番で行くしか――。

 と、一旦は覚悟を決めたんだけど、ここで私は重要な事に気がついた。


「いやでも片手で笛は吹けんし……」


 そう、笛を吹くには両手が必要。今の私は右手が塞がっている。これじゃ最初はから笛は吹けないって言うね。この根本的な問題に気付いた彼は私の両手を開放しつつ、私を離さない方法をすぐに思いついた。


「わーったよ!」


 キリトはやけくそ気味に叫ぶと握っていた手を離し、私を思い切り抱きしめた。ギャー!いきなり何て事をこいつ!この突然の彼のセクハラ行為に私は当然パニックに陥った。


「なっ!」


「こ、これでいいだろ……」


「やっ!」


 心の準備が出来ていない事もあって、私はすぐにキリトを突き飛ばした。そうしてすぐにさっき渡された物を彼に返す。


「笛は返す!攻撃はしない」


「分かった」


 キリトは渋々笛を袋に戻す。こうして一旦はバラバラになったものの、向こうの方から手を差し出されたので、また何かあった時に引き離されてもいけないと思い、念のためにまた私は仕方なく彼の手を取る。手を握りあったところで私は彼に向かって宣言した。


「そのかわり、眠ったらぶん殴ってでも起こすから!」


「う……分かったよ」


 こうして私達は笛の音の睡眠音波に奔走されながら天狗を追いかける。私達の頑張りを観察していた天狗はある程度飛んだところで満足したのか、振り返って追いかける私達をじいっと見つめて、おもむろに右手を上げた。どうやらそれが何かの合図らしい。


「ほう、中々息が揃っとるな。では次じゃ!」


「な、何か降ってきた!」


 そう、催眠音波の試練の次はどこからともなく降ってきた槍を避けながら飛ぶ試練だった。って言うか高速で飛んでくるので槍だか矢だかは分からない。もしかしたら槍も矢も降ってきているのかも知れない。

 そんな危険な状況なのに、この試練を実行した天狗はただニマニマと笑うばかりだった。


「ほれほれ、うまく避けんと死んでしまうぞ」


「避けてやるさ!」


 この挑発に乗ったキリトは空から降ってくるこの無数の攻撃を器用に紙一重で避けていく。多分勘が良くなったからこそ出来る芸当なのだろう。

 自ら能動的に動く分には何の問題もないんだろうけど、引っ張られる私の方は溜まったものじゃない。常に予想外の方向に無理やり動かされ、まるで古くて整備されていないジェットコースターに乗っているような気分を味わわされていた。


「うわうわわわわ」


「手、離すなよ!」


「わわ分かってるよ!」


 縦横無尽に振り回されながら私は必死に握っている手に力を込める。もし手を離してしまったらスポーンとあらぬ方向に飛ばされてしまうだろう。そんなのは私だってまっぴらごめんだ。

 この見えない位置からの無差別な攻撃を避けながら、私は何とか現状を把握しようと状況を整理する。


「でもこれ一体何がどうなって……」


「姿は見えないけど明らかにどこかから攻撃している……姿を消してるんだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る